第一章 エピローグ
その後、私たちは、『神坐したる立坑』から、急いで脱出することにした。御使いたちが、不満そうな表情を浮かべていたが、それは見ないふりをした。ちょうど、地表に帰ってきた、その時だった。
カーン!カーン!!カーッン!!
高らかに鐘が鳴り響いた。その鐘の音ともに、役目を終えた御使いたちは、光の粒子になって消えていく。私は、『また会おうね』と心の中でつぶやいた。その声が聞こえたのか、御使いが私にわかるように、かすかに微笑みを返してくれた。光がその場から消えるときまで、私は空を見続けていた。
「バンディーラ、食べないのか?」
「うん。今回は大丈夫なの」
ロンディスが進めてきた固形食料をやんわりと断った。この魔法の後だけは、鐘の音を音を聞いても、空腹を覚えることはない。
「バンディーラ様、少しは、食べないとだめですよ」
「様はいらないわ。それに理想とする、パーティメンバーもそろったから…うん、この幸福感の方が大きいかな」
そう、ディフェンダーのロンディス、継続戦闘力に優れたアタッカーのリスティルとロア、瞬間火力と殲滅力に優れたオリビア、そして、サポートのマリベル。そして、聖女の私。ようやく、これで聖域に挑めるメンバーがそろったことになる。
「パーティメンバー?バンディーラ、何をするつもりなの?」
オリビアが、不思議そうに問いかけてきた。
「聖女らしく、導として、聖都を目指します!!」
その言葉に、ロンディスとオリビアは、特に驚きもせずに聞いていた。リスティルは、少し驚いている。
「正気か?お前たちのところの聖女は、志は高いな」
「ええと、…旅団を組んでも到達できない聖都に向かうなんて…無謀ではないですか?」
さすがに、ロアとマリベルは、驚愕してくれている。
「…いやな、こいつは、元からこういうやつだ」
「そうそう、驚くにも値しないわ。ずっと変わらないから、結構安心感があるのよ」
「バンディーラ様」
「様はいらないわ」
「微力ながらお手伝いをさせてもらいます!」
ロアとマリベルは、顔を見合わせていた。やがて、あきらめたように、肩をすくめた。
「わかった。仕方ないな」
「リスティルが行くのならば、私もついていくことに異論はないわ。よろしくお願いします」
ロアもマリベルもわかってくれたみたいで、私はほっとする。やがて、ダンジョンの風景が始め、見慣れた聖都の聖壁が姿を現した。
「いろいろあって、ようやく帰ってきたっていう感じだ」
「ええ、本当に長い一日だったわ」
ダンジョンの中と、通常の空間は、時間の流れ方がわずかに違う。今日の探索は表層までで、鐘の音も3回しかならなかったから、1日の間で帰ってくることができた。もし、もう少し先まで探索に出ていたら、その日のうちに帰ってくることは、難しかっただろう。
うんうん、行けそうだね。私がそう思って、前を向いた。サラディスの入り口に、一団が立っていた。パーティメンバーが警戒に入るが、私は見知った顔を見つけほっと胸をなでおろす。
「あ、ファラ!お~い」
ファラがほっとしたような表情を浮かべた。その後ろには、12人のラーング旅団のメンバーがいる。とはいっても、全員私と一緒みたいだ。
「『神坐したる立坑』が、暴走したって聞いたから、驚いて、戦力を集めてきたの。でも、バンディーラがいるのなら、手遅れになることはないって、無事に帰ってこれるって知っているけど、それでも心配だったわ」
さすがファラ、主催者だけのことはあるよ。
「そんなに信頼してもらえてうれしいな。あと、見て、私もパーティメンバーがそろったの」
「そう、じゃあ、今日から本格的に聖域の攻略に入るのね。私が手を出すことはできないけど、バンディーラのこと応援しているから」」
「ちょ、ちょっと待ってください」
その会話に、リスティルが割って入る。リスティルが、ファラに近づこうとして、『聖采』と、『聖飾』に止められている。そして、ファラの後ろに、『聖環』と『聖針』がいるのをみると、ここは私が止めるべきだろうと、仕方なくリスティルに声をかける。
「リスティル、それ以上は、近づかない方がいいよ。ファラの周り…突破するのは簡単なことじゃないよ」
ファラが困ったような表情を浮かべる。全然困っていないのに、そういう表情を浮かべるのが、ここで、おばあさまがいれば叱ることもできるだろうが、一応、私は姉弟子。そんなことはできるわけもない。
「リスティル、バンディーラ様」
「様はいらないわ!!ファラ」
「…失礼いたしました。バンディーラの言う通りです。リスティル、そこからなら発言を許します」
リスティル、そして、パーティメンバーが私を見る。ファラと私に対しては、聞きたいことは多くあるのだろうと思うが、今、全てに答えることは無理だった。私は、リスティルの言葉を待つことにした。
「…バンディーラ様は、…」
一瞬リスティルが、言葉に詰まる。がんばれ、リスティル。リスティルの表情が、あの時のように引き締まった表情を見せる。
「いえ、ファラ団長は、バンディーラ様の目的を知っているのですか?なんで、それを私に黙っているんですか?」
ファラが、少し、瞳を閉じる。そして、薄く目を開いた。おお、そんな表情をするファラは久しぶりに見たよ。ちょっとだけ感動かな?
「ええ、知っています。バンディーラの行おうとしていることそのすべてを私は知っています。そもそも、バンディーラの行動の原因には私の甘さがありますから…手助けはできなくてもできることは私はするつもりです」
ファラは、一度言葉を切る。
「もっとも、こんなに早くに手が進むとは思っていませんでした。もしかしたら、私もバンディーラを見くびっていたのかもしれません」
「ちょっと待って、あなたは、バンディーラの何なの?」
オリビアが不信感を露わにして、ファラに問いかける。もう少し、、仲良くできないかなと、私は、関係のないことを考えて、ファラの答えを待っていた。
「妹弟子です。そして…」
ファラの周りの空気が変わる。あ、ファラが本気だ。あと、そこまで言うつもりなんだ。
「バンディーラは私が受け継ぐものなので。その予定でお願いします。無事に聖都に送り届けていただけることを期待しています」
その言葉を最期にして、ファラは私たちに背を向けて、サラディスの街中へ歩いていく。その後を、旅団メンバーが無言で追っていく。私も、本当ならば、あそこにいたかと思うと、少しだけ、残念な気もするけど、
「あの…バンディーラさん」
「様は要らないです」
「いろいろと聞きたいことがありますが、今日のところは、いったん拠点に引き上げたいと思いのですが…」
「マリベル様、まだ万全というわけではないのですか?」
「いえ、ただ、工房があるというお話だったので、早く見てみたいと思っているだけです」
「あなたも、なかなかの研究者ね」
「なかなかの強者ぞろいじゃないか。ラーング旅団も」
いつしか、いつもの空気に戻っていた。皆が、好きなことを言っている。ファラの苛立ちはわかる。でも、心配はいらないと思う。私の見つけた仲間たちは、きっと、私を、聖都へたどり着かせてくれるだろう。そして、その時あなたと本当の意味でようやく再開できる。その時を信じることができると思って、私は、その話の輪の中に入ることにした。
すべては、今日から始まるのだと、そう感じながら、私は、ほんの刹那の安寧に身を委ねることにした。




