夜明け前の闇の中で 2(その他視点)
一度目の砲撃が、頭上を風切り音を上げながら飛んでいく。それは、ニンゲンの形のものに当たると、激しく燃焼を始めた。続けて、刈り取るように高速弾が、打ち込まれていく。何らかの防御を取らな限りは、相手を肉塊に変化させるような苛烈な攻撃。
それでも、その群れには、致命傷になりえなかったらしい。炎に巻かれ、弾丸に打ち抜かれても、何の痛痒も感じてないように立ち上がる。
「突撃!!」
長銃の先に銃剣をつけて、突撃を開始する。途中で、射撃をはさむことを忘れない。相手が、剣により死んだものであるのならば、銃剣で倒しきることなど不可能であるからだ。
「1、2、3……よし、倒れた」
3発、頭に叩き込むと、1体のアンデットが倒れる。辺りを確認。対象無し。ほっと一息を着いたその瞬間だった。
「9時方向より、敵増援。数20」
あっという間にお代わりがくる。今たおしたアンデットは、特に装備がなかったので、楽に倒せたが……増援のアンデットが持っている物を見て、顔をしかめる。
投石、剣、小銃……火炎放射器。装備も、裸、軽装歩兵から、対爆スーツ(ボンバーマン)を装備してきたものまでいる。
人間を殺す為ならば如何なる方法をも取るという、使命の顕れなのか、その手には雑多な小火器と対人用の装備が整えられていた。
「ちぃ、このくそったれども!!」
小銃を打ち込むが、それは、耐弾シールドと耐弾アーマーを着た集団に阻まれる。銃弾が通じない。そして、まるで撃ってこいというような安い挑発に、乗せられてしまう。
こちらが撃ち込み相手が耐え忍ぶ。ただただ硬直した状態。
それを動かしたのは、敵だった。
「敵襲。20時。数不明……」
銃声と共に、声は途切れる。それには、悲観的な観測兵の声が混じっていた。報告を咀嚼するまでもない。俺たちは、側面からの攻撃を許したということになる。ちらっと、観測兵のいるはずの側面の敵を見る。そこに、奴らがいた。見逃した敵だとでも言うのだろうか、背中の装備パックから垣間見えるそれは、最新装備の一覧で見た覚えがあった。
「索敵カウンターシステム(ECS)?なるほど、観測兵を屠ったのはそれの力か。しかし、そんな高度な装備をどこから?」
銃剣は間に合わない。そう思い。懐のナイフと短銃を抜いた。
それが大きく口を歪めて笑った。そう感じた。
否、そう思っただけだった。
嵐が通り過ぎた。一筋の嵐が。その嵐が、アンデットに死すべき運命を定めさせた。それは、鋼鉄の嵐。馬車に備え付けられた、最新鋭の機関砲は、斬撃、打撃、銃撃、炎撃、氷撃、酸撃とありとあらえる攻撃を、無慈悲にアンデットに叩き込んでいった。
「銃を取れ!戦線を押し上げろ。」
声に力をもらう。近くに落ちていたライフルを手に持ち直し、先程まで、見下ろされていた相手の憎たらしい口に銃剣を突き立てた。
「ぐぎゃ」
柔らかい肉の感触の先に、硬い骨を鉄が砕く感触が、銃身より伝わってきた。迷わずにトリガーを引く。
バン!
