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夜明け前の闇の中で ♮5

 それから後は、いつもの派遣任務と変わることはない。



 俺たちは、いつものようによく似ていながらも、全く似ていない生き物……人間が住む世界に放り込まれた。

 場所はいつもの場所。寂れ果てた工場後だ。元々は、強制帰還用の道具を製造していたが、敵部隊の攻撃を受けて壊滅。残存していた薬品もほとんどが、人間の手に渡ってしまった。 現在のところ、万が一、人間の世界に取り残されてしまった場合、どうやっても脱出不可能な状況になる。

ただ、一つ違うことは、今回は単独や小隊規模での作戦ではなく、大隊規模の大規模作戦ということだ。


 既に、サラディスに1個中隊が先行派遣されていて、一部は潜伏に成功している。そして、ここには、残りの部隊と、サラディスから撤退……戦略的後退をしてきた2個小隊が残留している。



「そんな感じで、蹴散らされちゃった。あ~あ、もっと遊びたかったのに」


 リンは、教会を模した場所の長椅子に腰掛けて、ぶらぶらと足をばたつかせている。つい1週間ほど前に、一仕事終えてこちらの部隊に合流してきたところだった。しかし、撤退戦は、塗炭の苦しみということではなかっただろう。


 リンが無事帰還できたことに、俺は心中で安堵の息をそっと漏らした。



「貴重な経験じゃないか。しかし、そんな攻撃ができるなんて厄介だな」


「そうだよ。全く、いくらあの場所じゃ、死なないって言っても、当たったら痛いものは痛いんだよ。もう、見てよこれ。お肌に痕が着いちゃうって。もう、いろんなものが飛び交って大変だったし、クライアントの意向は聞かないといけないしで、とっても……」


 俺は、リンが口を尖らせて、愚痴を言うのを、聞き流しながらも気になることを頭の中でまとめていた。



 サラディスは、人類にとっても、そして他種族にとっても重要な意味を持つ土地だ。

 あのお方はその事は充分に理解できているのだと思う。だが、使い方については、大きく異議を唱えなくてはいけない。




「まあね、でも。収穫はあったよ。覚醒と終末は近い。」


 リンの言葉に、俺は、頷く。人類300年の悲願。たとえ、それが、どんな形でも、達成されようとしている。もう少し。もう少しだと、焦る心を抑圧(押え込ま)させる。



 分断戦争から始まった、全滅戦争。それが終わってから今日こんにちまで続いている、人類の弾圧期。それが、終わる。


 ようやくにして……終わらせられる。


 その切欠の種が今芽吹いた。もう、止められない。



 ついさっき交わした何気ない会話。



「人類は、歩みを止めないさ。そうだろう?」


 瞳が完全に閉じたことを確認して、俺は、ゆっくりと鎮静剤を口に含む。興奮した脳が、まるで、アイシングを受けたように鎮まっていく。ついでに通信に耳を傾ける。


『来るぞ!』


『いいか、新兵ども。教育してやる。お前らの任務は、人間の教育だ!いい人間とは……死んだ人間だけだ!教育し(教え)てやれ!まともな(いい)人間になるための近道を!』


『了解!未開の人間に、充分な教育を施す、これも、文明人(人類)の義務であります!』


『よくわかっているじゃないか。おい、左舷弾幕薄いぞ!何やってんだ』



 通信から聞こえるのは、銃声と怒号。それはまるで伝播するように、戦場を支配していく。そこから聞こえてくる圧の前では、俺の鎮静剤の効果も疑わしほどに、そこに加わりたい。そこで共に戦いたいと、興奮してくる。


「さてと、ダイゴ待たせたかな?まだいけそう?」


「いえ、大丈夫です。しかし、未だに信じられませんが、これが、聖王遺物(人間の至宝)と言われる力なのですか?」


 その言葉に、俺は、ほっと息をついた。おそらくは気が付いてはいないだろう。俺の心中を知ってか知らずか、筋肉ダルマに見える、そいつは、呆れたように首を傾げたようにも見えた。



 そのしぐさに、思わず笑みが漏れた。


「お、おい、何を笑っている。」


「いえ、その装備は、完全追従型フルコンタクトの試作品と聞いていました。だから、おそらく、貴方も、同じような行動をしている。その光景を思い描くと、いや、面白くて……いえ、失礼。哂っているわけではいるわけではないんですが」


 意味が解らずに、そいつが小首をかしげているのを見て、さらに、腹の底から笑いがこみあげそうになる。それを止めたのは、



「いや、心配しまたんですよ!光になってるんじゃないかって!」


 リンは、外装教化骨格と防弾特化した装備に身を包んで現れた。手には、武装棺桶グレイブ、そして、背中に、近接防御兵装バスタードソードを背負っている。


 「この、脳筋が、そんな装備をして楽しいのか?」と今し方出そうな言葉を喉の奥にまで飲み込む。


「リン候補生、追いついた?じゃあ、30分休憩」


「ええ?せっかく頑張って追いかけてきたのに、休憩ですか?本当に休憩ですか?……今回はプロテイン食べてもいいですか?」


「ああ、いいぞ。お代わりも許す」


 この人は、順応しすぎだろうと、俺は、頭を抱えながらも、言葉通りに休憩を取るべきだと感じ、ザックから、携帯食料を取り出す。この二人が、ここにいるということ。それは、暗に、ここは、安全ということの証明となる。今のうちに食事を取っておくという判断は間違いではないだろう。




