第二一話 ・・・・視点
その瞬間だった。爆発の衝撃が私の意識ごと、全てを狩りつくした。
強烈な浮遊感が、体を満たす。痛みも何もなく、ただ、浮いている。だけど、その心地よさすら感じるまるで抱擁されているような温かさ。私はそれに縋った。この半年得たいと思って…この数日、ただ心の傷がただ開いていき、無力感に苛まれ、皆が私の死を願っている。そんな夢を見続けた。
そうか、死とはこういう優しいものだったのかと、私はほっと息を吐いた。誰かの手が…節立ち、わずかにささくれた、それでありながら、暖かく、大きなその手が、私の瞼をそっと抑えてくれた。もう、これ以上傷つく必要はないというように。ぼそぼそと話し声が聞こえるが、それを私は理解することはできず、ここ一番の深い眠りに落ちていった。
肩が揺さぶられる。顔に暖かい水滴が当たる。どうやら私は死後の世界についたらしい。目を開けると、まだ暗く、苔むした天井が見えた。そして、私を見下ろしている誰かの顔があった。
「マリベル?マリベル!!返事して!!」
ああ、聞きたかった声…聴きたかった言葉が、私をそっと、目覚めさせた。本当に奇蹟が起こるとは思っていなかったけど、見たかった顔がそこにあった。
「リス…ティル。私ね。本当に弱くてごめんね」
リスティルが驚いたような表情を浮かべた。私は、心残りがほんのわずかに消えて、ほっとした。リスティルがいるということはここは死後の世界なのだろう。ここでなら、きっと、秘密を話してもいいのだろう。
「お姉さまに…ベルグランデ様にあなたのことを本当に心配されて、私に、いろいろ託されていたのに…私は、本当をあなた助けないといけなかったのに、見殺しにしかできなくて、せめて…奴隷紋を入れないようにしかできなくて…私には、何もできなくて…リスティル赦して、赦して…ごめんなさい」
リスティルが、驚いた表情を浮かべた。涙をためた瞳が大きく見開かされた。
「だから、巡礼に合わせて、あなたの武器を渡して、巡礼服を渡す事しかできなかった…聖域の街につくまでにいくつかの旅団が壊滅したって聞いて、その中にきっとあなたがいたんじゃないかって。もう、あなたに会えないのなら。私…私は、もう、こうすることでしか…」
「いつもそうだよね、マリベルって…冷静な振りしてすごく情熱家で直情。わたし、そんなマリベルのことが好きだから。マリベル、ね、見て」
私はリスティルの言葉が理解できずに、リスティルの手で半身を起こされる。そこには、信じられない光景が広がっていた。そこにいたのは、ロアだった。すごく心配した様子でわたしを見ている。
「奇跡が起きたということか…マリベル…嬢様」
ロアが怒った表情を見せていた。それはそうだ…私の爆破に巻き込んでしまった…こんな形で再会なんて嫌だったけど、せめてこの世界では私は、あなたに…そう思った、その瞬間だった。見たこともない大柄な男と、杖を持った女性が、目に飛び込んできた。
あれ?もしかして、死後の世界の番人か何かなんだろうか?
