忌むべき夜明け 8
「やれやれ、邪魔が入ったわね。
しかも厄介極まりない」
忌々し気なお父様の声。その声の指示す方を見る。そして、その人を見る。
「無事ではないようだが、なんとか間に合ったようだな。リスティル・フィリア・フォーディン。いや、今は、リスティル・フォビア・フォーディンだったか?」
突入してきたのは、意外な人物だった。いや、私は、この人に助けられることなど考えてもいなかった。
「あ、アースロン侯爵様」
ほうっ。気が付いたかと。言いたげに、微かに息を吐き出す音が聞こえた。
「こんな前線まで出てくるなんて」
「さて、ここが前線か、どうか。今は議論をする時ではないな。特務隊、前へ。対象の姿に惑わされるな。
接近を許すな。
一歩歩くことも、許すな。
使用を許可する。時間を稼げ」
後方にて待機した3人の部下に、てきぱきと指示をする。即座に部下は反応する。
背中から、取り出したのは、始めてみる形の銃器だった。回廊に銃声が木魂し始めた。
「さて、こっちは……銃士リスティル。援護を頼む」
「え、は、はい」
私の回答を待たずに、アースロンは、マリベルにまとわりついているスライムに対して一見にして突撃とも見える行動を開始した。それに、スライムは反応した。
マリベルを盾にしながら、高速で触手を振り回し始める。
ひゅんひゅんと風を切る音が聴こえる。
「さて、久しぶりに行くか。王にして王なる”聖王殺し”よ」
呟くように何もない空間に手を伸ばす。虚空。だが、そこに確かに見えた。それは、別邸で見た赤い箱だった。
「……あ、アースロン卿」
「行くぞ。少しは役にたって見せろ」
その声に、圧倒的な言葉に。ごくっとつばを飲み込む。
次の瞬間、アースロン卿は、その箱から赤い棒を取り出し、正眼に構えた。
棒。そう見えたのは、私の勘違いで
それは、正に剣だった。
長く一見華奢に見える。その赤一色の刀身には信じられないほどの繊細な装飾が施されている。おそらくそこ触れれば、切れる。
相手を斬滅するべき武器。それは、確かに剣だった。
だが、私は、その美しくも物悲しい装飾に見覚えがあった。だが、その事を問う前に、アースロン卿の姿が消えた。
そう、私の未熟さが、アースロンが消えたと思わせただけで、その実体は、確かにあった。
私には決して真似ができない、その大胆にして繊細な足運びと体裁き。
それは、おそらくずっと続けてきたのだろう。存分にそれを振るえる、この時を待っていたのだろう。
刹那、触手の一部が、まるで削り取られるように虚空へと消える。アースロン卿が一閃したのだ。続いで、流れるように……いや、それは、激流のように、清流のように濁流のように振り下ろされる剣。
一見、剣舞にも見えるそれは、確かに命を削り取る為だけに存在している実体の剣だった。
その動きに呆けるように見とれていた私は、まるで為すべきことを命じられたように、銃を構える。
狙いは、触手の先端でなく、その根元。再び生えようとする触手を正確に吹き飛ばす。マリベルの動きが鈍くなっている。長く持ちそうにはない。
通常の弾丸はなく、斬撃弾。弾頭を特殊加工した高速の刃。
チョイスを間違えたと思ってはいないけど、効果はいまいちに感じる。
自分には、この状況を動かす能力はない。焦りこそない。だから、アースロン卿が来てくれたのだろう。
視線を移す。
その視線の先では、隊員の弾幕に対して、木と石と水の壁を作り出したお父様が、少し手持無沙汰にしている。
「やるねえ」
間違いではない。お父様の喉から漏れ出るのは、女の人の声。
「あれに連なる者か。
だとしたら……仕置きは必要だね」
そう言うと、お父様は、涼しい表情を浮かべ、左手を腰に添えたまま、右手をまるで見せつけるようにゆっくりと顔から、額の近くにあげる。それは、まるで、聞き分けのない子供に仕置きのビンタをしようとしてる。はた目からは、そう見えた。
じわっと、背中が汗に包まれる出る。まるで、不意に冷水の中に放り出されたよう。相手の見せたそれだけの行動。
言いようのない不安が腹の底から覗き込んでゆっくりとせり出してくる。その正体は不明。そう、その根拠なんて、誰にも説明できるものなんてものじゃない。でも、あれはまずい。手が振りぬかれたのならば、壊滅的な結果を出す。
根拠のない絶望が、囁く。それに私は考える。そして、答えが出る。
アースロン卿の援護の為に両手で保持していたライフル銃を銃床を下にして手から落とす。そのまま、空いた手で制式拳銃を抜き打ち。そして、空いた手を、リボルバーに手をかけた。
目についたのは、壊れかけた燭台の残骸。それを利用すれば。
腰だめに構えたリボルバーをクイックドロー。おそらく、お父様は、抜く手すら見えていないだろう。そのまま、トリガーを引く。そして、ほんのわずか、制式拳銃を一回転投げると、その空いた右手で、撃鉄を弾きあげると、そのまま、再度トリガーを引く。
よく聞けば、2度聴こえるはずの発射音。だが、制式拳銃の発砲音に、その音は判別もできない一つの音に混じり合う。
抜き打ちしたリボルバーから、ほぼ同時に銃弾が発射される。一発は、かく乱。そして、もう一発が本命。
うねるように、燭台を撃った一発は、そのまま、相手に向かう。だが、本命はもう一つの方。燭台その構成は、台座と必然的に発生するすすを防ぐための傘にある。一発は、台座を掠り、そして、もう一発。
一発は、単純跳弾。それが、壁を貫けるなんて思っていない。だから。だからこそ、
ドン!!
そのまま、両方の銃をクイックサプライ。床に落ちた銃床を蹴りつけ、そのまま、肩にホールド。再びライフルをその手に取る。打つ前に銃の構造の確認。壊れていないか、歪んでいないか、そして、撃てるのか。
「少し遅れました」
そのまま、アースロン卿の援護射撃体勢に入る。
「そうか、やはり、お前がやはり元凶なのだな。だが、今は頼りになる。」
一度、後方に飛んだアースロン卿が言葉を発した次の瞬間だった。
シュイン!
燭台の傘をなぞっていた弾丸が、不確定な軌道を描きながら飛び出していく。不規則で、それは、蛇のような軌跡すら描きながら、飛んでいく。水と土の壁に一度入り、そして、悠々とした様子で出ていく。
「ちっ。面白いことをしてくれる」
お父様の目が、一瞬驚愕に見開かれる。
「人間ぶぜいが」
短く呪詛を吐くと、手を振るうのを止め、そのまま、弾丸を受け止めるように手を広げる。一瞬、大気が渦巻いたのが見えた。私の弾丸は、方向を見失い、そのまま、天井へと吹き上がる。
その瞬間、浴びせられる銃弾の嵐。さしものお父様も、一度回避に専念するしかないようだった。
「少し本気出した方がいいかな?」
お父様が、笑みを浮かべる。それに呼応したか、スライムも、一度触手を体内に収め、何かを画策しているのは明かだった。それは、アースロン卿も同じようで、明かに防御の姿勢を取っている。
「銃士リスティル。相手の言っていることはわかるか?」
アースロン卿の言葉に頷く。
「総員、防御準備。攻撃が来るぞ!」
部隊員がその言葉に反応したその時だった。
物質と化した風と光が吹き荒れた。