はじけ飛んだ脳の詰まった骨器から、自らの脳漿を散りばめ、それは、ようやくにして、死んだものになった。
あたりを見ると、馬車を追いかけていったらしく、アンデットたちは、一体もいなくなっていた。
大きく息を吸う。少し、吸気に死臭が混じった。
再度、吸う。
死臭は、気にならなくなっていた。立ち上がる。視線の先には、ついさっきまで、冗談を言い合うような仲だった慣れ親しんだ観測兵の変わり果てた姿があった。観測装置のスイッチを切り、口元に手を当てた。呼気、吸気なし。そっと、名前を呼ぶ。
反応はなかった。
アンデット対応マニュアルに沿って、観測兵の眉間に、短銃を当てる。再度少し大きな声で、その名前を呼ぶ。
反応なし。
喉の奥から、苦いものがこみあげてきたのを無理やりに飲み込むと、引き金を引く。銃声が響く。頭を打ち抜かれた死体が2つ。並んでいる。安堵と共にこみあげた吐き気を無理やりに飲み込むと、木を背にして座り込み、報告の為に無線機を手繰り寄せた。スイッチを圧す。その動作が、緩慢で。反応しない無線機に苛立ち、思わず手を見た。震えていた。
深呼吸する。震えが治まる。同時に、周りの銃声と戦闘音。様々な音が、思い出したように耳に入ってくる。
「こちら、ZC。対象を1つ排除。疑感染者を1つ排除」
淡々と報告した。無線の先から聞こえたのは、まだいけるかとの一言。
大きな疲労が、肉体の反応を拒んだ。できたのは、ごくっと、つばを飲み込無ことだけ。簡単なことだ。俺にとっての最初の任務が、こんな危険なものになるなんて思っていなかった。
訓練では、上官に行けるかと問われたのならば、行けますと答えよ。と、教えられた。でも、実戦では、何と答えればよいのか。俺には、その経験はなかった。
答えを出すこともできないまま、少しの間、固まった。
「あなたは、闘えます。そして、生き残れます。」
しばらくの沈黙が続いた先に、無線機から聞こえてきたのは……見当違いも甚だしい少女の戯言と笑ってもいい言葉だった。
「本部、それは……」
「手を見て、前を見て、そして、人間の御旗を見て。……さあ、共に進みましょう。」
不思議な声だった。先程まで感じていた不信感、そして、猜疑心は、その声を聴いた瞬間にまるで溶けていくように鳴りを潜めた。疑問を感じる間もなく、それはやってきた。心の底から感じる、些末な疑問を振り払う、圧倒的な全能感。まるで、重い雲を取り除くかのように、その光が、俺たちに差し込んだ。
傷も、疲労も、そして、不安も、絶望すら心の中から消し飛んでいく。心の中から、活力がみなぎり、鉛のように重かった身体がまるで羽毛のように軽やかになる。
「人間の御旗。それに刻まれし名のもとに。」
そうだ。
人間の御旗の下に集いし我らに、不可能など存在しない。心に力が湧いてくる。空にある、太陽と月。その御旗がある限り、我らが、地に伏す道理などない。
「攻勢戦だ!」
誰かの声が無線より響いた。沸騰しそうな脳が、冷静に答えを出す。兼ねての打ち合わせの通り、突入部隊を追撃する敵軍をせん滅し、突入部隊の空けた穴を埋めるように群がる敵軍の行動に答えを返す。その答えは、たった一つ。全ての敵軍は、物言わぬ肉塊とせしめん。
心に宿った強い力に弾かれるように、体を預けていた木より立ち上げる。後方から、砲兵たちと、支援魔術師たちも前線に復帰した。
これからだ。これから、強烈に……無慈悲かつ強烈に攻勢戦を仕掛ける。
その舞台では砲弾が、銃弾が、鉛玉が、魔法が、魔術が、そして、銃剣がダンスを踊るのだろう。それに、悲鳴と怒号が協奏曲を奏で、それは、やがて来るべき、新たな朝を祝福するように、森に響き渡る。
その光景を見るのが待ち遠しく感じる。だが、我々は、主役ではない。
主役は、狂気と狂喜の舞踏会の中を、かけていくのだ。使命と忠誠の名のもとに、彼らは行くのだ。
再び咲いた日の花の中、開いた穴は、大きく裂け、突入部隊を助けた。そこに残っていた部隊が再び突撃を掛ける。
舞台は動き、新たな演者の到着を心待ちにしているようだった。