第二〇話 マリベル視点とロア視点
少し暗めのお話です。
「ロア、今までありがとう。本当にごめんなさい」
私に与えられた使命はただ一つだった。爆破のスクロールを使用し、ダンジョンを暴走状態にすること。ダンジョンを暴走させれば、その分攻略が進むことになる。その手土産をもとに、フラジャイル旅団へ異動することを望んでいる者が多くいた。
わかっていた、私には何の力もないことも、聖女なんて持ち上げられていたけど、そんな力なんて全く持ち合わせていないことも。私にできるのは、スクロールを作ることと、ポーションを作ること。ただ、それだけだった。その効果が以外にも高かったことを買われて、聖女として皆から持ち上げられた。
馬鹿だった。本当に馬鹿だった。
自惚れていた。自作の最も効果の良いスクロールやポーションは、本来は、スペーサー旅団の中で使われるはずだったが、それは、多くの貴族の子女が取り上げて、フラジャイル旅団の手に渡っていた。スペーサー旅団で最も必要とする斥候パーティや攻略パーティには、全くいきわたっていなかった。
そのことに気が付いたとき、団長以下幹部陣に抗議をした…その意味がなかったことをその直後にはっきりと、自覚した。いや、自覚させられた。
「情報収集と分析、そして根回し。それが一番重要で、難しくて、きつくて…楽しい…そう、教えてくださっていたのに、私はお父様の教えを無駄にしてしまいたしたわ…」
全てが後手に回っていたこと、そして、分かったことは、スペーサー旅団は、もう、私を聖女として導としてみていないことと、旅団としての体制を維持していないということだけだった。多くの貴族と軍部出身の団員が、道中に一人の犠牲者も出さず、もっとも強大な旅団である、フラジャイル旅団への移籍を望んでいたことだった。馬鹿みたいに、半月近くいろいろと頑張ったけど、そのすべては無駄だった。
つい二日前の会議で、とうとう、私の処分が言い渡された。
「スペーサー旅団の聖女、マリベル・スペーサーに、特務任務を与える。『神が坐したる立坑』に向かい、ダンジョンを暴走状態にさせること。手段は問わない。」
団長から、任務が言い渡される。手段は問わないというが、私にとっては、やり方がほかにない任務だということはわかっていた。要は、
「爆破のスクロールの同時起爆して、…私に死ねて言っているの?」
「有体に言えばそうだ。私たちの旅団のために、マリベル・スペーサー、君が邪魔なんだよ。爆破のスクロールの危険性は我々も十分に知っている。目的を果たしてくれることを期待しているよ。それとも、ここで、我々に切り殺されるか?君には失望させられたが、時間が惜しいからな。半日をかけて、悲鳴が出なくなるほどのなぶり殺しで勘弁してあげよう。」
旅団は、聖女聖者を導として、形成される。逆を言えば聖女聖者がいなくなれば、旅団は、その形態を維持できなくなる。もし、他の旅団に合流したい場合には、その聖女聖者の殺害が最も手っ取り早い方法だった。フラジャイル旅団は、聖女を追放したらしいが、こちらは、私を…
「わかりましたわ…『神坐したる立抗』を暴走状態にさせます」
下卑な笑いが、部屋にあふれた。目の前の団長は、声を出してはいない者の、私を小馬鹿にした表情をしていた。
「ああ、そうだった。これもつけていくように」
その手にあったのは、発信の腕輪だった。私が、役目を終えて死んだことを確認するための魔導器。私は、無言でそれを腕に嵌めた。
「ぐぅ、グルル」
私の回想はそこで途切れた。まさかのロアが、目を覚ましつつあったからだ。思えば、ロアは、スペーサー旅団内では、ひどい扱いを受けていた。バーサーカーという、非常に扱いづらいクラス特性でありながら、それを短時間なら抑えることのできる稀有な能力を父に買われ、私の隣でよく守ってくれたものだと、
今は、感謝の言葉を、たくさん伝えたい。もう遅いのだとしても…
「今日までありがとう…ロア、あなたは、生きて行ってね。もし、帰れたら父に伝えて。マリベルは名誉を護りました…と」
ロアの手が伸びるのが見える。私は、縦穴に身を投げた。このダンジョンの特別な構成は、ダンジョンの暴走を引き起こしやすい構造をしてることは、よく知られている。私は、落ちながら、発火のスクロールの起動を始める。もう、止まることはない。この起動で私の体に巻き付けてある、爆破のスクロール20本が同時に起動する。
「リスティル…」
最後に浮かんだのは、銃士を目指して、そして、えん罪の末に助けられなかった友人の顔だった。きっと、彼女もそこにいるのだろう。そうだ、会ったら謝ろう。心残りがほんのわずかに消えて、気持ちが落ち着くのを感じた。
「もし、聖王がいるのならば、彼女と再会できます様に…」
その瞬間だった。爆発の衝撃が私の意識ごと、全てを狩りつくした。
上がってきた衝撃が、俺を一瞬浮かせて、再び床にたたきつけた。
「げほっ、げふっ…バ、バカヤロー!!」
ロアは、薬を吐き出す。事前に、睡眠薬を盛った食事をあいつが用意した時に、鎮静薬を噛みしめたのがよかったが、その上で、仮死薬を飲ませてくるとは思っていなかった。 鎮静剤は、かなり長期にわたって使っていたので、この方法がきくかわからなかったが、飲み合わせで、睡眠薬の効果を半減できたらしい。鎮静剤の効果が切れたら止めようとしてたが、
「お前の死に、何の意味があるんだ!!こんなことが、何になるんだ!!」
ロアは、中腰になりながら、吠えた。近くにあった、長年の相棒の大鉈を手に取り、ふらつく頭で何とか立ち上がる。
ダンジョンを意図的に暴走させる…旅団がダンジョン攻略に使う最終手段だ。手薄になったダンジョンを攻める。だが、当然街に被害が出ることは確実だった。
咆哮と地響きが底の方から湧き上がってくる。
「くっ!!」
ロアは、懐から、短刀を取り出しながら、階段へと走っていた。あいつの顔が、ふと脳裏に浮かんだ。『生きて行ってくれ』なんていう、都合のいい言葉。それを抱えて生きていけるほど、自分は、強くない!!そう叫びながら、だから、目の前に、ゴブリンが群成して現れたとき、ロアは理性の声に耳をふさいだ。
「生きろって!!こんなことをして…何になるっていうんだ!!」
叫びながら、心臓に向かい、短剣を振り下ろす。その剣がすっと吸い込まれていき、やがて、その肉の壁に阻まれる。その死へと臨む行為は、あいつが止めていたことだった。だが、もう遅かった。もう、失うものなどなかった。
「グルルルルル!!!ォォォォォ!!!!!」
もう、知性も理性もかなぐり捨てて、久しぶりに、俺は獣性の赴くままに、群れに向かい、大鉈を振り回した。
死臭が蔓延した部屋に獣が残っていた。動くもののない部屋は、獣にとっては、とても退屈で、早く暴れたいと思っていた。階下からは、遅れて来ている足音が近づいていた。ふと、獣は、空を見上げた。そこには、見えるはずのない、星が瞬いてみえた。
『あの星の下に獲物がいる』
そう直感した獣は、目の前の坂を一気に駆け上った。
 