「ねえ、リスティル?ここは、死後の世界なのよね?これから私、転生でもするのかな?」
リスティルは、心底呆れたような表情を浮かべていた。
「あのね、マリベル…ここは、『神坐したる立坑』よ。あなたが起こしたダンジョンの暴走は、もう、治まって…ううん、なんて言ったらいいんだろう?あなたを迎えに来たのよ」
「そんな、そんなことあるわけないじゃない…だって、私死んだのよ。どう考えてもあの状態で生きているわけないわ」
リスティルとロアが顔を見合わせる。後ろの女性も困ったような表情を浮かべている。そんな時だった。階下から大勢が上がってくる気配を感じた。私は、そちらを向いて、驚愕に目を見開いた。
羽の生えた…おとぎ話の中に出てくるような御使いの真ん中に、まだ、少女といっても差し支えのない女性が、立っている。その左手には、旗を持って、まるで、何かの案内人のように見える。そんな少女が。
「あ、目が覚めたんだね」
「バンディーラ」
「様はいらないわ」
「今声を出したのは、ロンディスさんですけど…ロンディスさんは、様はつけないですよ。あの、何か見つかりましたか?」
バンディーラと呼ばれた女性が、成果物を手に見せる。それは、確かに、私につけられたはずの腕輪だった。私の位置を発信し続けて、それは、死ぬまで外れることのない腕輪だが、高いところから叩き落され、限界を超える高熱を浴びたそれは、変形しところどころ溶けてその役割を果たすようには見えなかった。
「オリビア、分かるか?」
「ええ、魔力の残留からおおよその効果は推定できるわ。これは、発信の腕輪ね。主に逃走の恐れのある奴隷などに使用される魔導器よ。一定の条件を満たさないと外れないようになっているはずよね」
「あの、その条件って、私の死だったはずです…なんで外れているんですか?」
「聖王の伝承にはいくつかあるけど、ある時、悪人が聖王を亡き者にしようと思って、家に招き入れて、脱出できないようにしたうえで、家ごと谷底に崩落させたことがあったんだって。悪人は、聖王が死んだと思ってその場所に戻ったら、聖王が涼しい顔をしてそこに立っていた。なぜ出られたのかと問いかけた悪人に、聖王は、手に持った一本の鍵を見せたの。私を縛ることも、死の檻に閉じ込めることもできないと。悪人は、震えあがり、今までの行いを反省したと言われているわ。いわゆる、聖王遺物『聖鍵』の伝承ね」
その少女は、不思議なことを語りだした。そんな伝承は聞いたこともないし、聖王は、聖剣と聖杯を持って大陸に覇を唱えた人物ではなかったのだろうか?
「バンディーラ様」
「なに?リスティル?」
「マリベルを困らせる様な話をしてはダメです。そもそも、聖王の話は、わたしもマリベルも子供のころから、聞いています。『聖鍵』なんて聖王遺物は聞いたことがないです。そんな作り話なんかしたらダメですよ」
バンディーラは、『嘘じゃないもん』と少し膨れたような表情を浮かべた。それに対して、リスティルは、しまったというような表情を浮かべていた。二人を見比べていると、ようやく気が付いた。
「もしかして、バンディーラさんは、リスティルの今の主人なのですか?」
「ええ、もう、リスティルは私のものなのだから。…でも、リスティルが大事な人なら、私にも大事な人なのよね。ええと、マリベル?でいいんだっけ?」
「はい、そうです、マリベル・スペーサーと申します」
私の手を、バンディーラが取った。
「あなたは愛されているから、もう仲間ね。ロアも私のパーティに入ってる。ということは、2対1で、あなたに拒否権はないわね。どう、一緒にパーティとしてやっていかない?」
その手から、伝わってきたのは、確かな異質で異物の感覚だった。しかし、私はそれを飲み込んだ。リスティルここにいて、そして、これを信じているのならば、それもいいと思った。
「マリベル・スペーサーは、バンディーラさんのパーティに参加します」
その言葉を発した瞬間だった。確かに体に活力がみなぎるのを感じた。ただの回復などとは格の違う何かが私の体を正常に戻していくのを感じる。次に起こったのは、枯渇していたはずの精神力の回復だった。これも、枯れていた泉にまるで新たな間欠泉が見つかったかのようにあっという間に、感じていた頭痛からくる疲労も消えていく。
「どう、生前の世界もいいものでしょう?」
それ、バンディーラが、嬉しそうに微笑む。私は、その声を聞きながら、静かに頷いていた。
今までの旅団の聖女としての生活から、小規模なパーティのメンバーとして生きて行くそのことに不安がないわけではないが、意外と何とかなるのではないかと、リスティルが信じているこのメンバーとともに、聖域の街で生きて行こうと決意した。




