忌むべき夜明け 7 side
その日から始まったのだ。何もかも、そして、許されないと知りながら、今まで生きていたその全てが。
その日より7日後……一週間後。人間の宗主であり、人間最大の国家。今はもう、語るものもいない帝国の皇帝である―――――様より、全ての人類に宣誓が成された。
「我らは、今。この世界を創ぜし神の御名により、この世界の行く末を決める能力を持つもの。つまりは、この世界の管理者。
すなわち、この世界の覇権種族となる人となるように、命ぜられた。
世界に在りし、上位種である、統一王を有する神霊族、それに付き従う精霊族。そして、盲目的にそれに従うしかしてこなかった妖魔族や鋼魔よりも、この世界の創成主は我ら、人間を選ばれた。
我らに、世界の代行を命ぜられた。
これを妄言と捉えるものもいるだろう。
これを讒言と捉えるものもいるだろう。
だが、諸君思い出すがいい。
鋼魔族のただの移動により、実りを迎えることができなかった田畑を、
妖魔族の戯れにより、焼き払われた我らの故郷を、
我らの目を欺き、隠れ、それでありながら、
人の心を玩び、人の理を嘲笑い、我らを翻弄し続けた
神霊族と精霊族を。
我。人祖にて人間の永世皇帝たる―――――は、ここに宣言する。
我と共に、人間の歴史を築くものよ。
我と共に、ウォーリッシュに集え
人間の精鋭よ。この世界を牛耳る者たちに、
この世界が貴様たちのものではないとわからせてやろうではないか」
他種族全ての宣戦布告。というのに、ははなはだ、疑問が残る。ただ、それに対する的確な回答を得るのならば、それは、人間族の総動員令。
全面戦争と、それ反する闘い。そして、その後に起こった――――――。
「今のあなたに、このようなことを言うのは、本意ではないと。申し上げておきたい」
「……大変な時代を生きんだね」
ゆっくりと眼を開いた。
うっすらと期待していた自分がいた。そう、彼女にこの言葉が伝るのではないかと自惚れていた。
この反応を予想していたわけではなった。
そもそも、私の言葉が届くことがないということは、多くのものから助言を受けていた。
ただ、ここで見極めなければならない。
時が、彼女を摩耗させたのか。そもそも、彼女の意志は縋るべき寄る辺すらなかったのかという2択だ。
いずれにせよ、それは、忌むべき行為だ。
前者ならば、そうなることなど、自明の理だったはず。攻めうるのは、単純な事だ。
だが、後者であるのならば、話は変わってくる。我々が必要とするかの御方は、何も考えもせずにこのような事態を招いたということになる。
それは、わたし達の計画の失敗と、今後の全ての路が閉ざされる危うい結果を招いてしまう。我々の行動は、その危うさを内封した行動である。その危険性を重々に考えたうえでの行動である。
だけど、ここで結論を急ぐのは早急と言ったことだろう。
わかっている。私の語れる薄くて、味気ない思い出話もここまでだ。
私の言葉がかの御方に伝わると思ってなどいない。私の思い出が、微塵と残っているなどと思っていない。
私が一緒にいた時間があなたに何の影響を与えてなどいなくていないこと。私の存在なんて、あなたにとっては、路傍の石に過ぎない。そんなこと等わかっている。
天上人であり、また、そうであったあなたは、いまもそうなのだろう。
地の底を這いまわる鼠。強欲しか取り柄のない種族。
私は、そんなものでもいい。
でも、私は、……心の底で、あなたに憧れて、そして、同情をしていた。
金で出来た檻は、外から見ている者にとっては、それは優美でうらやましく映るだろう。だが、罪人をつなぐ鉄の檻とあなたを囲む金の檻に差はないように、下賤の民とあなたに差などない。
それは、等しく不自由であり、その行動にこころなどない。
私は、あなたの為に、今まで生きてきた。生き様を食らい、人生を飲み干していた。
「ああ、失礼、あなたの名を聞きわすれていました」
「ええと、前にお会いしたことは……」
「ええ、あなたとお会いしたことはありませんが、お噂はかねがね。ただ、あなたがいずれのあなたかは私は知りえるすべを持ちません。が」
「ふうん……」
星の旗が翻る。怖い、怖くないで言ったら絶対に怖い。
服の下二の腕からのさきの産毛が、ピンと逆立つ。生命の警報装置が、最大限の警戒を慣らす。汗が止まり、冷や汗が吹き出し。足が、誰にも言われずとも、震えだす。
でもどうだ。
それでも、私は立っている。
私が畏れて、そして、皇后さまが託した。
あなたがそこに立っている。
なりそこない。成れの果てになったあなたがそこにいる。そして、私は、あなたのそばにいる。
「さあて。ここからが、この本番。楽歌隊……イヤ、聖歌宣唱隊、陸戦特戦群。行動開始。
人類の先鋭としてその役を担え。旧人間の私から全てを奪え。
ここからは競争だ。
私が許可する。
諸君。人類先鋭の諸君。忌むべきことなど何もなく、ただただ、私から全てを。
その、すべてを奪い去りたまえよ
この無意味な人生も、無意味な永生も、そして、無意味な敵も全てを奪い去ってくれ給えよ」
「へえ、あなたも詠えるんだ」
能天気な声が、聴こえる。……はぁ、耳障りで、不愉快で。ただただ、ああ。うんざりしている。
「ええ、詠えますとも。人間の生き残りとしてずいぶんと恥をさらしてきましたから……いっておきますが、その盗品の効果は、私には通用しませんよ。人間だからと言って甘く見てもらっては困ります」
一瞬おどろいたように唇を尖らせ、あらぬ方向に視線を向けた。
あざとい。あざとくて、とても苛立たしくて、憎らしくも感じる。でも、どこか懐かしくてそして。
「あなたに最大の敵意を。そして、最強の敵に最大の敬意を」
私の声に、鼓動するように、部隊が展開していく。
忌御旗の後ろに控えるものたちが、その戦力の強靭さに一瞬驚くのを感じる。
もっとも、ここで、私が仕留められるなんて考えてなどいない。
私の役割は違う。ただ、それでいいと飲み込んだ。
「さあ、始めましょうか。旧人間と新人類の戦いを。この戦いを皇后さまに捧げます」
以上語り部 緋の方でした。