第2章 エピローグ
リスティルが、聖王の前に進み出る。聖王遺物たちが、止めようと前に出るのを聖王は、右手で止めた。魔王は、聖王の横に並び、リスティルをじっと見ている。
「言いたいことはわかっているつもりよ。そして、今回の試験に、魔王を入れたのは確かに私。バンディーラのお眼鏡にかなったみたいで、ほっとしている」
リスティルの抗議の声に、聖王は、あっさりと、ネタ晴らしをする。ああ、もう、何考えているの。
「ああ、もう……」
「何を言っているんです。わたし、怒っているんですよ!わたしを使ってバンディーラ様を倒そうとするなんて……」
リスティルの怒りは確かにその通りだ。私が、皆に何も伝えずに、巻き込んでしまった。
「あのね、リスティル……」
「バンディーラ様が死んでしまったら、そうじゃなくても、みんなに銃を向けてしまったら…私は、もう生きてなんていけない!!それを、試験だなんて!!もう少しで、誰か死んでいたのかもしれないのに!!」
私は、リスティルのことを勘違いしていたみたいだった。熱い子だね。少しうらやましい。私の肩に手が置かれる。ふと見ると、オリビアだった。静かに頷いている。わたしに、制止を促している。
聖王には、本当は見守ってくれているだけでもよかったのに、わざわざ介入して戦闘を止めてくれてありがとう。リスティルには、私を心配するようなことは起きていないんだよ。むしろ、リスティルのことの方が私は心配だった。って、本当は声をかけてあげたい。
ただそれだけの言葉を発するのが怖い、と思ったのは、このときが初めてだった。リスティルは、聖王に強い言葉を投げかけている。でも、リスティルもわかっているようだった。多分、誰かに自分の胸のモヤモヤしたものをぶつけたいだけ。ただの、八つ当たりだと。
「どう思っているんですか?団長は!?」
涙声で、肩で荒い息をしながら、リスティルは、一度言葉を切った。聖王は、一度瞼を閉じ、リスティルの言葉を反芻しているようだった。すこしの静寂ののちに、聖王は、ため込んだ言葉を、吐息に変えると、その眼を開き、リスティルを見る。
聖王がそういうことはしないだろうけど、私は、一応、能力を発動させようと準備をした。
「バンディーラ、大丈夫よ。そういうことはこの場ではしないから。これ以上、リスティルを傷つけない。ベルグランデとの約束だから。あなたの力を使うと、肝心なものが伝わらないことがあるの。気持ちはわかるけど、少しだけ時間を頂戴」
見透かされたように言葉を掛けられる。さすがといったところ。リスティルが、私の方を向き、何をしようとしたのかと、不思議そうな表情を向けてきた。
「バンディーラのことは、帰ってきたときにでも話すことにするわ。まずは、リスティルのことから。私、ファラ・ウォーリッシュは、ベルグランデ・フィリア・フォーディンの元戦友です」
その言葉に、リスティルは、驚いた表情を浮かべた。
「ベルグランデが、2年近く留学していたことは知っているわね?」
「ええ、姉さまが、留学が決まったって、もう、5年近く前に……って?」
リスティルが、その言葉の意味が飲み込めたように、言葉が切れて、驚いた表情を浮かべる。
「ええ、その時に私たちは知りあって、いろいろなことがあったの。結果、ベルグランデは、家に帰って、私は残った。その時にね、あなたのことも聞いていた」
ふと、私の脳裏に、前回の巡礼の最後の光景がよみがえってくる。
『銃士になりたいって、私に懐いてくるカワイイ妹がいるのです。その日々の成長が楽しみで、だから帰りたいと思います。フィルト・ウォーリッシュ、許可していただけませんか?』
『貴女が残ってもらえれば、力強かったけど、無理みたいね。許可します』
『ありがとうございます』
『待ちなさい。ノルディック侯国は、今かなりきな臭い噂を聞いているわ。もし何かあったら、前聖王に連絡して。できることはするから』
『できるだけ、お手を煩わせないようにしますわ。ラグルス・ウォーリッシュ。では、今後の活躍を遠方にてお祈りしています。さようなら』
