第一三話
と、気合を入れて出たが、『陰聖の街 セート』は、聖域深部の中では最も、攻略難度の低いダンジョンである。それは、戦闘を考えていたメンバーにも衝撃的な光景として見えていたのだろう。
「あの、バンディーラ様」
「様はいいわ、リスティル」
「これって、いったいどういうことでしょう」
リスティルは、両手にたくさんの食糧と、装備品、消耗品を持たされて、困惑していた。これでは、攻略ではなくて、買い物に来たようだと本人は思っているだろうが、そのことは、決して間違えていない。
さっきから、断ればいいのに、店に呼び込まれるままに次々に、買い物をしている。リスティルは、断ることを知らない人間なのかもしれないと思い、今後のことに少しだけ不安を感じた。
「リスティル、聖域深部では、常識は通用しないわ。ここはそういう場所なの」
はぁっと、リスティルは、毒気が抜けたような返事をする。そう、ここは、聖域深部の中でも、特異な場所。今後、定期的に訪れることになる、補給拠点を兼ねた場所だった。
「はいはい、嬢ちゃんやすいよ安いよ。『早撃ち』の祝福が込められたホルスターだ!」
「あ、すいません、バンディーラ様、ちょっと見てきていいですか?」
「ええ、様はいらないけど、行ってらっしゃい。荷物は見ておくからね」
リスティルは、また誘われるままに店に入っていった。武器や防具にこだわるのはわかるけど他の買い物もしないのかな?まるで、わたしみたいだ。と少し残念に思い、リスティルから預かった荷物をもって、サラディスと同じ、広場に戻る。そこには、杖を新調したオリビアが待っていた。
「あれ、オリビア、買い物はもういいの?」
「ええ、ありがとう。おかげでいい買い物ができたわ。でも、不思議ね。夢の中のはずの、この街が、ダンジョンだって、あなたの話すべてを信じたわけじゃないけど、これって、現実に持って帰れるのよね?」
「うん、そうだよ。ほら、ダンジョンで取ったアイテムって、サラディスでも使えたでしょう。あれと同じ。聖域深部っていう名前だけど、ここも、ダンジョンの一つだから」
ふぅんと、興味深そうに聞いていたオリビアだったが、視線を外すことなく、私を見つめてきた。
「ねえ、バンディーラ?」
オリビアが、私に問いかけてくる。その瞳は、いつもになく真剣な輝きを秘めていた。
「もう一度教えて、あなたはいったい何者なの?」
オリビアには、何回も教えたと思うけどな…と、私は思ったが、それは仕方ないとしてと思い、すっと息を吸った。
「私は聖王遺物ですよ。正真正銘の」
オリビアは、その言葉に納得したように、頷いた。その表情が、久しぶりに楽しそうで私は安心した。この間まで、どう見てもオリビアのどこかに、沈んでいる様子があったからだ。ようやく、納得してもらえたのかなと思ったが、そうでもなかったようだ。
「やはり、あなたが聖王遺物を持つ正真正銘の聖女で、その力で、あなたがここに、連れて来てくれたということはね」
そういうと、オリビアは、嬉しそうな笑みを浮かべて、手を差し伸べてきた。これは、ただの握手ですね。そう思い私が手を取ります。オリビアは、顔を真っ赤にしていますが、一体何をしているのかはわかりませんでした。
「…『自分の目で見て、自分の耳で聞いて、自分の手で触れるまでは何も信用するな』が、私が、大嫌いな前任の言葉でしたが一分のの真実はあったようです。今、バンディーラに、勇気をもって触れてよかったですわ」
うわ、なに?本当に何かしたの?そう思って私は身構えたが、オリビアは、首を横に振った。しかし、その目には明らかに今までと違う視線が含まれていた。
ただ、わたしにはその視線に答えるだけのものがない。今日はそれだけのことだ。
そんな時だった。ちょうどリスティルの入っている店の反対側から、聞きなれた声が聞こえてきた。
「…なあ、もしかしたらだが、俺たちの旅団は、大きな遠回りをしていたのか?」
「そうかもしれないな。俺としては、違和感あふれるこの場所は、好きになることはないだろう。だが、居心地は良い場所だな。長旅の後ならばきっと、安心できる場所だろう」
ロンディスとロアが、町の中を一回りして、ようやく、ここに戻ってきた。見ると、ロンディスのシールドと、ロアの大鉈は、修理と補強を施されていて、さらに、古代文字による、聖域な祝福が施されている。あの武器は、ダンジョンの中で経験を積んでいくことで、やがて、神代の武器に匹敵する性能になる。ようやく、道筋の一歩が踏み出されたことに、わたしは内心安堵した。
「お、バンディーラに、オリビア」
「すまぬな、遅くなったか?ところでマリベル様は?」
私たちを見つけた、ロンディスとロアが、こちらやってきた。
「リスティルは、また、お買い物中。マリベルは、最初の店から出て来てない」
オリビアが、そういうと、少しだけ笑みを浮かべた。久しぶりにリラックスした表情だった。
「ところで、そろう前に聞いておきたいのだが、さっき言っていたことは本当か?」
ロアが、確認を取ってくる。それに合わせて、皆の視線が私に集まっていく。微妙な緊張感がそこに生まれていた。とはいっても、ロンディスとロアは、なんだかわくわくしたような表情をしているし、オリビアも、いつもの表情を浮かべていたけど、それでも、続きを聞きたいという、好奇心があふれて見える。
「ええ、本当。この先に、この聖域深部の番人、というべき存在がいるの。私たちは、それに挑まないといけない。打ち勝てたのならば、きっとみんなの力になってくれるわ」




