夜明け前の、闇の中で 8
「リスティル、右屋根の上」
小型拳銃に、あえて弾丸を込めずに、6連射。手ごたえはあったけど、相手を仕留めたかどうかはあえて、確認しないことにした。
「左、テントの中」
「よく見えたわ」
お母様が、狙撃銃を構え打ち込む。重い音の後に、地面に倒れ伏すものが見えた。
「慣れればこんなものよ。リロード」
「了解」
遮蔽に飛び込んだお母様と逆の遮蔽に飛び込むのと、目の前からあの重装歩兵が現れたのはほぼ同時だった。お母様のリロード完了まで、残り10秒。遮蔽を走り抜け、そのまま、相手の側方にあるテントへ移動。
地面に繋ぎとめているロープを駆け昇り、強く支柱を蹴り跳躍。相手は、反応もできず、ただ、わたしが逃げ込んだ遮蔽の方を見ていた。
「この、うすのろ!……久しぶりに乱れ撃つ!」
地面に向かって両手の拳銃のトリガーをクイックに1カートリッジ分打ち込む。照準も、反動の計算も、相手に当てることすら、すべて無視して、ただ相手に空から弾丸をばらまく。弾倉が空になった制式拳銃を地面に落として、ショットガンのトリガーに手をかけ、そのまま着地。相手は、こっちの動きについてきてすらいない。完全に動きが止まった相手の至近距離から、スラッグ弾を装填したショットガンを腰だめにスナップショットする。
相手は、わたしの攻撃のかく乱であることを理解したときには、腹に大穴を開けて沈黙していた。それに気が付いたもう一人が、こちらを振り向いた瞬間、銃声が響き、眉間に風穴が空く。ほんのわずかに、動く意思を見せたものの、もう一体も沈黙した。
「リスティル、よくやったわ。あの動きは、対人魔法の『勇気』でも自分に使ったの?」
「いえ、何もしていないわ。でも、わたしには、バンディーラ様がいるから」
ほっとした様子で語り掛けてきたお母様に、わたしは自信ありげに答えた。たぶん、最後の方の言葉は聞こえなかったと思う。ほんの少し前には、あれだけ、怖くて、畏れたバンディーラ様の力。それに頼っているし、それが、この戦いの場においては、とても頼もしく思える。
きっと、バンディーラ様が、わたし達にくれているものは、お母様の言うようなそんな怖ろしいものではない。きっとそうだ。
「半年見ない間に変わったのね。
さて、目標までももう少しね。」
お母様は、狙撃銃を腰のマウントに格納すると、背中から強襲用の中折れ式ショートバレルショットガンとサブアームの制式拳銃を取り出した。
戦いの喧騒が遠くなりつつある。だけど、わたしの耳には、あの声が聞こえていた。
『我らは、人類軍。統一王様の元にある正しき人間。リスティル・■■■■■!統一王様からの命である。何も聞かず、おとなしく、こちらに投降しろ。貴様の捕縛に生死は問われていない』
「もう、うるさいな」
声が聞こえるということは、わたしは、その相手に捕捉されているということだ。しかし、なんでこんなにうるさく聴こえているのか?それがわからない。
お母様を見る。お母様にも聴こえているはずだけど、平静を装っている。流石と思い、わたしもそれを見習う。
なんだか、軍学校で初めて行われた隠密の実技みたいだと思いだしながら、わたしも地面から拾い上げた制式拳銃のリロードをする。小型拳銃は、弾丸を使わずに自分の魔力のみをぶつけているけど、制式拳銃は違う。リロード済みのカートリッジを差し込む。残りカートリッジは、3つ。
ふと、軍学校時代を思い出す。あの頃、魔導銃はまだまだ試作段階で、ナイフとレイピアを使っていた。その後、お姉さまが、魔導銃を劇的に改良して、それが、ノルディック侯国全域にいきわたった。
それから、すぐに銃士隊が作られて、全国民が銃の扱いに慣れるまでに長い時間はかからなかった。
「その中でも、特別な銃」
お姉さまが、わたしが銃士隊に入りたいと言った時に、反対しながらも作ってくれた小型拳銃。6発の回転弾倉を備えた、この銃はわたしの宝物。人によっては、時代遅れの代物かもしれないけど、それでもわたしとお姉さまの間をつなぐ大事なものだ。
『我らは、人類軍。統一王様の元にある正しき人間。リスティル・■■■■■!統一王様からの命である。何も聞かず、おとなしく、こちらに投降しろ。貴様の捕縛に生死は問われていない』
……人の感慨を消し飛ばさないでほしいなと思い、そっと、前方を見る。作戦指令室と私たちの間には、今のところ、遮るものは無いように見える。安心と、不安。
作戦司令室にバンディーラ様がいるのならば、きっと心配自体は不要だろう。
だとしたら、この静けさは何なのだろうか?
