忌むべき夜明け 2
「屋根の上、尖塔の左」
「よしっ」
銃声の後に、尖塔から狙撃手が滑り落ちる。結構削ったつもりだが、まだまだ、敵影が絶えることはない。
「ぐぁ」
肩口を貫かれて、観測手が倒れる。すぐに近接武官兵が駆け寄り第2射を防ぐために盾を工場に対して構える。呼応するようにマズルフラッシュの場所に集団の雨が叩き込まれる。
「だ、大丈夫だ。少し驚いただけだ。
観測手は、頭から流れている血をものともせずに、すぐに双眼鏡を覗き込む。
「よし、大丈夫だな。行くぞ」
近接武官は観測手を立ち上がらせると、その手を取ると、観測手は、頷いて立ち上がった。一連の動きをわたしは、窪地の中から、憧れをもって見ていた。
「すごい。これが、プロなんだね。」
「そう言うものと思っておけばいい。ちぃ」
カーンという金属が金属を弾く音が聞こえた。とっさに構えたロアの大鉈に銃弾が弾き返った音だった。ロアは、驚きこそしていたが、すぐに防御の姿勢を取ろうとする。
そのわずか間隙に相手への射線が通った。銃声3射。ただ一点を目指して銃弾を叩きこむ。視線の先には、大きな相手の姿が見える。おそらく、ボディアーマーを着こんでいる。だとしても、
その大きな相手の胴体を貫いて、血の花が裂く。その瞬間、多方向から銃声と剣戟の音が蘇るように聞こえてきた。
「で、できた。」
はぁ、はぁと、息を切らしながら、手を見つめる。震えているのは、きっと、興奮しているからだ。すっと息を飲み込んだ。そのまま、急いで、窪地に身を隠す。
「銃の歴史は、まだまだ浅いものだけど、それでも、人間は、多くの技を作り出してきたわ」
ベルグランデ姉さまは、そう言うと、目の前のわたしが散々に外して小さな穴だらけにした木に向き合った。
「狙撃、早撃ち、曲射……そう、技はできているけど、まだ系統だっていない。その中で私が、最も基本とする業」
お姉さまが、私から銃を受け取ると、そのまま、ホルスターに仕舞うと、木の的の前に立った。
「よく見ておきなさい」
お姉さまはそう言うと、すっと自然体に構える。……次に見えたのは銃声だった。
お姉さまは、紫煙たなびく銃をくるくると回して、ホルスターに収める。わたしは、自信たっぷりなお姉さまの視線の先を追う。
確かついさっきまでは、そこに的があったはずだった。ただ、今そこにあったのは、まるで大砲の弾が貫通したように大穴が空き、今にも倒れそうになっている木だった。
お姉さまを振り向く。お姉さまは、少し楽しそうに感じた。
「これが、3ポイントシュート……」
口の中で、繰り返す。わたしに天啓があったのは、乱射だけだった。まるで力押ししか考えられない子どものよう。お姉さまのように、天賦の才があって、狙撃、早撃ち、曲射のスキルを身に着けたいと思った。でも、それは、叶わぬ願いになってしまった。
「初めてできた。」
狙撃と早撃ちの組み合わせの初手。それが、ようやくできた。そっと、相手を伺うと、既に事切れているようで、その身を、刃と炎にゆだねていた。
「リスティル今のは?」
「お姉さまから教わった3ポイントシュート。ずっと練習してたの」
興奮気味に言葉を出すわたしのその言葉の意味がわからないと、一瞬怪訝な顔を浮かべたロアだったが、
「だってね」
「リスティル。よくやった。どうやら敵防衛の一角が崩れたようだ。お前の手柄だ」
そう言って、ヘルメットを被らせてくれた。その行動に、そう言えば、まだ戦場の真ん中だったと思い出す。
窪地から頭をそっと出す。一部が切り崩されて、そして、なし崩し的に多くの攻撃隊の侵入を許した工場の入り口の防衛は、既にその体を成さなくなりつつあった。
「ロア!」
「ああ、そうだな。前進しよう」
ロアの言葉に窪地から飛び出す。付近で、コミュニティや制式軍が近接戦闘を繰り広げている。そんな中、人影が一つ、飛び出してくるように、こちらに近づいてくる。
「……大丈夫?ロア、リスティル?」
「あ、マリベルさん。わたしは大丈夫です」
「ああ、すまない。心配をかけてしまったな。」
マリベルはわたし達の無事を確認すると、安堵するどころか、すっと表情を引き締めた。
「ちょっと、大変なことになっているから、急いで伝えに来たの。いい。これから、建物の外では、相手からの反撃が始まろうとしている。それは、コミュニティと増援部隊がそれを抑えるから、あなたたちは、即座に工場に突入して。」
マリベルの声に、わたし達は頷いた。そんな時だった。強固に武装した馬車が、わたし達の間をすり抜けるように工場へ突入していった。
ロアと一瞬だけ目線を合わせた。でも、お互いにそれ以上は何も言わず、武装馬車がこじ開けた突入路をたどることにした。