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忌むべき夜明け 4

 一番後ろを走っていたわたしに、まるで不意にかたちのない怖れの水が頭上から落ちて来たような悪寒が、身体を貫く。

 息苦しさの中、後ろを振り返る。そこには、二度と死なず(アンデット)の残骸だけが無造作に転がり、その先には、夜が明けたというのに、まだ暗闇が自らの住処を主張するように広がっている。


 無意識に左手を伸ばし、制式拳銃を手に取った。弾倉を確認。撃たれることのなかった弾倉の中は、全弾きちんと装填されていた。


「スゥ……」


 一度深呼吸。リボルバーを一度ホルスターに戻す。


 その刹那、わたしの体は、自分が思う様にいや、それ以上に素早く動いた。回廊の先、その先、気配が漂ってくる。それは、とても濃厚で、隠す気もない気配。



 左足のかかとを力点にして、振り返る。その時には、リボルバーは、既に手の中にある。たった一押し。その一押しで、銃口より銃弾という子どもたちが産声と共に飛び出でるのだろう。その仔らは、照準の先にある、その気配に、帰るべき場所に。自らの産声を届けようとするだろう。


 わたしの突飛な行動に、マリベルが驚きの表情をうかべ、すぐに、その事態に気が付いたようだった。


「リスティル、どいて」


 わたしの手がトリガーに添えられるか、そうでないかの瞬間。危険を感じて、地に伏せる。その直後、頭上を、光の槍が飛んでいく。


「マリベル?」


 危ないわと言おうとした声は、その真剣な表情に遮られた。見たこともない表情で、マリベルは、魔力槍を連射していた。いつもなら、かいくぐって突撃していってくれるロアも、その密度が故に、様子を見守っているように見えた。


 ただ、マリベルの表情は決していつもの冷静な様子には決して見えない。陽の光にあたっているはずの、マリベルの顔は、夜の闇に見るより遥かに蒼く見える。意外と、魔力を消費してるのかと思い、火星に入ろうと、まだ見えない対象に狙いを定めた。


 そのマリベルが、すっと、目を閉じる。

「増幅。増幅! 加速!加速。加速!」


 マリベルの囁くような言葉に合わせて、その懐から、スクロールが飛び出し、身に真円のような巨大な物体を作り上げる。射線上に留まると、まずいと思ったわたしは、すぐに横っ飛びに避けるとそのまま、マリベルの後ろに立つ。ロアが、私の盾になるように、前に出た。



「魔力槌」


 わたしの様子など気にもしていないのだろう。魔力をため込んだ右手の手を、拳ようにに握り込むと、マリベルは、そのまま、魔力槍に飛び込むようにその拳を突き出した。



 迸るマリベルの魔力が、真円に吸収されている。その魔力は、魔力円の外周をひたすらに駆けている。

 いや、違う。

 それは、真円の外周を駆けているんじゃない。マリベルの魔力が加速している。魔力の光が、外周を一度周るたびに、速度はどんどんと速くなっていく。

 そして、魔力の光が真円に全て吸い込まれる頃には、すでに、本物の光のようになり、目では追うことも難しくなる。

 それを、ゆっくりと魔力槍に重ねていく。その一瞬ごとに、光は増し。



 完全に重なったとき、回廊に魔力の太陽が出来たようにも感じた。



「集束」


 その加速した光が、マリベルの手に戻る。スクロールがまるで生きているかのように空中で蠢き始める。



 まだ朝暗い廊下にに不意に灯った明かり。その明るくなった廊下。一人の男性が手を後ろに組んでただ立っている。ただ、その視線は、わたしを、興味深そう見つめていた。


「うそ……」


 その顔に見覚えがあった。そんなと、思わず口に出る。その人は、わたしに視線をわたしに向けながらも、今更に気が付いたように、笑みを浮かべた。


「まって、マリベル! そのひとは!!! 」

「発射!! 」



 わたしの制止の声は聞こえない。

 マリベルがそう口火を切る。集束された万物を粉砕する魔力の太陽がそこに向かい放たれた。






 そこに吹き荒れたのは、間違いなく嵐だった。

 間違いなくここに嵐は来たのだ。



 アーサーは、壁が壊れ、朝日が差し込んでいる回廊を見て、ただそう思った。


「ベルグランデ……の声だった」


 そっと、胸中の柄、カラドボルグに触れる。それは、まるで生きているかのように鳴動していた。


 声と同時に飛び込んできた弾丸……いや、あれは弾丸だったのだろうか?それは、まず、ブリックスに乗っかっていた何かをたやすく両断すると、まるで生きているかのように、地面を走り、地を這うものに襲い掛かった。


 地面に、天井に、壁に、窓に、視界に存在する全てを砕きながらそれは、まるで敵が見えているかのように、部屋中を駆け巡った。


 出会うものすべてを

  穿孔し、切り刻み、吹き飛ばし、すりつぶす。

 回廊に、ただ、傷痕を刻み、その弾丸がようやく飽きたという様に動きを止める。

 

