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第九話 リスティル視点 下

 軍議といっても、釈明の機会など与えられることはなかった。一言も発することが許されないまま、わたしの罰が確定する。


「敵対勢力に対する情報漏洩並びに、民間人、部下への致死性を持つ無差別攻撃」


 その他もろもろの罪が読み上げられていく。わたしはそれを他人事のように聞きながら、考えに沈んでいた。あの時見たのは確かに、ジェファス兄さんだったが、その兄さんは、傍聴席で、怒りに満ちた目でわたしを見ている。

 その横では、わたしの不義を悲しんでいるように頭を抱えている、ロッカス父さまがいた。いつも通りだったのは、ベルグランデ姉様だけだったが、その静かな様子から、何かを考えているのは確かだろう。


「よって、本来銃殺刑とするところを、奴隷落ちとし、今後生涯にわたり、公的機関への就職を認めないものとする。フォーディン家については、今回の件について、情報の提供があったことから、忠誠を認め、その地位を保証する」


 軍議が終わり、被告人席から無理やりに立ち上がらせられて、そのまま、引きずられるように法廷から退出させられる。すぐに、護送用の馬車に詰め込まれ、そのまま、馬車は走り出す。


 わたしは、すでに芋虫のような格好の、拘束服を着せられて、猿ぐつわをかまさせられていた。なすすべもなく、ただ、床に転がされて、当然、固定もされていないから、あちこちにぶつかって痛かった。不幸中の幸いだったのは、猿ぐつわをかませられていたので、舌をかまなかったことだけだろう。


 馬車は、どこかの施設に入って行くのを感じた。馬車のドアが開き、乱暴にわたしは外に放り出される。もごもごと、何とかならないかと動くが、全く緩む気配もない。私が少し疲れたころ、扉が開いた。やってきたのは、嗜虐的な表情を浮かべる、一人の女性だった。


「あらかわいい顔ね。火傷で崩すのがもったいないわ。本当はこっちに刻むのが法律なんだけど…まあ、どこでも変わらないでしょう」


 その女性は、舌なめずりをして、私の頬を、爪を甘く立てながら撫でていく。その指はそのまま、首筋を撫で上げ、やがて拘束服を縛っている皮ひもに行き着く。手慣れた様子で、その細い指は硬い結び目をほどいていく。やがて、3個ほどの結び目が解かれただろうか、女性の前にわたしの胸元があらわになった。


「あら、カワイイ。うれしいわ。かわいい子に、こういうことするの…大好きなの」


 その女性は、わたしのあらわになった胸元をかがんで舌を出す。そこからは、長い舌が伸びていた。私の汗を嘗め取り、滴る自分の唾液を塗りつけるように、嘗めた。わたしはおぞましさに、身を固くして、その行為を受け入れるしかなかった。しばし後、女性は、わたしの胸元を唾液で濡らすことには満足したらしく、一度わたしを、台の上に置き、腰、肩を固定する。女性が、そのまま、壁の方に後ろに歩いていき、手に赤く焼けた4つの針がある焼印を持って現れた。


「さあ、あなたの人としての生が終わる時よ。いい声で啼いてね」


 その女性は、微笑みながら、わたしの胸元に強く焼印を押し当てた。痛みが全身を駆け巡り悶えるが、拘束がそれを許さない。女性はわたしの様子を見ながら、その長い舌で、舌なめずりをして、執拗に焼印を押し当てる。痛みが、うねるような熱が頭を、煮えたぎらせる。痛みと絶望の中で、わたしは、意識を手放した。



 どうやら、わたしは、気絶してしまったらしい。ふと胸元を見ると、白い薄布が置かれていた。きれいなグローブをはめている手で、恐る恐るそれをはがしてみると、四つの穴が開いた奴隷印がしっかりと刻まれている。


「こんなのって…こんなのって」


 と、ここまで来て、私は拘束が解けていることに気が付いた。気が付いたら、猿ぐつわも外されて、あの女性の姿も見えない。わたしは、警戒しながら、台から降りる。久しく動かしていなかった足が、一瞬悲鳴を上げたが、それを無視して、そっと歩き出す。わたしは、みすぼらしい服を着ていたが、決して裸というわけではなかった。確かに、拘束服を着せられるときには、裸だったはずだが、いつの間に服を着せてもらったのだろう?


