夜明け前の闇の中で 4(アーサー視点)
「クリア」
アンデットの待ち伏せを警戒しながら、ゆっくりと歩を進めていく。強烈な抵抗を予想していたが、今のところは、アンデットはおろか鼠の一匹も見ることはなかった。
「クリア」
角を一つ一つつぶしながら、慎重に慎重に。静まり返ったこの場所には、大量の敵が配置されているはず。そう考えていたはずなのに。
「隊長」
「ああ」
さしたる抵抗もなく、監視室のエリアを隔てるドアにまでたどり着く。隊員の一人がドアノブに手を伸ばしかけたところで、その動きを制止する。
どんなトラップがあるのかもわからない。
「ノッカー。」
ノッカーと呼ばれた隊員が、凶暴な装飾が着いたハンマーを背中のマウントから取り出した。『強襲者の友人』の開発コードが、そのまま愛称として振られている、ハンマーとピックが一体化した突入用の装備だ。
ノッカーは、ドアノブと逆の箇所。つまり、丁番のある箇所にハンマーを当てる。
「アルファ、ベータ、シータは、ノッカーがドアを破壊した後に突入。デルタは、フォローに回れ」
短く命令を伝えると、全員が頷いた。それを確認したノッカーは渾身の力を込めて、ドアにハンマーを振り下ろす。ズンッという、腹にくるような音が響き、ドアが大きくゆがんだ。見ると、上の丁番が取れかかっている。そのまま、ノッカーは開いたスキマにピックを差し込み、テコの要領で下の丁番を外す。
その動きは、日ごろの厳しい訓練の成果がよく出てる。始まってから、数十秒も立たないうちに、ドアは、ただの一枚の板になっていた。ノッカーに合図を出すと、静かにうなずく。
「フラッシュバン」
ほんのわずかに開けたその隙間に、閃光発音筒を投擲。ノッカーがドアを閉めると、くぐもった音が響いた。
「突入」
私と突入部隊が部屋の中に飛び込む。
そこは、明かりが落とされていて、また、窓に格子戸でもおりているのか、夜明けが近いにもかかわらず、真っ暗な通路が広がっていた。
「部屋の中に、動体ありません。」
「ヒトガタの物体が見えたら即撃て」
明かりはつけずに、目の前にあるはずのドアに向かい、進んで行く。後ろから入ってくる、明かりだけが、足元を照らしている。
「これ?なんですかね?」
私の隣を歩いているベータ2が、靴を持ち上げて指さした。そこからは、粘液のような物が糸を引いている。持ち上げた靴にそのままくっ付いているなど、尋常ではない粘着性だ。そんな物質は今まで見たこともない。そう思った瞬間だった。靴を持ち上げていたベータ2が不意に倒れ込んだ。
「な、なんだ!……ぐあぁぁぁ」
ベータ2が尋常ではない悲鳴を上げる。痛みにも耐性があるはずの我が隊員を組み伏せているものを、私は見たことが無かった。
「なんだ?これは、……ブリックス今助ける」
つい、コードではなく、本名で呼びかけてしまう。ブリックスの全身を黒い何かが覆っている。それは、ゆっくりと動き、まるで獲物を咀嚼しているようにズブゥ、ズブゥと音を立てながら、ブリックスの全身を覆おうと、ゆっくりと動いている。正体がつかめない以上は、迂闊な行動はとれない。
「明かりを!」
私の一声で、トーチに火がともる。そして、それの全体が明かになると、今まで見たこともない異形の姿に、部隊の動きが一瞬止まった。
のしかかっているものは、巨大な軟体動物のように見えた。あえて言えば、粘菌に近いだろう。だが、その大きさは男性の大人並みの大きさで、さらに、自立しているらしい。、これは、通常存在し得る生物の大きさを遥かに超えている。そして、特に驚くべきは、その生物は鉱物としての特性もあるようで、濁った体表の奥には、きらきらと輝く得体のしれない何かが浮かんでいた。
「か、身体が!身体が!!」
ブリックスの悲鳴が、部隊を正気に戻した。そして、誰ともなく、それが振ってきたであろう、天井に明かりを向けた。
「た、隊長!!」
その声に、視線を上へ向けると、そこには、今ブリックスに乗っているそれと同じものが、大量に。そう、覆いつくさんばかりに広がっていた。
「く、退避!」
先に進むのは困難だと感じ、退避を命じる。次の瞬間だった。入ってきた入口側にそれが、大量に落ちてきた。それは、まるで意思を持っているかのように、一つになると、こちらにゆっくりと向かってくる。
帰さないと、それから、無言の圧力を加えられているようだった。
「ノッカー、前方のドアを破れ。進路を確保しろ。残った部隊は対象を攻撃する。」
「わかった。前方のドアを破壊する。」
ノッカーは、『強襲の友人』を投げ捨てると、再度パックから、指向性高性能炸薬を取り出す。本来は、屋外で使用するべき装備ではあるが、緊急性を要すると判断したのだろう。
その先を遮るように、巨大なそれがもう一体立ちふさがった。
「部隊射撃はじめ!」
対アンデット用に調整された弾丸が、正体不明のそれに吸い込まれていく。だが、それには、何の痛痒も感じていないのか、その進行を止めることはなかった。ノッカー側も同じような状況にあるらしく、怒号が飛び交っている。
「このままでは……」
遠からず押し切られる。そう思った瞬間だった。
「アーサー、伏せて」
誰かの声が聞こえた気がした。