夜明け前の、闇の中で 9
お互いの間に流れる沈黙。永劫に続くようなその緊張感。それを破ったのは、お母様だった。
ショットガンを水平に二射。それが、戦闘の合図になった。
男性の方はよけて、女性の方は、お母様の予想外の行動をしてきた。盾を構えると、そのまま、ものすごい速度で突っ込んできた。
不意打ちを警戒こそしていたのもの、フレショット弾にまさか正面から突っ込んでくるとは思わずに、お母様の反応が遅れる。
「ちっ!」
とっさにロアが、投石で相手の妨害を行う。その瞬間、たぶん男性の方の手がわずかに動いた。ロアの投げた石は、同じ大きさの石にあたり、その方向を変える。
瞬きすら許さずに、相手はお母様に接敵。その行動から、シールドタックルと行動を読んだお母様は、タイミングを呼んで、後方に跳躍。威力を殺そうとした。
だが止まらない。まるで、シールドに目が付いてるように、相手は、そのまま、お母様に着かず離れずでついて行く。お母様の表情に焦りが浮かぶ。
『さて、少しだけ寝ていてもらおう。リディア殿』
お母様の着地点に、相手が踏み込み、大げさな動きでシールドをたたきつける。お母様は、その攻撃を、防御することもできず、まともに受ける。吹き飛ばされて、お母様は、そのまま地面を転がる。そのまま、地面から、起き上がる様子はない。
ただ、なんとなくだけど、相手は、本気でお母様をどうにかしようとする気はなくて、手心をくわえたような気がした。もし、やろうと思ったのならば、あの剣で一手に突き抜けることも可能だったはず。
でも、そんなことは、後で思ったから気が付いたようなことだった。相手の声が耳に残っている間に、お母様は、私の目の前で、相手に跳ね飛ばされてダウンする。
「お母様!」
わたしは、相手が、お母様に止めを刺そうとしていると判断し、一気に接敵すると制式拳銃の銃底を使い、打撃戦を試みる。驚くべきことか、その行動を読んでいた相手は私の体重を乗せた渾身の一撃を、その片手で受け止めた。骨を砕くかと思われた攻撃をいともたやすく受け止められる。
でも、簡単には止まらない。
右足を思いきり踏み込み、左足のブーツで、相手のあごに向けて蹴り上げる。このブーツのつま先には、小さなナイフが仕込んである。せめてもの抵抗というやつだ。
『がんばるね。リスティル』
虚しく空振る左足。それを、何の苦もなく掴み上げると、そいつはそのまま、わたしを何の苦もなく、上空へと投げた。ほんのわずか、相手と目があったような気がする。
このままじゃ、絶対にまずい。そう、本能が警告を発する。相手は、わたしが着地の瞬間を待っている。その時にはよけようもない攻撃が来る。
とっさに、左手が動いた。小銃の回転式シリンダーそして、トリガーに掘られた、存在しないはずの幻獣に指が触れる。
「お姉さま。きょうは、ご機嫌ね」
3日ぶりに帰ってきたお姉さまに、練習をねだった。
もちろん、お姉さまとする練習は大好き。
でも、それは、メインじゃない。
練習の後、小銃のメンテナンスをお姉さまにお願いする。まだ危ないからと言って、お姉さまは、わたしになかなか、メンテナンスを教えてはくれなかった。
でも、これが、わたしの至高の時間だった。お姉さまの手の中で綺麗に解体され、そして、あっという間に組み上がる愛銃を見るのがとても、代えがたいほどに好きだった。
そんないつものメンテナンスの時、ご機嫌なお姉さまは、小さな装飾を作ってくれた。銃床には、小さなバラと百合、そして、銃身に蔦。
今日はトリガーに、何やら装飾をしている。ごてごてしているみたいだけど、決してバランスを崩さないのが、お姉さまのすごいところだ。
「できたわ」
わの言葉が聞こえたときには、既に、愛銃は組み上がっていた。もう、いつ組み立て始めたのかがわからない。
「お姉さま、早い!」
お姉さまは、私の愛銃を両手で構えいくつかのチェックをしているようだったが、確認が完了したらしく、トリガーを引いた。
「できわたよ。リスティル」
ハンマーに彫られていたのは、見たこともない生き物だった。お馬さんに、羽が生えている?
「綺麗。お姉さま、これ何の動物なの?ジャイアントホース?」
「ふふ、リスティル。この動物は、ジャイアントホースなんかじゃないわ。この世界に居てはいけない生き物なの。この世界に居てはいけない……生き物よ。……ふふ、楽しかったわ」
ハンマーが、空のシリンダーを叩く音がした。
ほんのわずかに走馬灯が、巡ったような気がした。左手に、愛銃を握りしめる。効かないのはわかっている。
「この、簡単にはやられない!」
右手の制式拳銃を落とすと、そのまま、ハンマーにそえる。そのまま、弾薬も込めずに、3連射。自分の魔力だけで打ち込む。
効果は見るまでもない。悪あがき……終わり。
剣で貫かれるだろうか、それとも、盾で殴られるだろうか?そう思い、ぐっと目を閉じ、身を固めたわたしを待っていたのは、包み込まれるような着地だった。
恐る恐る目を開く。そこに写り込んだのは、
「大丈夫かい?間に合ってよかった」
あの女の人と、
「すまなかったな。知り合いに出会えて、少し話し込んでしまった。償いはすぐにするさ。とりあえず、師匠、リスティルは頼みます」
ロンディスだった。
『やれやれ、ラスト1分というところで。でも成果はあった。……そっちはどう?』
『うん、ぼちぼちといったところ。流石、候補者。いや、もう、既に……。でもさ、せっかくだから、もう少し、遊ぼうか』
まだまだ余裕と言った楽しむような声が、脳に直接聞こえた。わたしは、愛銃をホルスターに仕舞うと、地に落ちていた制式拳銃を拾い上げた。
相手の目的が読めないけど、相手が引かない以上は、ここで引く気は無かった。
再び相手の向き直る。相手もそれを待っていたようにわたし達に向き直った。
おそらく、あの女性コミュニティが、相手を追い払ってくれたのだろう。その戦いの後だろうか、相手との間には、3つの穴が計ったように穿たれていた。




