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忌むべき夜明け 3

 突如として開いた突破口に、まるで蟻が群がるかのように、突撃していく侯国の兵士たち。

 だけど、これは好機チャンス


 当然のごとくわたし達もその後に続く。


 遮蔽から飛び出すと死体の山。アンデットも味方も死ぬことをまるで望んでいるよう。そう言うことが続いていく。

 段々と慣れていくのを感じる。敵の死体に。そして、味方の死体にも。

 死臭が、特別な匂いでなくなる時も近いのではないか……そういう勘違いも時折起こしそうになる。



「震えているぞ。深呼吸でもして、落ち着くのだな」


「そうだね。ロアの言う通り。すぅ~……はぁ。


 大丈夫」


 ロアの何気ない一言で、自らの震えの大きさを知った。

 こんな死臭交じりの空気ではなく、ただ、とにかく新鮮な空気が吸いたいと脳が指令を出している。でも、そんなことができるはずもない。敵は何処にいるのかわからない。既に、舞台は接触戦へ移っている。

 この戦いのルールは、とても簡単だ。先に根を上げる方が、先に折れた方が負ける。


 そう、負ける。


 だから、わたしはすべてに、こらえる。それが、生き抜く手段だから。息が苦しく、足が重い。まるで、泥の中を歩いているようだった。



 でも、ロアは違った。そう、何もかもが違った。




「あまりにも気負い過ぎだ―


 さて、機嫌は治ったか?」


 足が止まり、反射的に大きく息を吸いこむ。ノルディックの朝はとても寒い。今の夏に差し掛かるような時期でも、息は白く、時折霜も降りる。その冷たい空気が、空っぽの胃と()に流れ込んだ。

 息ができる。そう思い、私の肩を押さえつけていたロアを見た。一瞬、険しく見えたその顔は、あっという間に解けて、まるで安心したように見えた。


 肩を抑え込んでいた、その大きな手がわたしの頭から離れる。


「あっ」


 思わず声が出た。見透かされていた。だから、こそ、ロアに何か言いたい気持ちと、聞いてほしいけど……何か気恥ずかしくて、何も言いたくない気持ちが、胸の中をぐちゃぐちゃに混ざり合って。そしてとめどなく溢れていく。


 口を開く。幾多の白い息。私の言葉は、結局言葉にならない。




「リスティルやれるか?」


「うん。大丈夫。ありがとう」


 それでも信じてくれる味方(ロア)に、わたしは、そんな陳腐な言葉でしか、自らの言いたいことですらも、言えない。


 それでも、ロアは、分かったという様に目を細めた。それを確認。ほっとする。今更になって、正直な反応。震える足、小刻みに振るえるように怯える手。そして、定まらない照準と視線。



 だからこそ、ロアを見つめた。

 強く、そして、きっと彼は折れない。そこに、視線を合わせる。ほっとして、銃を構え、



 現に、潜んでいた死にぞこないに、一発を食らわせる。


「リスティル!!」


 ロアの一言に、頷く。対象にもう一撃。完全に動かなくなることを確認する。

 角一つ分、たった半歩の前進。それでも、わずかに前に進む。


 ロアの大鉈とマリベルが共働して、もう一体を仕留める。


 ショットガンを背から取り出しながら、滑り込むように突っ込むと、そのまま、対角線にブラインドショット。そのマズルフラッシュに反応したように、その回廊の奥から、銃声が木魂する。

 寡黙にロアが銃声の鳴りやまない敵陣に突っ込んでいく。

 大鉈が光り輝くと、一人二人と切り伏せられる。それでも、反抗するものが見える。あと、2人。それが、ロアに、銃口を向けている。

 それを許すことなんてできるはずもなかった。



 こちらが視線から外れたことを確認すると、わたしは、廊下の真ん中に立ち、制式拳銃を早撃ちする。腰だめのスタイル、2射。廊下の壁を利用して弾丸が跳ね返りながら、相手の持つ銃に吸い込まれていく。”跳弾”、ただ、その接触の瞬間、対象は手にした銃を跳ね上げて、武器の破損を免れる。反応する相手も相手だが、ただ、その時は、ロアの方が一手上だった。さっき屠った相手に突き刺さった大鉈をそのままに、相手が繰り出してきた銃艇をいともたやすく肩で払いのけると、そのまま、左手に持っていたナイフを相手の脇腹(柔らかいところ)に突き立てる。

 それを受けた奴は、驚いたような表情を浮かべながら崩れ落ちる。


「魔力矢!精密操作」


 さらに、マリベルの操作する魔力矢が突き刺さった。ロアの猛攻で切り伏せられた相手の陣地に、もはや抵抗の手段もなく、その攻撃で全てを無効化し、わたし達はその廊下での攻防戦を勝利で終えることができた。



 動くものが無くなって、床にまるで膝をつくように倒れ込んだ。そのまま、床に向かい、倒れ込む身体を両手で抑えると、大きく息を吐く。それが、勝利者に許された贅沢だと、今の瞬間で十二分に思い知った。


「はあ、はあ、すぅ、はあ!」


 視界が床で埋め尽くされながら、脳は、この場所から逃げ出そうとしてる、足もがくがくと震えている。心臓は、爆発しそうなほどにバクバクして。わたしは、姉を助けたいという一心で乗り込んだ英雄ではなく、ただの臆病者だと知らしめている。