 食料用の袋を二つ取り出し、その一つに飲料水を注ぎ込み、10回ほど振り、そのまま放置。待っている間に、カロリーの元である、大きなチーズと干し肉、冷凍野菜をを取り出す。適当な台の上で、それを軽くナイフで切り刻み、それを混ぜて、もう一つの袋に入れる。そこに残った飲料水を注ぐ。


 そうしている内、最初の袋から湯気が揚がり始める。そこに、乾燥玄米を適量入れて、蓋をする。そこから待つこと5分の間に、銃の手入れとナイフの手入れを終わらせる。


 横で倒れている女性兵士の持ち物を確認。大柄な銃剣があるのを確認して、それを墓標代わりに突き立てる。



 その間もリンと、現地協力者は、様々なことを話し続けている。多くの気になるワードが、脳に滑り込んでくる。



「ということは、何かい?君たちは、橋梁保をサラディスに引くことに成功したということか?」


「そりゃ、あれが、再利用の産物なら、元の使い方を知っていれば、こちらの陣地にすることはたやすいですよ。」


「力強いね。まあ、僕も人の事は言えないか」


 二人の談笑を背に、そそくさっと二つの袋を明ける。



 細長の米粒の玄米粥とベーコンと冷凍野菜にチーズが絡みついたスープが姿を現す。その匂いに、ほっと息を吐いた。そっと、玄米粥にスプーンを這わせ、そっとすくい上げ口に運んだ。決して、おいしいわけではない。ただ、暖かさと胃に落ちるその感じは、格別なものだった。


 そして、スープを一口。粘り気のあるスープは粥のとろみを追うように、ゆっくりと喉を温めながら、胃に落ちていく。


 本当に、戦場にしては、ゆっくりとした料理。



「いや、前から、言おうかどうか迷っていたんだけどさ。リン君はともかくとしてさ、君ってさ、人類にしては、本当に、図太い神経しているよね。今さっきも、脳を吹き飛ばされて、銃剣でめった刺しにされていたじゃない。その後に至って普通に、食事をしようとする君の考えがなかなか、理解できないところではあるけど。」


「ほふぅ、ほっ。え。そうですか?俺にとっては、貴方の存在こそが、理解の外なんですけど」


 半分ほど食べたときに、急に声を掛けられて、俺は、驚きながら、そちらを向き直る。ヘルメットを脱いで、切り株を枕にしてくつろいでいるそいつが俺の方を見ていた。


「君にそう言われれば、その通りだな」


 そいつは、年相応には見えない、落ち着いた笑みを浮かべた。俺は、残った食料を一気に流し込んだ。



『敵、作戦区画に進入しました』


『欺瞞部隊を残し、残りは、司令部まで撤退。』


『撤退命令だ!退け!急げ!全部隊撤退!来るぞ!』


 ゴミをパッチに直していると、無線から声が飛び込んでくる。ちょうど30分。作戦は大詰めらしい。



 その声と同時に、そいつは、切り株から身を起こすとヘルメットを被り直す。同時にリンも待機状態になったようだ。近接防御兵装バスタードソード取り出す。


「さて、今から作戦開始だ。」


「そうですぜ、隊長」


 おそらく俺を起点として、再出撃してきた部隊が、合流してくる。その数、20。多くが、強化外装骨格ジャガーノートや、装甲歩兵ティンクだ。全く、俺だけ取り残されているようじゃないか。



「よし、作戦開始だ!俺たちは、合図と同時に敵残存兵力に突撃を敢行する、リンと協力者は、その盾になってほしい


「了解した」


「了解だよ!」


 協力者は、リンから受け取った装甲棺桶グレイブを地面に突き立てる。右では同じようにリンが近接防衛兵装バスタードソードを地面に突き立てていた。誰とも言わず、円陣が組まれる。



 来る。



 来る。




 旧き時代を終焉(終らせ)せ、新たな時代を創造(切り拓く)。それは、確かに号砲だった。




 皆の視線の先、我々が長らく我が家のように使ってきた工場から発せられた衝撃波が、山肌を切り裂いた。遅れて、相手が使っていた古めかしい装甲馬車が、そこに突き刺さる。


「始まりだ」


 誰かが呟いた。俺は頷き立ち上がった。いつの間に到達したのか、隣には、陸戦隊が待機している。ということは……そう思うと、笑みが零れた。




「総員戦闘配備!今日こそ、最終目標をこの地に引きずり出す。各員死力を尽くせ!



 行くぞ!前進!前進!前進だ!」



 陸戦隊が砲撃姿勢を取る。俺は、それを目の端に捉えながら前進を始めた。その先にある、巨大な影を目掛けて。

これで、一度ダイゴ視点は終わりになります。

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