第二四話
光の穂先が、確かに魔王の胸に触れた、その時だった。その柄を掴む手があった。
万物を浄化するはずの、御使いの武器を素手でつかむなんて、私には、その人物の心当たりは一人しかいなかった。
刹那の逡巡の末に、私は、武器をしまうことにした。本来なら、抜剣していようが、私ならば気にもされないだろうが、さすがに、本人の意思で決めたのならば、刃を向ける形になるのは、良くはないだろう。
そう思い、槍を御使いに返すことにした。そう思った瞬間には、御使いの槍は、その形状を保てなくなって、粒子になって消えていく。
「バンディーラ、あなたの気持ちはわかるどけ。これは、やりすぎ。少しは冷静になって…」
「あなたの言葉だから、聞き入れるつもりだけど。私にお灸をすえると言ってパーティを壊滅させるようなことをしてきた…こいつに、何もするなっていうの?私のせいでみんなを傷つけてしまったのに……」
そいつは、首を横に振った。
「何もするなんて言っていない。でも、あなたが本気で事を起こすと、ただでさえ、大事になってしまうから。ここは、私に免じて」
さっきまで、固まったように私を見ていた魔王は、その登場にほっとしたような、そして、いたずらがばれた子供のような表情を浮かべて、脱力するように、ペタッと、後ろに倒れ込んだ。それを聖王は覗き込む。
「魔王も、…結構やりすぎ。でも、これ以上やりあったら、私と先代から、痛い目に合うのは自分だってこと、わかってるでしょう?」
「……うん……わかってる…わかってるよ…でも、ちょっとだけ悔しい、あと、ごめん…本当に謝るから…」
明らかにしょげ返り、嗚咽すら漏らしている魔王を見て、私も、それ以上何かをしようとする気がなくなってしまった。
「でも、久しぶりに追い詰められたね…バンディーラ。でもね、それ以上はいけないわ。あなたの怒りはよくわかるけど、それでも止めさせてもらったわ」
「……そうだね、ありがとう。なんだか、少し不完全燃焼な感じだけど……でも、あなたが出てきたということは、これで戦闘は終わりということなのでしょう。納得はいかないけど、あなたに、任せるわ」
「ありがとう、人形」
聖王が、静かに頷いた。魔王がそれに、泣きついているのを見ながら、私はロアの元に歩み寄った。
「はぁ……久しぶりのダウンだった…いつ以来だったかな?」
「ロア、大丈夫?あれに相当やられていたみたいだけど」
ロアが、地に大の字に寝ながら、小さく乾いた笑い声を上げた。
「ははっ…勇者の称号を得た俺が、まさか何もできずに地に伏させることになるなんてな…全く」
「……かっこ良かったよ、ロア」
その声に、ロアが手を伸ばす。パンっとハイタッチの音が響いた。ロアが満足そうな笑みを浮かべたのを見て、治療なんかの必要はないと感じて、すでに隣に来ていたマリベルにロアを預ける。
ロアから視線を外し、再び、聖王を見る。いつしか、私の横にはリスティルが、来ていたけど、その目は、私ではなく、魔王を叱っている聖王を見ていた。しかし、私の視線に気が付いたのか、リスティルは、私を見て、あの泣きそうな表情を見せた。
「バンディーラ様……」
「今日は、様を付けてもいいよ。リスティル…ごめんね」
私は、リスティルの、乱れている服をそっと整えてあげる。リスティルの手は、ボロボロで、胸元からは、血が流れていた。多分、あの苦痛の中でずっと抵抗していたのだろう。まだ、なにも知らないし、教えていないのに、リスティルには、酷なことをした…そう思って、その手をそっと包み込む。
「……私は、無力だったね。リスティルを助けたかったけど、上手くできなかった」
「そんな……そんなことないです。バンディーラ様が、わたしを傷つけないように、必死にいろいろしてくれたことはわかっていました……そして、……奴隷に過ぎない、わたしを、大事に思ってくれていることは十分に伝わってきましたから」
リスティルには、そう伝わっていたのだとわかった。でも、気負わせるのはよくない。
「少しだけ、できることしたから」
私が、手を開く。包んでいたリスティルの手がきれいに回復していた。その手を不思議そうに見つめたリスティルは、ようやく苦痛の時間が終わったと実感できたらしい。その目から涙があふれて、次の瞬間には、私の平たい胸に飛び込んできた。
「怖かったです!!バンディーラ様が死んでしまうんじゃないかって思って!!」
「リスティル。大丈夫よ。あれくらいで死ぬことはないわよ」
「強がらないでください!普通の人なら、一発で終わるような攻撃ですよ!番人の人に聞きました。バンディーラ様が…わたしが心配しないように、無理をしているって!」
その言葉に、思わず、『聖鏡』をキッとにらんでしまう。『聖鏡』は、私の視線に気が付かなふりをして、そっと、オリビアとロンディスの話に入り込んでいった。
しばらく、リスティルは、私の胸の中で泣いているようだったが、やがて落ち着いたようで少し体を話した。
「少し落ち着きました。バンディーラ様に聞きたいことができたんです、一つだけ、いいですか?」
「へえ、なに?今のリスティルが落ち着けるのなら、一つだけなら何でも答えるよ」
「今、何でも教えてるって言いましたね。何でも答えてくれるんですね!」
あれ?私また何かやっちゃいました?
