第一三話
もう片方の斥候をしていた、オリビアとロンディスが帰ってくる。私は、おかえりーと手を振った。
「こっちは異常なしだ」
「こっちも異常なし。静かなところね」
私たちは、一足先に、荷物を降ろして、補給の準備を整えていた。荷物の中から、私特製の傷薬と、回復薬を取り出す。
「一旦、休む?」
ダンジョンに入ってから、だいぶ時間が経過している。そろそろ、斥候を切り上げるにはちょうどいい時間だと感じていた。
「いや、鐘も鳴っていないし、モンスターも低級の奴しかいないから、補給だけしたらもう少し先に進むか。しかし、不気味な静けさだな」
「そうね、黄金の巡礼路とは大違い。あっちの序盤から数で押してくる構成とは違うわね」
二人の声に、私は首を傾げた。
「え?あっちも似たようなものだよ。でも、表層には、そんなに危険な敵はいないし、なんかみんな必死な形相で何もないところに剣振ってたけど…」
「「「えっ?」」」
「えっ?」
3人の声と、私の声がハモった。黄金の巡礼路は、確かにモンスターの数自体は多かったが、それでも、格段に多いわけでもないし、危険な敵がいたわけでもなかった。私は、パーティの人数の関係で、その時は、サポーターとして参加していた。
皆が、何もない空間を血走った目で剣を振るうのを、仕方なく、応援していることしかできなかった。
「なるほどな…ようやく、これでこの間のことが、理解ができた」
「どうしたの、ロンディス?」
「…この間、共同作戦を組んできたのは、ラーング旅団なんだが、斥候任務に、聖者が付いてきていた」
「あり得ない…」
オリビアが、驚いた声を上げる。聖者聖女は、旅団の導であり、要になる存在である。聖者聖女が倒れたら旅団は解体となる、そのため、ダンジョンには同行せずに、後方にキャンプを張って待機しているのが普通のはず。ダンジョンに好きや好んで、入っていくのは、明らかにおかしいことだった。
「その時は、黄金の巡礼路の斥候だったんだが、不思議なくらいに、モンスターとの遭遇が少なかったんだ。いつもだったら、表層から、巡礼路を埋め尽くすほどの敵がいるはずなんだが、その時には、低級のモンスターの数が少し多いなと思うくらいで、その後、中層近くまで行くと、さすがに強めのモンスターが出てくるようになったから、退却を選んだんだが…」
ロンディスが、額に手を当てて考え込む。
「恥ずかしい話だが、どうやって退却したのかを覚えていないんだ。気が付いたら、街に帰り着いていた。装備も傷んでいないところを見ると、帰り道では、モンスターとの遭遇はなかったみたいなんだが…」
「ラーング旅団の聖者さんか。私まだあったことないんだよね。ファラとはよくごはん食べていたんだけど」
「ファラ?もしかして、ファラ・ウォリーシュ?」
「そうだ、バンディーラ様は、私たちの旅団長とも顔見知りなんだぞ」
「そう、ファラ団長。私の妹弟子なの。あ、ちなみに私の名前は、バンディーラ・ウォーリッシュ」
オリビアと、ロンディスが驚いた顔をしている。あれ?本名をまだ行っていなかった?でもよかった、これで自己紹介もできたし、みんなとの距離が縮まったよ。
ファラとの思い出話に口を動かしながら、手際よくオリビアとロンディスに補給物資を渡していく。そんな時だった。
リンゴーン!リンゴーン!リンゴーッン!!
鐘の音が、ダンジョンに響き渡った。途端に、空腹を覚える。すぐに、私たちは持ってきた固形食を食し、水を口に含んだ。
「鐘が鳴ったね」
私の声に、全員が気を引き締める。さすがに、これから後の行動ができるほどの物資は持ち合わせていない。斥候は十分。予定を変更して、私たちは、おとなしく引き上げることにした。その時だった。
「待って」
リスティルが、焦ったような声を出した。私たちは、何事?と、一瞬訝しんだが、リスティルが、唇に指をあて、足元を指さす。
「バンディーラ様…」
「様はいいからね」
「足元に注意をしてください。何か異変が起こっています…叫び声?大地が揺れてる?」
「…地の底から何かが湧き上がってくる?」
ダンジョンの奥底から、咆哮とも悲鳴ともつかない音が押し寄せてくる気配がする。
「…誰かが馬鹿なことをしやがったな」
ロンディスが、盾と剣を構えなおす。オリビアが、詠唱に入った。
そして、真っ先に現れたのは、
「グルルルルル」
血走った目で、返り血で真っ赤に染まった、完全に正気を失ってしまっているような様子の獣人だった。