「聞いていた?なら、どうして助けてくれなかったんですか?」
私が、思い出に浸っている間は、そこまで話は進んでいなかったようだった。ほっと胸を撫でおろす。最近撫でおろしすぎて、ますます平たくなっている気がするけど、きっと気のせいだろう。
「助ける手段がなかったから、というと語弊があるけど、あなたの安全のため。魔王に依頼して、魔のマーキングと奴隷印を押させたの…そして、ウォーリッシュの村にあなたを狙う刺客ごとおびき寄せた。さすがに、物資関係については、私じゃどうすることもできないから、ベルグランデは、マリベル・スペーサーにお願いしたみたいだったの…」
おずおずと、魔王が手を上げる。聖王は、頷き発言を許可した。
「さっきは、悪かったと思ってる。バンディーラは、あのくらいじゃ何ともないって説明していなかったこっちもいけなかった」
「あなたは、あんなことをして、人の心を玩んで!!」
「違う。あのね…予想してないことが起きたの。バンディーラの能力と、私の奴隷紋の効果が、ちょうどうまく作用しちゃって…本当なら、あなたは、ただ、記憶も残らない、私の操り人形になっているはずだったのに、こんな半端に残っちゃったの」
「言い訳にしか聞こえませんが!?」
魔王が、困った表情を聖王に向けるが、ただ、沈黙で返されただけだった。
「ええと、」
「リスティル。魔王が言っている通りだよ。私は、全部わかってた。リスティルが、もう限界だったのも、魔王が、リスティルの戦闘不能を確認したら投降するつもりだったことも」
思わず、魔王に助け舟を出した。リスティルのことは本当だけど、戦闘不能の下りは、私の直感だ。魔王が、うんうんと、千切れそうな勢いで、首を縦に振る。前魔王なら、きっと『まだ、あの後、バンディーラと殴り合うつもりだった』と聖王を前にしても、その胆力で強固に言い切るだろう。
「謝ってください!」
リスティルが、いきなり、よくわからないことを言いだした。リスティルに、謝るのだろうか?私は、魔王と、顔を見合わせた。お互いに、間抜けな顔をしている自覚はある。
「「ええと、リスティルに?」」
「それもありますが、まずは、お互いに謝るのが筋です。銃を向けあったのならば、弾倉が空だったとしても、お互いが謝り、そして、当事者に謝るっていうのが、銃士隊の規則でもあります」
それを聞いて、私たちは少しだけ、ほっとしたような気持ちになった。多分試験官として、試験対象に謝る日が来るなんて思っていなかったけど。
「魔王 ラーズギトーナ。試験なのに、止めを刺そうとしてごめん」
ああ、やっぱりと、一瞬、魔王が納得したような表情を浮かべた。今代の魔王は、決して、戦闘向きとは言い切れないものの、様々なことを行う、バランスの良さが定評だった。
「ああ、バンディーラ。リスティルを盾に使ってごめん」
「はい、最後に私に言うことはないですか?」
「「ええと、利用してすいませんでした!」」
「よし、許す」
「奴隷に対する主人と、奴隷印を押した人間の行動とは思えないわね。あと、リスティルちょろいんなのかしら?」」
オリビアの呆れた声が、聞こえた。マリベルもうんうんと頷いている。
「ちょろいのか、本人の器が大きいのかそれはわからないが……さて、だが、これで今回は、手打ちっていうことでいいんだろう?」
言葉をかけることをためらっていた、ロンディスは地面に置いていた大楯を担ぎ上げた。
「そうですね。これでいいですか?リスティル?」
聖王の言葉に、
「ええ、バンディーラ様を私は信じていました。その気持ちは変わらないです。だから、今回はこれで終わりです」
リスティルは、ぐっと手を握りしめ、瞼を閉じた。そして、しっかりと眼をひらいた。そこには、確かに強い意志の光が宿っていた。
「姉さまは、こんなに多くの人に、わたしを助けてってお願いしていたなんて。そして、助けられていたなんて…わたしを思ってくれている姉さまを……それを見殺しになんかできないんです」
