第一話 宴の後 夜は更けて 1
「しかし、上層部の無茶ぶりに答えるのは肩がこるな」
「ああ、全くだ」
倉庫に鍵を掛け、用意が何とか間に合ったことを彼らは、お互いに喜び合った。今度の攻略は、滞在日数一週間の大規模なもの。食料品こそ十分に整ってはいたが、装備品は、十分とは言えず、苦慮しながらも、何とか、在庫を掻き集め、1つのパーティが10回は行動できるだけの消耗品パックを合計7つ作り上げた。
「は~っ、当分は数字も見たくねえよ」
長身の男が、空を見上げて、息を吐いた。そうだなと、もう一人が相槌を打つ。
「あら残念ね。ブラントン、ジェロ」
不意に路地から声を掛けられた。そこには、手に大荷物を抱えた二人の女性が立っていた。
「ああ、ミッシェル様と、…モニカか」
ブラントンと呼ばれた男は、声のした方に近づき、手に持った大荷物に驚いた。ワインに、チーズ、ビスケットに干し肉、他にも、ドライフルーツなど、いかにも酒宴用に取り揃えましたと言わんばかりの品物が、その両手の籠から溢れそうになっていた。
「ブラントン、見て見て!!コミュニティのバザーで安売りしてたの。普段は、びた一文負けてくれないのに、ほとんどただ見たいな金額だったから、ついうれしくなって買っちゃたの」
モニカは、くすんだ茶髪にそぐわない、透き通るような大きな黒眼を大きく見開き、長身の男を見上げた。男の顔が真っ赤に染まるのを見て、残された二人は、顔を見合わせた。
「重さ的にはこっちが重いんだけどね」
「はいはい、男爵様、お持ちしますよ」
「男爵は余計よ。はい、これだけお願い」
「って、いきなり、ボトル10本って……結構重いですよ」
「あら、重いって言ったから、減点10点。はい、じゃあ、残りは何点でしょう?」
「ええと……」
こちらは、じゃれあっているような、楽し気な会話が続いていた。それを見たブラントンとモニカはしょうがないなと言いたげに肩をすくめた。
そんな時だった。
「ちっ、全く平民どもは使えねえな、全く」
通りの先から、聞こえた声に、4人は、不穏なものを感じ、その路地に引っ込んだ。そこには、白の巡礼服に赤いベルトを着けたに集団がやってきた。集団は、4人には気が付かないように、笑いながら、前を通り過ぎていく。
「まあ、明日からの攻略にぶつけりゃいいさ。平民だって、盾くらいにはなるだろ」
「ああ、おあつらえ向きだ。まあ、聖女様に、顔を覚えてもらいたくてついてきた奴らにとっては、名誉なことだろうよ」
ミッシェルは、その声を聴きながら、唇をかみしめていた。ほんの2週間前まで、彼らは確かに仲間だった。スペーサー旅団の一員としての矜持もあったが、まるで事前に申し合わせていたように、上位貴族や騎士の多くが王女派に流れ、下位貴族と平民の多くは、団長派の元に行くしかなかった。
その団員の多くは、聞いていた旅団の状況と全く違うことに愕然とするしかなかった。階級に囚われなく、自分のスキルを発揮できる旅団は実のところ、凝り固まった階層式の組織構造を有していて、そして、下級貴族と平民の待遇は、スペーサー旅団よりもひどいものだった。
ミッシェルは、防御系の補助魔法と回復魔法を修めていて、スペーサー旅団では、パーティを組んでいた。しかし、フラジェイル旅団では、実力不足を理由にパーティから外され、そこには、突破力に特化した戦力があてがわれた。
ジェロもそうだ。元はミッシェルのパーティで、高い継続戦闘能力を持っている別名『闘う盾』と言われる戦闘スタイルを持っていたが、その彼も、パーティメンバーの再構成を理由にパーティから外された。
二人には、確たる理由がわかっているわけではないが、新しいパーティに入ったメンバーは、伯爵令息と、王族の血を引くと言われる正騎士だったのを見て、フラジェイル旅団に幻滅したのは確かだった。
それ以来、ジェロは物資棚のブラントンとモニカと過ごす時間が増え、ミッシェルは、宿の自室で本を読んでいる時間が増えた。そんな彼らも、旅団に属し、単独で故郷に帰る手段はなく、機すら逸した今となっては、今回の攻略に参加せざる負えなかった。
声が聞こえなくなってから少し経ち、路地から、ジェロとブラントンが姿を現し、辺りを警戒した。誰もいなくなったことを確認し、合図を出す。周りは、少し暗くなり始めていた。
「今ならだれもいない。急ごう」
「本来なら、同じ旅団の仲間同士。隠れる必要もないはずだが……」
「仕方ないだろう。ああいう事件が起きたんだ。お互いピリピリするさ」
「無駄口をたたく暇はなさそう。急いでいくよ」
「ほい。じゃあ、頑張っていこう」
4人は、荷物を分担し、暗くなった通りを駆け抜けた。
ウォームアップ始めました。




