第二二話 ロア視点
銃声…そして、小さな爆発音。女性の悲鳴。
情報が一気に耳に飛び込んできた。俺は、メンバーの中で最も早く振り向くことができた。俺の目に、不可解なものが飛び込んできた。おそらく、見られていることはバンディーラも気が付いていないと思う。バンディーラの右肘部は綺麗に吹き飛ばされてなくなっていた。しかし、バンディーラは、平然としたまま、その損傷を何も気にすることなく、右手のを握っては開いてしている。次の瞬間には、右肘は何事もなかったかのように元通りになっていた。
俺は、その時見たバンディーラの表情が忘れられなかった。ほっとした。右肘が再生できてホッとしたという感じではない。おそらく、知られたくなかったのだろう。そのまま、リスティルとあの女性との戦いに戻っていく。
「…あれが、バンディーラか?」
「どうしたロア、何か見えたのか?」
ロンディスが、心配そうに聞いてくるが、今のことを言うべきか迷い、俺は、首を横に振った。
「いや、お前たちのところの聖女は、すさまじい戦闘力だな。そう思っただけだ」
「そうだな…前も、オーガを一撃で粉砕していた。高い戦闘力を持っていると思ったが、あれほどまでとは思わなかった…だが、」
俺も、その意見には、同意せざる負えない。リスティルを傷つけまいとしすぎて、攻撃を受け続けている。本人は、全く動じた感じがしないが、少し、気負いすぎて前のめりになっている感すらある。
「ああ、全く、あいつ」
聞き覚えがあるようで、ないような声が、後方から聞こえてきた。見ると、オリビアとマリベルが、番人を連れてこちらに合流してきた。
「拘束はしなくていいのか?」
その声に、オリビアがまず首を横に振った。
「まあ、本人曰く、逃げるつもりもなければ、これ以上戦うつもりもないって言っているし、それに、大事な情報も教えてもらったから、それと引き換えに拘束はしないってことになったの」
「オリビア……本当なら、ロアと、ロンディスさんにも話しておいた方がいいと思うけど」
「そうね、すごく驚いたんだけど、ダンジョンというかこの場所のことが少しだけ理解出来たわ。でも、今はそれどころじゃないから、二人には簡単にこれだけ言う、普段なら戦闘不能どころか死ぬようなダメージでも、ここでなら、それで戦闘ができなくなることはないの」
オリビアの発した言葉に、俺は、さっきの光景を思い出す。そして、一人納得した。
「なあ、俺の四肢が吹き飛んだ場合、何回くらいまでなら再生できそうか?」
俺は、このことに最も詳しいと思われる番人に問いかけた。番人は少し眉をひそめたが、俺をじっと見て、何かを観察しているようだった。
「3回っていったところ。とはいっても、ここでの初めての戦闘だから、再生とかは試さない方がいい」
俺は、その言葉に頷く。
「その力の他の使い方はないのか?例えば戦闘に役立ちそうな」
その言葉はまさに図星だったらしく、番人は、意外そうな感じで俺を見ていた。
「例えば、君が普段使用できないような、大魔法の代償に使うことができるよ。儀式が必要で、本来ならそうやすやすとは使えないような魔法も、ここでなら、君の意志だけで場所に干渉して使うことができる」
その言葉に、俺と、ロンディスは、頷きあった。
「お互いに力を隠しているのはわかっていたが…やはり、全力というわけではなかったのだな?」
「全く同感だ。だが、仲間を助けるためならば、この身を惜しまないのも俺の性分ってやつだ」
俺たちは、その力の使い方を、番人から聞き出し、バンディーラの方を向き直った。バンディーラは無謀な突進を止めて、大きな残骸に身を隠していた。そこにリスティルが、銃弾の雨を降らせている。不意に、その雨が止んだ。
その女性が、リスティルに何かをつぶやいている。リスティルが、首を振りながら、その言葉に抗っているが、それは無駄な努力だったらしい。
リスティルの小銃が、まるで最初からそうであったように、リスティルの身長を超える大きさにまで変化する。
「対物狙撃銃…『リスティル』…ベルグランデの獲物じゃない…」
マリベル様の顔から血の気が引いている。ベルグランデは、ノルディック侯国随一と言っていいほどの腕を持つ銃職人で、自らも、優れた銃士だ。妹がいつか使えるようにと心血を注ぎ造られた巨大狙撃銃がそれだった。
「…そんなのを、撃ったら…バンディーラ様が死んでしまう!!」
悲痛な叫び声が、リスティルの口から洩れる。あの残骸ごと破壊できるような攻撃を今から行うというのか?マリベル様を見ると、静かに頷かれた。
「少しまずいわね…」
オリビアが、追い込まれているような、表情を浮かべる。その時、ずっと考えこんでいるような番人が、口を開いた。
「あいつ…あの子を、戦闘不能にするつもりだ」
番人の言葉に、俺たちは、顔を見合わせた。
「あの子の今の能力的には、せいぜい2射が限界だ。バンディーラがその程度で倒れるわけがないけど…全く、抑えてとは言ったけど、私闘をしてなんて言ってない」
もう、あまり猶予がないということか、だが、もう一押しが足りない。少しでもこの魔法の発動までの時間を稼ぐ手段が。
「ロア、俺に任せろ。1対他では、いまのところ、後れを取るが、1対1ならどんな攻撃でも防ぐことができる。俺が先に行かせてもらう」
俺の考えを見ぬいたのか、ロンディスが、俺の左肩に手を置いた。全く、いつの間にか相棒気取りか…全くこれは、あそこで悩みに抜いている、バンディーラのためだ。お前たちのためではないからな。その点は間違えないようにしておけよ。
マリベル様は、オリビアに、ポーションを渡して何か説明をしている。オリビアが何度もその説明に頷いていた。
「マリベル様は、どうされるのですか?」
全員が配置に散っていくのをみて、俺は、マリベル様に問いかけた。マリベル様は、少し寂し気に笑みを浮かべた。
「私の魔法は…ここでは役に立たないの…だからせめて、リスティルの前に立つことにするわ。みんなの準備が整うまでの時間を稼いで見せる」
『ここでは、簡単に死ぬことはないわ。でも死ぬよりもつらい目に合うことはある』
バンディーラの戦闘前の注意が脳裏によみがえってくる。俺は、一瞬止めようかと、マリベル様を見た。
「ロア…神獣隊の勇者。私の命を預けます。皆とともに目的を果たしてください」
そのことを知っていたように、マリベル様は、振り返ると、優しく言われた。そこまで覚悟しているのならば、マリベル様の意志に従うまで、俺は、スゥっと息を吸い、集中に入った。視線の隅で、ロンディスとマリベルが、確かに頷いた。
…ならば信じよう。
マリベル様の声が遠くに聞こえる。
「なにを、しているのよ!リスティル!!」
その声が聞こえたときに、俺たちはまるで事前に念入りに打ち合わせをしたように動き始めた。