「そうね。ねえ、ファラさんだったかしら、ベルグランデとのつながり、そのほかいろいろなこと……必ず教えてもらうわ」
マリベルが、聖王にいい放った。
「いいですよ。ここに戻ってきたら、私のこと、聖都のこと、巡礼のことを改めてお話をしましょう」
「確信がある言い方だな?これから、向かう先は、戦闘こそないかもしれないが、それよりもつらい事態が待っているかもしれないのに、まるで帰ってくることが決まっているように言い切るものだな」
ロンディスが、聖王に疑問を呈するが、それを聖王は沈黙の微笑で返した。
「で、具体的に何をすればいいのだ?」
「では、そこで僕の出番っていうわけ。皆をノルディック侯国首都の聖王廟まで連れて行くから。あと、僕もついていくように聖王から言われているから。帰りも万全!」
ロアの問いに、『聖鏡』が、手を上げる。ロアはその言葉にひどく驚いたようだったが、『聖鏡』は、それを気にしないように、聖王の方を見ていた。
「ラーズ、あなたも行ってきなさい。あなたの役割は、帰ってくるまでの間、先代にやってもらいます」
「ラーズギトーナさんは、みんなからそう呼ばれているんですね。じゃあ、わたしも、今後はラーズさんって呼んでいいですか?」
その言葉に、少し照れたような表情を浮かべる。魔王。それでも、その呼び方に抵抗は無いように、屈託のない笑みを浮かべた。
「わかった、わかった。……今までは、そんな風に呼ぶのは、聖王くらいだったのに。もう、これじゃ断れないじゃない」
魔王 ラーズギトーナは、心なしか嬉しそうな笑みを浮かべ、私たちの輪に加わった。
「じゃあ、石舞台の上で転送をするから、そこまで移動しよう」
「全く、この一週間の間で、いろんな常識が変わってしまったな。古代の伝説にしか存在しない、転送の魔法か…」
「たぶん、そんなに大したものじゃないと思うけど、私たちじゃ再現は無理ね。ああ、なんだかでも楽しみ」
ロンディスとオリビアが興味深そうに、石舞台に上がった。
「マリベル様、ご心配をおかけしました。もう、大丈夫です」
「本当に……よかったわ。じゃあ、行きましょう」
マリベルに付き従うようにロアが、石舞台にあがる。
「じゃあ、私たちも行きましょう」
リスティルが、私と魔王……ラーズを招く。私たちは苦笑しながら、石舞台に上る。そして、『聖鏡』の横に立つ。
「じゃあ、『聖鏡』、やりましょう。あと、魔王」
「ああ、わかってる。ノルディックの聖王廟でしょう。前から何度か行ってるからよく知ってる」
『聖鏡』にAPを注いでいく。すると、まるで、石舞台が水面が揺らぐようにかすかに揺れたかと思うと、その下に、ノルディックの聖王廟の石舞台の光景が見えてくる。少し散らかっているけど、許容範囲。
皆に、驚きが広がっていく。
「さて、準備完了です。聖域核心部『聖王巡礼路』までダイブします。心の準備はいいですか?」
メンバーからは、異論は出なかった。私は、そっと、聖王を見た。かすかにではあるが、確かに私の目を見て、口を開いた。
『皆に、始源の聖王の祝福がありますように』
私を送り出すときに、呟く口癖。そして私の返句は決まっている。
『この祝福は、人が困難を超えるためにある』
石舞台の中に私たちの体が沈みだす。パーティメンバーを見てみるが、皆が落ち着いていて、慌てていたり、不安を感じているメンバーはいない。全員が石舞台に吸い込まれるように消えて行く。やがて、その姿が見えなくなった。
「行ってらっしゃい、聖王たちの人形。帰りを待っているわ」
その後、2週間の長きにわたり、バンディーラ達の姿を見たものはいなかった。
第2章 『陰聖の街 セート』攻略編 はこれで終わりになります。第3部は、ノルディック侯国編となります。書き溜めなどが無いため、1か月ほど、本編は休載します。
ただ、少し更新速度は落ちますが、間章を執筆を行いますので、もしよろしければ、しばし、お付き合いください。