 その頃には、すでに動いているのは、人間だけになっていた。


「……そうだ!」


 呆けている場合ではない。隊の全体を確認しないといけない。まずは、倒れ込んでいるブリックスだ。立ち上がり辺りを見回す。

 あれほどいた正体不明の物体は影も形もなく、動いているのは、私以外、3人といったところ。


「隊長」


「ここで一度、隊の状況を確認する。近くの隊員の確認をしろ」


 その声に、意識を取り戻した隊員たちは、近くの隊員の状況確認に入る。だが、隊は壊滅的な状況。それを疑うことなどできない。

 だが、隊は機能している限り……死んでなどいない。

 機能している(生きている)のだ。死んでなどいない。


「シータ3、死亡確認」


「ノッカー、我戦力にならず。」


「アルファ3、生死不明」


 先の正体不明の軟体生物の攻撃。常識を逸した攻撃だった。FOB銃士であれば、それが斬撃であれ、銃撃であれ、爆撃であれ、対処できただろう。

 ただ、それは、人を相手にした時に限られるというものだ。


 シータ3は、天井から落ちてきた重量の塊に、全身を押しつぶされる悪夢を見ることなく、頭を潰されて、息絶えていた。

 ノッカーは、正体不明のものに身体の半分を持っていかれながら、それでもかざした突入者の友を最後まで手放すことなく、自らの口で応えた。

 アルファ3は、その重量物に押しつぶされ、両足の骨とそして、多くの内臓をやられている。腹から骨の破片がそそり出ているのを見る。これでも、多少の鉄火場をくぐり抜けてきたつもりだったが、痛々しいという言葉以外がでなくなる。



 アーサーは、その報告を聞き、そして、僅かな時間ではあるが、その様子を見て、短い思案の後、一息に、すうっと吸った。

 そして、ゆっくりと息を吐くように言葉を絞り出した。


「不能隊員について……SOBを許可する。対象を処理してほしい」


 SOB……祝贄の弾丸。慈悲をもって、引き金を引け。原罪を背負うもの、宿罪にもがくものが。死にゆくものに、勇気あるものに。



 断罪を。不赦の罪に苛まれる者たちが、赦されることを信じる者によって、覚醒させる様に。


 祝福を。死によって、罰によって目覚める様に。



 銃士たちの囁き声が回廊に木魂する。隊員たちは、儀礼に沿って、銃に祝福を込める。ノッカーとアルファ3は、その銃口に頷くように頭を垂れ、その時を待ちわびる。


 ノッカーの眉間に銃口が当てられる。微かに動くこともせず、ゆっくりと瞼を閉じた。


 アルファ3の眉間に銃口が当てられる。既に、動くこともままならない身体のまま、

 ゆっくりと、頭是。そのまま、瞼を閉じる。



 回廊に銃口が2つ。咲いた。


「SOB行いました」


「ああ、確認した。ご苦労だった」


 頭が原型を止めないほどに破壊された2人の偉体に、アーサーはゆっくりと目を閉じた。対象が人型でないときに行うように言われた、それ。

 SOB……サクリファイス・オブ・バレット。祝贄の弾丸。

 人間が、死にぞこないにならないように行う処理と聞いていたが、もし、この火力を、対象にぶつけられたのならば、これほどの犠牲を払うこともないのではないか。そう父と議論したこともあった。


「それが、この様か。……情けないな」


 突入した隊員の6割超を失う事態。それもただの銃士ではなく、まさに精鋭と言いっても過言ではない部隊。それを失う。

 おそらく、このまま、撤退しても、同数。いや、それ以上を失うこととなるだろう。


 いや、撤退という行動が許されているだろうか?


 だが、進むのならば、なおさらのことだ。この先が、安全地帯で拍子抜けするということなどあり得ない。

 これよりも過酷、そして……。



「ベルグランデ。君は正しかったな。先に逝っている」


 アーサーが覚悟を決めて、言葉を発した時だった。


「アーサー隊長。辛気臭いですぜ。死地にこそ生地在り。最低限生きて帰ろうと思った時点で死んでいる。忠義を示せ。と言って死地に送り込んだのは、隊長ですぜ」


「全く。酷い隊長もいたもんだ。一人でかっこつけるなんて。最後だから、俺たちにもかっこつけてもいいぞくらいの寛容を示しても罰は当たらないと思うですぜ」



 独り言を聞こえたのだろうか、ベータ4、その声にシータ2が反応し、アーサーに語り掛けてきた。残ったアルファ4は、何も言わずに、アーサーに忠誠を示す。


「さて、隊長。次の指令は?」


 ベータ4の声に、ふっと、アーサーはほおを緩めた。ならば、やることは一つ。そう、忠義を示すもの、そして、証明するものはただの一つしかない。



「先に進む。この名の通りに、その証明と。そして、…この状況に……風穴を開けてやる!」


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