 緊張と、胸の奴隷印の痛みで遠くなりかける意識を何とかつなぎ止め、わたしはその場所から外に出ることに成功した。確か、昼過ぎに、ここに運び込まれたはずだったが、どう見てもそこは、朝市の中だった。そんな中、目の前には、行商人が、壁によりかかって立っていた。


「嬢ちゃんどうしたんだい?」


 わたしは、施設の中から出てきたのを見られたのかと一瞬気取ったが、行商人に、そんな様子もなく、ただ、私のことを不思議そうに見ているだけだった。ふと、その商人の腰を見ると、そこには、銀の翼の装飾がされた短銃が二挺ぶら下がっていた。


 間違いない…あれは、私の魔導銃だ。どうして、こんなところに?


「あの、それは?」


 私の指さしたものを、不思議そうにみる行商人。すぐに納得がいったらしく、両手をポンと打った。


「嬢ちゃん、お目が高いね。これは、魔導銃だよ。軍からの横流し品さ」


 魔導銃は、こう見えて、繊細で取り扱いの難しい代物だった。単純にトリガーを弾けば魔導弾が飛び出すというものでもない。


「軍からの横流しって、それ言っていいの?」


 有体に言えば、軍内に備品の確認もできないような、統制がとれていない部隊が存在しているということだった。しかし、そんなことが起こるのだろうか?でも、わたしは、その腰の魔導銃に視線を魅かれながら、そう聞いた。もし、横流し品だとしても、それは、明らかな軍規違反だった。もしバレたのならば、重罪に問われるだろう。


「そうだな…実は今年、巡礼を行うことになっていて、候国からも、巡礼者が発ったんだが、そいつらに売ろうと思ったんだが、軍の横流し品で、かつ、魔導銃はお断りだって言われたんだよ」


 魔導銃は、いまだに発展途上の武器で、扱いは非常に難しく、その上、ダンジョン内での精神力の消耗が激しいという厄介な欠点を抱えていた。不人気武器の中の不人気武器だ。しかし、魔力の容量は大きいものの、魔法を習得しなかった私は、剣よりも銃を選び、銃士団に入団した。


 長い間、苦楽を共にした友ともいえる武器、もし、買い戻せるのならばほしい買い戻したいと、わたしが思うのは、必然だっただろう。しかし、当然のごとく、私は、お金を持っていない。諦めるしかないかな…そう思い、手を強く握りしめた。その時だった。手の甲に何か硬いものがあるのを感じた。何だろうと、グローブを取ってみると、そこにあったのは、商人連合の大金貨だった。それを見たとき、行商人の目が、驚きに見開かれた。


「ほう、ずいぶんいいものを持っているね?」


「…これで、それ買えませんか?」


 降ってわいたようなチャンスだった。そして、私にとっては、これが最後のチャンスだった。その金貨を行商人は見て、ふうっと息を吐いた。


「いいぜ。ちょっと待ってな」


 行商人は、置いてあった箱の中から、巡礼服と靴、ホルスター、そして、カバンを取り出す。


「さっき巡礼者から、買い受けたやつだ。おまけでやるよ」


「ありがとう、こんなにもらっていいの?」


「ああ、いいってことよ着替えるんなら、ここで着替えるといいぜ」


 行商人は、壁に立てかけるように器用に布を這わせる。私は、その中で、服を脱ぎ、巡礼服に着替え装備を取り付けた。幸いにして巡礼服は、ゆったりとしていながら、清楚なつくりなので、胸元があらわになることもなく、着こなすことができた。靴とホルスターはまるであつらえたように、わたしの腰と足にフィットした。カバンの中身はぎっしりと詰まっていて、携帯食料品や、応急処置用の薬品一式が入っていた。


 グローブからは、もう一枚、大金貨が出てきたが、それは使わないでおくことにした。


 やがて着替え終わったわたしが出てくると、その商人はもう一つ提案をした。その提案は、魅力的だったので、お願いすることにした。


 その日、わたしは、リスティルの名を捨てて男性名を名乗り、朱い髪を切り、侯国の首都から、王都との国境付近にある、ウォーリッシュの村を目指すことにした。その村で、ラーング旅団に入団して、聖域の街までたどり着くことができた。そして、出会えた…いま、わたしは、満たされていた。

 でも、この脱出劇のすべてが、マリベルとベルグランデ姉さまに仕組まれていた。わたしは、帰らないといけない。ベルグランデ姉さまは帰ってくるなって言っていたけど…帰らないなんてできない。


 待ってて、姉さま、たとえ何もできなくても、わたしは帰るよ。

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