第三話 フェリガン旅団長視点
じゃじゃ馬が何も言わずに旅団を去ったことに俺はほっ、と息を吐いた。
巡礼。選ばれた者だけが、ウォーリッシュの村の西、聖域への巡礼を行うことが許される。その先には、聖域の街サラディスがあり、四大聖域が試練としてその往く手を阻む。試練を乗り越えた暁には、聖壁の先、人間の敵を退けた聖王の都へ入ることを許されると言われ、その城の中には、空席の聖王の玉座があり、そこに到達したものは聖王になるといわれている。
聖域から帰還した王子の話として有名だ。子供でも知っている。
おまけにこの話に尾ひれまでついて、聖域に到達した全ての人間に、栄誉が与えられる。とも言われている。
俺たちは、今まで誰もなしえなかった、犠牲0の聖域の街サラディス到達を成し遂げた。
そのフラジャイル旅団は、他の旅団からの移籍希望や他の旅団への人員引き抜きを行い、サラディスで急速に規模を拡大していた。その規模は、旅団としては最大のものとなった。
皆が、どれだけ聖域で得られる栄誉というものに関心があるかということだ。
だが、他の大規模旅団の話を聞くたびに、俺は劣等感に苛まれていた。
旅団には、聖者か聖女が必ず存在する。フラジャイル旅団以外の大きな旅団の聖女や聖者持つ聖王遺物は、
スペーサー旅団の聖女 聖王遺物『聖筆』を所持している。
アーガイル旅団の聖者 噂によれば聖王遺物『聖剣』を所持している。
フォビア旅団の聖女 噂によれば聖王遺物『聖櫃』を所持している。
彼らの持つ聖王遺物は、バンディーラのそれとは違い、まさに伝承にある奇蹟を体現したようなものだった。
この旅団の、バンディーラが持っていた『聖旗』という眉唾で、実在の怪しいものではない。
大規模な旅団はこんなもので、後は20人以下の小規模な旅団である、ラーング旅団とロイエス旅団があるが、おそらく、大した聖王遺物は持っていないだろう。本来、バンディーラはそこに属するべきだと俺は常々考えていた。
「まったく、いつもならば、『聖都に私は行きたいんです』ってすがってくるところなんだがな・・・」
ふと窓の外を見る、ロンディスが、他の旅団との共同作戦を終え、戻ってきているようだった。そして、バンディーラと、言い争いをしている。まったく、見苦しい光景だ。俺は、そう思い、窓から離れ、呼び鈴を鳴らした。すぐに、従者が現れる。
「御用でしょうか?」
俺は、窓ガラスに映る自分の顔をまじまじと見る。よしこれでいい。大仰な動作で、従者の方へ向き直る。
「さて、事の次第は聞いていると思うが、散々に我々をだましていた偽の聖女がようやく我々の下から去った。
我々の本当の聖女様を、午後から、皆に紹介することにする。幹部団員を集めてくれたまえ」
「順調に進んでいるようで何よりです。仰せのままに」
従者は、静かにそう告げると、表情をあらわにすることなく、頷き、踵を返した。そのまま、ドアから出ていく。
この計画のことを従者に話をしたことはないが、おそらくは、ドアから漏れ聞こえたのだろう。変なことろで、口は軽いが、あいかわらず、淡白で面白みのない奴だ。
従者として雇った記憶はないものの、サラディスでいつの間にか従者についていた。とはいっても、裏切るだけの能力も持っていない。
従順さだけが取り柄の道具のようなそいつが、出ていったドアにふんっと、嘲笑を浮かべる。
だが、無能な従者に割く時間などない。
「このままでいけば、俺が聖王になるか・・・悪くないな」
まだ誰も行き着かない、聖王の王座、そこに座れる日も、もうすぐそこだろう、旅団の構成員は、後方支援員だけで、200人を越え、攻略パーティも十分な兵力を持っていた。この兵力と、正当なる聖女の力が合わされば、四大聖域の制覇もたやすい。俺は、そう思い、机の上に置いてある、グラスに手を伸ばし、とっておきのボトルに手を伸ばす。
『G T 14』と書かれたボトルは、特別な日に開けようと思っていたボトルだった。俺は、それを躊躇なく開け、グラスに注ぐ。
今日、偽りと無能の聖女は去り、真実と本物の聖女が目覚めた。それは、聖都の門をこじ開ける。俺は、そのことに歓喜すら覚えながら、まるで血のように赤い液体を陽にかざし、唇に運んだ。
口の中に、芳醇な香りが広がる。それは。おれにとっては、勝利の味に感じた。
突如、階下から、ロンディスの負け犬のような耳障りな声が聞こえた。あの馬鹿は、何を騒いでいるのだ?
だが、それも、さほど気にならなかった。
「さて、四大聖域をさっさと踏み越えて、聖王にとやらになってやるか」
俺は、執務室の机に、白い紙を広げると、考えを書き込んでいく。まずは、旅団内の人事の一新から行うことにした。