第一七話 ロンディス視点
前話に引き続き、ロンディス視点です
「あ、見つけた!見つけたよ!!」
気の抜ける様な声がそこに聞こえてきた。俺は、痛みでもうろうとする中、驚きに目を見開いた。フラジャイル旅団の聖女バンディーラが、そこに立っていた。いつものように、緊張感のない顔と、左手の旗が風になびいている。
「もう、仕事が終わったら、信号弾投げてって言ったでしょう?」
俺は、その声に驚き、バンディーラをみる。確かにそういう打ち合わせだったが、今それを言う必要はあるか?俺の視線の先でオーガが笑った。まるで標的が2つに増えたというように。
「ちょっと待て、いま、忙しいんだ」
「忙しいからって、お願いを無視したら駄目だよ。わたし、待ってたんだから。信号弾が見えるのを!大体!!」
オーガがこん棒を振り下ろす。それを、たやすく、輝く何かが、受け止めた。オーガが驚愕の表情を浮かべるそれに対して、バンディーラは、暗闇の中でもわかるはっきりとした笑みを浮かべていた。
「私の使命は、私が聖都に行くことと、旅団を聖域の街にたどり着かせること!だから、」
オーガを、旗を突き出すと、まるで、剣がその先にある様に、オーガの腹筋に、大きな風穴が空く。血しぶきをあげて、倒れるオーガを見向きもせずに、バンディーラは、旗をバサバサと振った。
その瞬間に、今まで何の気配もなかった崖の上で何かが動く音がした。
「こんなところで諦めたらだめ!こんなところで捨てたらだめ!」
初めて見る顔だった。バンディーラがしっかりとした視線で、そして、得も言われぬ笑みを浮かべて、俺とオリビアをただ、見ていた。もし、どんな笑みだったか思い出せと言われれば、大事なおもちゃが見つかったような笑みだった。
「この場は、私に任せて。…の力持って…あなたたちの道を切り開いてあげるわ」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、無数の矢が、モンスターの群れに襲い掛かった。それと同時に、鬨の声が響き、モンスターが、何かに襲われ、有象無象問わず、切り刻まれ、貫かれ宙を舞っている。
その様子には興味がないように、背を向けたまま、バンディーラは、オリビアの元に向かう。オリビアは呼吸が浅くなりつつあった。
「あなたは…大丈夫?」
その声が聞こえているのか、聞こえていないのかわからないが、オリビアは確かに頷いた。バンディーラは、何の表情も浮かべず、手に持っていた解毒薬を飲ませて、清水で傷口を洗う。
だんだんと、断絶魔が小さくなりつつあった。俺はそれよりも、その二人の様子にくぎ付けになっていた。てきぱきと、応急処置を行っているバンディーラ。それは、今までの1か月で見たこともない動きだった。
「この短剣を刺したままにしていると、毒がどんどん回って大変なことになるから、傷跡が残るかもしれないけど、引き抜くね。この旗を噛んだまま絶対に離さないで…いい?抜くよ」
ほどなく、短剣の処理にバンディーラは取り掛かる。躊躇なく、バンディーラがオリビアの腕から、短刀を引き抜く。オリビアの口から、悲鳴にも似たくぐもった声が響いた。その傷跡を、バンディーラは、持ってきていた傷薬を使うが、傷の直りは遅い。
「う~ん、傷薬じゃ無理か…毒付き反付き短剣か」
バンディーラが腕を組んで少し考えているようだった。やがて、意を決したように頷く。
「ねえ、あなた、この人とパーティなんだよね?あなたの名前とこの人の名前を教えて」
「あ?ああ、俺は、ロンディス、こいつは、オリビアだ」
「ロンディスとオリビアね。ねえ、私のパーティに入って」
俺は、困惑した。この状況で言い出すことか?そう思い怪訝な視線を向けたが、バンディーラは、あきらめていないようだった。その視線に負けるように、俺はいつしか、首を縦に振った。
「じゃあ、決まり。ロンディスと、オリビアは、私のパーティメンバーです」
その瞬間だった。確かに負っていたダメージが、気にもしなくていいほどに軽減された。そして、今さっきまで動かなかった腕に力が入るようになってきていた。体が動くと感じ、立ち上がると、装備の重たさすら感じなかった。それは、オリビアにも及んでいた。さっきまでの、死んだような眼にわずかに光が宿り、やがて、苦しそうな呼吸から、安らな寝息へと変わっていた。
「バンディーラ?お前は?」
俺の疑問にバンディーラは答えなかった。
「あ、今のは内緒で。…パーティメンバーなら、隠し事はあるってわかりますよね?あなたたちならば聖域の街までは秘密を守れると思っていますから」
バンディーラが、いつも見せない表情を見せた。大人びて、モンスターの悲鳴が響き渡る中、ひどく不釣り合いに見えた。
結局俺たちは、聖域の街に入るまでこの世の出来事は、誰にも話さなかった。バンディーラは、相変わらず、聖都に行きたいから連れて行ってと、フェリガン団長やアーレスに泣きつきながら、聖域の街までたどり着くことができた。あの夜のことは、今となっては、遠い記憶の彼方のことで、はっきりとした影を結ぶことはなかった。
そう、今日という日までは。