 

 でも、そんな中でも私の手は、いつもの通りだった。ベルグランデ姉さまの訓えの通り。見慣れた手順に沿って、まるで怖いものなどないように、ただ、いつものように戦闘後のチェックとリロードを行う。


 大きな呼吸の音。私でもまずいと思うけど、2人に止める気配は見えない。


 平静を装いながらも、それでも、震える手。弾薬を掴み、なんとか、弾倉に押し込む。すべての銃器の準備が終る。終ってしまう。


「すべて終わったか。早かったな。さすが、リスティル」


 ロアは、自分の大鉈の整備をすっかり終えている。確かに、わたしの持っている武器は、数多い。



 その言葉を聞き、一瞬何のことか。わからないという表情を浮かべたわたしに、ロアは、足元を指さした。



 取り散らかった銃器に埋め尽くされた足元。それを見て。ただ、愕然とした。


 無意識とはいえ、わたしは、自分のガンベルトから使用未使用問わずに、すべての銃を取り外して、整備していた。雑然としながらも、きちんと並べられた各銃器は、足元から、私に使ってほしいと、地に頭を付けて祈っているようにも見えた。



「……わたしは……」


 言葉になんてなるはずもない。例え、例え、親愛なるお姉さまの銃器(子どもたち)とはいえ、こんなはずじゃなかった。


「皆も喜んでいる。そう思うぞ。リスティル」


「褒めていいただいて、ありがとう。でも、……何でもないです。ロア。時間を取らせてすいませんでした。」


 そっと謝り、散らかった銃器を、所定の場所に直していく。4丁の銃器と、2つの重火器。それを格納していこうとした。



「泣きながら、自分の獲物に触れるな。かれらの気持ちを考えてやれ」


 そんななか、最初の銃に手を触れようとしたわたしをロアはそっと止めた。曇った目が晴れたとき、そこにあったのは、お姉さまがわたしに最初に託した拳銃。偶然か、銃口はわたしが拾おうとした手に向けられていた。


 その名もない銃は、銃口を通して、わたしを見ているように見えた。そして、もし、あのままに拾い上げていたら、もしかしたらという事を、まじまじと考えさせられた。


 そっと、丁寧にその銃をすくい上げる。ずっしりと重い。シリンダーを外して確認する。



 弾は1発も装填されていなかった。シリンダーを回して、止めて元に戻す。うって変わるように……軽く感じた。



 それはそうだ、この古ぼけたリボルバーは、お姉さまが最初に作ってくれた最初の銃。装飾は立派でだけど、時代遅れで何もかも古ぼけていている。でも、わたしと常に一緒にいてくれる。調子を合わせてくれる。とっても大切で、離れがたい、相棒と呼んでもよいそれ。あくまで、今日はお守りとして持ってきていた。

 つい、手慣れた場所から取り出してしまう手癖はあるけど、弾丸の争点はしていない。


 つまり、私の魔力を注がない限りは、銃撃はできないはずだった。



「気は澄んだか?」


 頷き、ふたたび、それと向き合う。さっきまでの不気味さは露と消えて、いつものように手に納まる。ひと呼吸の間に、ひとつ残らず、装備をし直す。リボルバー、制式拳銃、ショットガン、お母様のスナイパーライフル、単発式ロケットランチャー。ずっしりと重い銃器を揃え、重火器を腰にマウントする。すべて、大事なものだから。



「大丈夫です。行けます」


「がんばったね。行こう。リスティル」


 マリベルの声が聞こえる。私は頷く。



「さて、行こうか。目的地はそう遠くないはずだ」


 ロアはそう言うと、噛んでいたものを地に吐き出すと立ち上がった。その色合いから、たぶん、携帯食料か何かだろう。さっきの闘いは激しかった。だから、エネルギーの補給をしていた。そう思うことにした。


 ロアがやる気なのに、私が立ち止まるわけになんていかなかった。


「うん、行こう」


 ベルグランデお姉さま謹製のショットガンの重さが、私に勇気をくれる。そのグリップを握りしめ、わたし達は、先に進む。振り返ることなくただ、目的に向かいまっすぐに。






 ロアの吐き捨てたものが、廊下を濡らしていた。ブロック状に固められた多くの薬草。見るものが見れば、それは、痛み止めや興奮剤だとわかるだろう。それは、血塗られた包帯に共に捨て置かれている。

 

 回廊の果てから、悲鳴と銃声が果て、静寂が訪れたとき。その捨て置かれたものに何かが乗った。床板が、あまり乗るなと、悲鳴を上げるのを無視しながら、それは、それをゆっくりと時間をかけて、その床に残されたものを、自らの体内に取り込んでいく。

 時間を必要とせずに、打ち捨てられたものは、それと同一になる。


 それは、しばらく動かずにいた。


 否、動けずにいた。



 長く短い時間、それは、哭いていた。わかってしまったのだ。そして、わからさせられてしまったのだ。



 だからこそ、だからこそ、赦すわけにはいかなかった。



 あの時から。否、最初から、赦せる理由などあろうはずもなかった。

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