ベルグランデ 宵朝
「君の願いの代わりに、君の自由を奪わせてもらう。もし、君が自由を欲するのならば……聖王を殺せ」
その言葉と共に、それは渡された。
聖剣のデッドコピーのデッドコピー。
聖王殺し『カリバーン』
それをアーサーに渡したのは……、そう、どこかで願っていたのかもしれない。
殺されるべき聖王は、私だということ。
「バンディーラ……バンディーラ……人間の力の起源にして、その依り代よ……我に……我に……困難を……困難を超える力を」
聖句に澱みが混じる。わかっている。これは聖句なんていいものじゃない。人間を蝕み、蝕み続けている呪詛……それそのものだ。
本当は、助けを求めるべき相手はほかにいるそれはわかっている。
でも、
私は、それから逃げた。巡礼に課せられた大層な使命から。言い訳はいくらでも効く。リスティルに会いたかった。自分の愚かさから、目を背けないために。
皆は、私が使命に重大さに怖気づいたと思っているのかもしれない。けど、私はそんなものじゃなかった。
だから、ここに戻ってきた。そして、私は、愛するべきものに、赦されざる罪科を背負わせてしまった。
「ああ、……巡礼の先に……栄誉を得られます様に……人間の穢れ切った福音が、彼の者に、眠りを与えます様に……」
ふと、顔を上げると、外は既に深い闇に包まれていた。今日一日を、私は祈りとまどろみの中で過ごしていしまったらしい。全くと苦笑をうかべ、ゆっくり立ち上がると、昨日の作業の続きをしようと、整備途中の銃器が雑然と置かれている作業台に歩み寄る。
作業台に設置してある端末に目を通すと、全聖王と魔王にメッセージが発せられていた。発送者は、カリーナ。妖精の女王だ。その瞬間に、ほんのわずかな違和感を感じたが、メッセージの内容を読み込むことに集中することにした。
「そうか、鋼魔と妖精は自らの定めに帰ったのね。鋼魔族が王国の盾で、妖精は、自出に戻ったということね。チョイスとしては、まずまずではないかしら?」
端末に届いていたメッセージを読み込む。どうやら、今回の巡礼も、順調に進んでいるらしい。ただ発せられている場所が問題だった。
「それにしても、連合国家内からこのメッセージが発せられるなんて、何かあったのかしら?」
前回のことを思い出す。ソルティーラは、鋼魔族。シュガーナは、妖精族。ラグルスは、妖魔族。そして、フィルトは、神霊族。に、最後は、なった。
ただ、それは、充分に考えられていた。ソルティーラは、聖炎の大灯台で、シュガーナは陰聖の街セートで、ラグルスは、堕ちたる大聖堂で、そして、フィルトは、聖都深部でその命を請け負った。
しかし、私は人間以外の何者にもなりえなかった。
その事が起因の目に触れた。
警告と懐柔。大量の手紙が、連日に押し寄せた。同時に、彼女の目にも触れた。おぞましきもの、畏怖すべき起因の同閨者。の目にも触れたらしい。
あの時は、それがくだらない事だと感じた。
その気持ちは今も変わらない。
ファラはうまくやってくれただろうか?だが、心配は無用だろう。幼いころから、あんなことがあった後も、私なんかよりも、リスティルのことを慕ってくれている3人……ジェームズ、マリー、ベリアールをファラがリスティルの巡礼に連れて行ってくれているのだ。
きっと問題など起きていないはず。そう思って間違いないだろう。
「さて……うん?」
その瞬間に、感じた小さな違和感の正体に気が付いた。それは、匂いだった。端末のメッセージの先から香ってくる魔導銃の匂い。それが、私の鼻腔をくすぐった。
「……リスティル?」
それは、かすかに、そして確かに私の記憶を揺さぶった。父と兄が、あれに乗っ取られた疑惑が出たとき、私は、その助力を、コミュニティに求めた。それに応えて、本当の巡礼が終わったばかりのファラとラーズが遠征軍を率いて、セートからこちらにやってきた。
聖王と魔王という2大戦力と大きく動いたせいか、私達の作戦はバレてしまい、裏を掻かれてしまった。
彼らが拠点としてた、魔草工場への襲撃は、銃士隊とかち合ってしまったが故に、手出しをすることはできなかった。更に悪かったことに、その作戦にリスティルが、参加していたことを知ったのは、事態が更に悪化し、もはや、調査を行うこともできなくなってしまった時期だった。
私ができたことは、結局、ファラにリスティルを託し、リスティルを助けてくれる3人と共に、巡礼に送り出すことだった。
30人の違反者と、そして、300本はあったはずの聖王殺しの模造品。それは、もはや追いかけることもできない。そして、リスティルを失った私は、リスティルの生き方をなぞることしかできなかった。
後悔はない。こうなることはわかっていた。リスティルにも、夫にも、嘘を重ねてきた。それでも、ただただ、後悔は積もった。
違和感の正体は、悔恨だと知った。私の後悔がそれを導いた。
だからこそ、だからこそだ。リスティルに過去に行ってしまった過ち。それは、棘になった。戒めになった。だからこそ……だからこそ。
「あなたが、あなたが、バンディーラの定めに交わらないことを」
絶対的捕食者は、被捕食者があることを許さないだろう。彼の者の胎の飢えを満たすことそれ以上に被捕食者の幸せはない。そう、その事象に、それ以上の何があるのだろう。いずれのバンディーラにしても、リスティルは、それに一つ。そう、贄の願いとして、それは一つなること。
あなたにとっては吉兆。だが、リスティルには……
だからこそ祈る。愚直であれ、そしてその行いがどんなに愚鈍であれ、真実より最も遠い、彼の贄の為に。
遠い場所だからこそ……そう、最も遠く、遠い場所だからこそ。
「お願いです。バンディーラ。妹を……見つけないでください。妹に名前を聞かないでください。そして、妹に名前をつけないでください……」
磨き、研ぎ、洗い、払い、そして、祈る。
わかる。わかるのだ。私は……恐ろしいと思っている。善意。彼女は善意の塊。だからこそ……。
リスティルを再び台に横たえる。きっと明日には完成するだろう。だが、こんなものは、切り札にすらない。知っているのだ。
「リスティル……リスティル……ごめんなさい……ごめんなさい……。私は、私はあなたを護ることすらできない。」
私に赦されたものそれは、こんな現在。こんな未来。
何もなくなった私の未来にを救ってくれるものなど、爛れ、腐り切った願いを……
「大丈夫だよ。もう、自分を責めないで……ベルグランデ。リスティルは……貴女の……」
深く、不快眠りに落ちる前に、その善意が囁いた気がした。
それこそ悪夢だ。人間の善意に対する願いなど、私はとうに捨てている。




