第二一話
御使いの剣が、たやすく魔王の手を切り落とす。もし、これが聖域深部以外の場所で、相手が魔王でなければ、十分に致命傷にもなりうる攻撃だが、今、この時に限っていえば、この攻撃は牽制と言うものに近い。
聖域深部は、実体よりも概念が優位に立つ。本来なら優位に立つはずの、相手の急所を突いたり、攻撃手段を落すための行動は、ただの牽制に変わる。なぜなら、ここでの戦闘は、通常の空間の戦闘と大きく違い、相手を構成している生命力のような物…私たちはこの場で行動し結果をもたらす力…APと呼んでいる。それが、尽きるまで、戦闘行動は終わることはない。現に今切り落としたはずの手は、すでに魔王がAPを変換して生え変わらせている。確かにダメージ自体は与えたが、わずかなかすり傷に過ぎない。
そして、APが尽きたとしても死ぬわけではない。ただ、この場に干渉する力を失うだけである。だから、この場で相手の息の根を止めようと思っても、あまりにも細かい作業というか儀式が必要になる。
さっき、確かに魔王が、リスティルに何かをしたのが見えた。油断のならない相手だ。戦況がこちらに傾くのなら、早めに片を付けた方がいい。私は、魔王の目を見ながら、リスティルの横に並び立った。
ほんの一瞬、それだけあれば、十分にAPを削って、一気に戦闘不能に持っていけると感じ、私は、一足に魔王の眼前にまで移動し、御使いの剣を振り上げた。獲ったと感じたその瞬間だった。今まで、笑みを浮かべていた魔王の口が確かに言葉を発した。
「撃ちなさい…リスティル」
パンッ!
頭上から、振り下ろそうとしていた、右手に、鈍い衝撃が走った。今の銃声は、明らかに他のパーティメンバーにばれている。私が御使いの剣を振りかざしている姿を見られるのはのは、まずいと感じ、光の剣を消し右手で攻撃を受ける。
そう、受けたのだ。確かに肘に入ってくる違和感があり…
ボンッ!
右肘に小さな爆発が起き、一気に体制が崩される。そのまま、何もできずに、後方に飛び退った。体制を立て直して、右手を見ると、見事に、肘のあたりがなくなっている。これは、他のメンバーに……特に、リスティルには見せるわけにはいかない。私は、そう思い、即座にAPを使い修復を行った。肘は、あっという間に元通りになる。私は…ほんのわずかに、削れたといったところだろう。
「そう、いい子ねリスティル、もっと、もっと、人形を撃ちましょう」
「バンディーラ様……なんで、そんな…なんでバンディーラ様を撃って……」
リスティルが、こちらに魔導銃を向け乱射してくる。私は、とっさにその場を飛び退った。地面に、複数の弾痕が刻まれ、ひと呼吸遅れて、小規模な爆発が、そこで巻き起こる。
「全く、見たこともない魔法使ってくれちゃって、リスティル、私すこし誇らしいわよ」
「ありがとうございます…じゃなくて…バンディーラ様、止められないんです、体が勝手に動いて!よけて、よけてください!!」
私の言葉を聞いて、あざ笑うように、魔王が笑い声をあげた。悪役に浸ってるな…こいつ。
「まだ冗談を言う余裕があるのね、バンディーラ」
「ずいぶんと、悪趣味ね。意識を残したまま、操り人形にするなんて…本当に悪役ぽいわ」
「わ、私だって、そんなくらいはしてみせますわ」
「そうなんだ、それは大変……言いつけちゃおう!」
「そんなことしたら許さないから!…リスティル!!」
乱射をかいくぐり、接近しようとすると、魔王がリスティルを盾にするように動いた。どうしても、今の状態では、方向転換をするときに、リスティルの乱射がこちらを捉える。赤い液体のようなものが、体から飛び出すたびに、リスティルが悲痛な悲鳴を上げる。
当然私も、リスティルを傷つけないように回避に徹しているが、接近する時や、魔王の相手をしないといけないときに、どうしても、1発か2発は、どこかに喰らってしまう。そのたびにバレないようにAPを使って修復している。まだ、かすり傷にも程遠いけど、それでも、この状態では、よけきれないというのは厄介極まりない。リスティルも泣きながら撃っているし、本当は短期決戦で終わらせたいんだけど……
『打つ手がないっていうのも、なかなか、厄介なのよね』
どう考えても、他のパーティメンバーでは、この相手は難しいだろうがということは、十分にわかっている。もし、ここで、私がじわじわと削られてしまったら、助けに入った仲間ごと、全滅の危機をまねくこともありうるということだ。とりあえず、いったん隠れて、リスティルの消耗を狙うのも手かと思い、手ごろな腐食ていない残骸の影に隠れる。さすがに、徹甲弾も、分厚い残骸は貫通はできないらしく、しばらくの間、虚しく乱射する音が響いた。
「らちが明かないわね。でもバンディーラ、かくれんぼはもう終わり。さあ、リスティル、あそこを撃ちなさい…そうね、あなたの記憶の中で最も強力な弾丸…ウオールバンカーで」
「も、もう、止めてください…そんなの当たったら…バンディーラ様が、バンディーラ様が死んでしまいます!!」
「ふふ、バンディーラはそのくらいでは、全然死なないわよ、それにもしかしたら痛くも痒くもないかもしれないわね。でもね、だからこそ、あの人形に時々お灸をすえてあげたくなるのよ。大丈夫、あなたの好きなバンディーラ様は、絶対に死なないから、一発だけ撃ちましょう。ね。一発だけ。あなたの全力をバンディーラに撃ってみましょう」
リスティルの声が悲痛に響くが、その手は、ゆっくりと、ガンベルトに吊るされている。弾頭のカートリッジを撫でていく。それと同時に、リスティルの銃の形状が大きく変わり、身の丈を超える、長銃を作り出す。あ~あいつやりやがった、私を差し置いて、初めての共同作業とか、笑えないです。
残骸からそっと、見ると、リスティルは、その声に必死に抵抗しているようだったが、手は止まらず、そのまま、長銃に弾丸を装てんし、震えながら、こちらに標準を向けてくる。
そのああ、これは、完全に本気でやらないとダメか…リスティル、ちょっと痛いことする……ごめんね。あと、魔王……結構痛めにボコるから覚えておけ。と、私が、覚悟を決めた時だった。
「リスティル!何をしているのよ!!」