つうっと背中を冷や汗が伝う。そんな時だった。
「こっちは片付いたわ、リスティル」
「……待たせたな」
「オリビア、ロア!」
そこにいたのは、乱戦で見失っていたオリビアとロアだった。2人とも、かすり傷と土汚れこそついているものの、まだ、充分に動けそうな様子だった。
「ロンディスとマリベルは?」
「マリベルは、ラーズと一緒に援軍の隊長と話をしているみたい。ロンディスは……野暮用といったところね」
「野暮用?」
わたしの問いかけに、オリビアは、悪戯っぽい笑みを浮かべ、ロアは、興味もなさそうに、口をつぐんだ。
「まあ、本人幸せそうだから、いいんじゃないかしら?
さて……」
オリビアの声に、わたし達は、再び作戦司令室のあるテントを見た。無線システムなどはあそこにしかない。つまり、あそこにバンディーラ様がいるはず。
そう思っているのに、わたしは、なかなか、一歩が出なかった。それは、隣のお母様も同じ。さっきから、即応体制を取りながら、何もない空間をただ睨みつけている。
「いるな……出てこい
狂犬の気配は、隠れていてもわかるぞ。それとも、こちらが暴いていやろうか?」
ロアが、威圧的に低い声を上げる。
『……飼犬風情が。我々を犬と呼ぶとは恐れ入る。飼主に頭を撫でられたくらいでいい気になるな』
まるで感情を感じない、まるで文章を棒読みするような声が、頭に響いた。初めてのその感覚に戦闘中ということを忘れて、一瞬だけ目を閉じてしまう。
わずかな瞬間だったと思う。再び目を開ける。そこには、異形の人型が2人立っていた。全身を黒ずくめにして、おそらく、一人は男性で、一人は女性だと思う。おそらくっていうのは、ただおそらくっていうことで、2体の人型は、体型的に差異はほとんどない。男女ならありうる差も全く無かった。
ただ、例えるのならば、全身をむき出しの輝く黒い鋼のごとき筋肉に覆われているのならば、きっとこんな風になるという。うん、わたしの語彙力の低さが憎いけど、なんだか、肉体美として見とれていいのか、異形だと感じていいのか迷うところではある。
『とりあえずは、異形か。まあ、失礼な言い分だな、リスティル。』
思考を読まれた?わたしは、さっきまでの冷や汗の正体に気が付く。さっきまでのうすら寒い気配は、たぶん思考を読まれていることをどこかでわかっていた事なのだろう。
『そう言うことだ。ああ、安心すると良い。今は会話をしている。だから君の言っていることも理解できる。ただ、戦闘中に思考を読むのはこちらも問題があってね。あと、万が一こちらの声が聞こえてしまったら困るから、戦闘中は、そちらに語り掛けることはない』
銃声、爆発音が、遠く聞こえる。その数は確かに減りつつある。
『流石に今の戦力では、中枢の部隊とは戦いにならないか。ああ、勘違いしないでほしい。今日は、半分くらいは様子見の為に来たようなものだ……3分間だけ相手をしてやろう』
黒い人型に朝日が差し込む。一人……多分女性の方は、背中からショートソードとターゲットシールドと思わしき盾を取り出した。もう一人、男性の方は、徒手空拳のまま、まるでリラックスするように、首を左右に傾け、如何にもバカにしているように半身を傾け、右手をだらりと前に出す。
その様子に、敵意こそなかったものの、全員が身構えた。
「『ゴングを鳴らせ……ショーの始まりだ』」
その声が耳と頭に木魂するのと同時に、剣と盾が打ち鳴らされる。そして、差し出された右手が挑発するように動いた。