そこ言葉とともに、リスティルは、私から視線を外す。つい、私も、その視線を追いかけた。そこには、『聖傘』『聖炎』『聖花』『聖鐘』に守られながら、魔王を叱っている聖王の姿があった。
「バンディーラ様。なんで、ここにラーング旅団のファラ団長がいるんですか?」
その声にさぁっと血の気が引いた気がした。私は、いまだに、魔王を叱り続けている、人物からそっと視線を外した。多分目が泳いでいたのだと思う。
「フ……ファラ?……すぁ?……あそこにいる人は違うと思うよ」
私の声を聴いていたリスティルは、怒っているような笑っているような微妙な表情を浮かべた。ああ、沈黙がいたい。嘘ついてもすぐにわかりますって言われているようで、結構いたい。
「バンディーラ様、一つだけ答えるって言ったじゃないですか。でも、わかりました。やっぱりそうだったんですね?あの人は、ファラ団長だったんですね?最初から見ていたんですか?バンディーラ様、答えてください!」
「え?ファラが、ここにいるの?」
リスティルの上げた声に、さっきまで、近くでロアを介抱していたマリベルが驚いた声を上げた。私の周りで、起こったひと騒ぎに気が付いたのか、聖王が、優雅さすら感じる動きで振り返り、こっちにやってくる。フードを深くかぶって、その表情を伺うことはできなかったが、リスティルの直感はかなりすさまじいものである。
「ファラ団長!!」
「…さすがっていうか、どこで気が付いたのかしら?」
諦めたらしく、聖王は、その姿をさらすことにしたようだ。細い指が首元の留め金を外していく。その動きには、優雅さすら感じるが、私は、パーティメンバーのみならず、聖王遺物たちからもじっと見られている。その視線が、結構痛い。
「結構、最初からでした。バンディーラ様が、何故か、辺りを気にしているそぶりを見せていたので、最初は罠とかがあるのかと思っていましたが、バンディーラ様の表情を見ていると、まるで知り合いを探しているような感じでしたから」
「ああ~…もう、この人形、ばれないようにして言って言ってたでしょう?」
理不尽である。
「わ、私だってばれないように、していたもん!」
「ああ~、あの、こういうことは、あまり言わない方がいいんじゃないかって思うんですけど。バンディーラさんの顔って、闘いの時はしっかりしているんですが……なんか、そうしているというのがまるわかりな時があるんですよね」
マリベルがいれなくてもいい茶々を入れる。ロアは、まだ立ち上がれそうにはないが、私を気が付いていなかったのかと言いたげに見つめた。き、今日会ったばかりの人にそう思われる私って一体…
「それに、私が、バンディーラ様の顔を確認しないはずがないじゃないですか。盗み見るのは得意なんですよ!」
「…バンディーラ、さっきのは訂正…あなたのパーティメンバーは優秀ね。そこだけは、同情はするわ。はぁ…こうも早くバレるなんて…」
リスティルの言葉には半信半疑だったようだが、眼前の人物がフードを上げると、もはや疑う余地もなかったように、メンバーの中に驚きがさざ波のように広がった。
「はい、最初から見ていましたよ。ってこれでいいですか?」
聖王が、少し諦めたように肩をすくめ私を見ていた。私も内心の動揺は隠せたか怪しかったが、 聖王にそれに、同意するように、私は頭を抱えた。
「良くありません!団長!!」




