ある視点
「この人は、彼の者たちの間では、偉人と呼ばれているみたいです。どのような大罪人、視点を変えされすれば、成すべきことを成し偉して成したるものすなわち偉人であると。そう分かると、なるほどと考えさせられるものでありますね」
横からのふいに入ってきた声に、つい、見上げる。そこには、見飽きた、聖より最も遠き者が崇められている。唾棄すべき神像が、我々を見下ろさんとして、微笑みの中、その嘲りに満ちた視線を投げかけている。それにふんと、嘲りの笑みを返す。
それはどんなに、優美に作られていても、どんなに威厳を放っていても、その造形は、あの忌むべき悪意を思い出させる造形だ。
「ねえ、これくらいでいいでしょう?」
そう言うと、老齢の男性は立ち止まった。肩で息をして苦しそうにしている。
「どうした?らしくない」
「仕方ないわよ。この体、思ったより動けないのよ。そこで悦に浸っている暇があるのならば手伝ってよ」
「全く……と言いたいが、ほとんど終わっている」
その言葉に驚くように、老齢の男性は立ち上がり、その言葉に虚がないことを確認して、驚きの表情を浮かべた。
「驚いた。あなた、本気なのね?流石……」
その声に、何を当たり前なことをと思い、そして、その顔に不意に、首を傾げた。
「これって、本当に不便。でも、オモシロイね」
「ああ、そうだな。言われたとおりだ。確かに」
あまりにも高等で、そして、あまりにも幼稚。語り合い、言葉を尽くして、意味を知る。その事があまりにもおかしくて、お互いに笑いあった。
「こっちも設置完了。でも、この程度でいいの?」
その疑問はごもっともだと、笑みを浮かべる。
彼らは忘れている。
彼らは見ないようにしている
かつての脅威に
かつての絶望に
そして、かつてあった隣人たちを
「これくらいでいい。これは、パフォーマンスだ。彼らが言う、希望に対するね。彼ら……魔族には、これくらいしないと我々が本気だとわからないのだよ」
「ただ、……いえ、こんなこと言うべきではないのですが、これは戦力の過剰配置ではと思うですけど?彼らに、これだけのものが対処できるとは思えませんけど」
ふふっと、思わずおかしく、笑みを浮かべる。
「この程度も超えられないのならば、それこそ、好機だ。そう思えないか?」
その言葉を聞き、老齢の男性は、考え込むようにあごの先に指をあてる。それでありながら、残りの手は止まらない。
流石としか言いようがいない。
「……なるほど、そう言うことですね。……そうですね。確かに、我が主も、囚われの最愛の主をお求めなのです。最近、呆けているのか、惚気がひどいんですよ!」
「まあ、お前の言うこともわかるが……そう言うことだ」
納得がいったように、もう片方の手を、楽しそうにし始める再開する。そこからは黙々と2人、作業を再開する。
それに、これは、最近この場所を探索する者がいることに対する、良いカウンターになるし、もしそれを感知したのならば、あの大罪人を引き寄せる良い餌になる。
しばしの後、万全な準備を終えて、私は立ち上がる。その時には、もう一人も準備が終わったらしい。ふうッと、少し苦しそうに大きく息を吐く。それをみて、交代するべきだったかと、少し後悔する。
その視線を感じたのか、老齢の男性は、額の汗を拭い去り、何の問題もないと言いたげにこちらを見つめた。
詮索は不要かと感じたが、ふと、思い出した。
「そういえば、この体は……親子の関係であると聞いたが、どっちが、親なのだ?」
「ええと、この衰えた体の方が……魔族の親です」
その遠慮がちな言葉を聞く。全くと、思わず声を上げてしまった。
「衰えた?彼らのそれでは、そうなのか?
全く……このようなことをするな。と、きつく言われたはずだが?」
「……我々の種族にも誇りはあります。魔族……いえ、彼らに対しての、義理立てもお膳立ても、小さな借りも貸しもあります!だから、こんなことをしたんです。私だって、わたしだって……こ、こん……。……____すいませんでした。もし、気に障ることがあるのなら……あなた様から、我らの主にお願いいたします。」
全く、なぜ、ここまで、頑固なのかと、内心笑みを浮かべる。だが、それは、彼らに対する、彼らなりの想い。それを無下にすることなどできようはずもない。
私の目的は復讐ではあるが、彼らの、ある種の……無垢的、悔恨が残らないようにしようとする駆け引き……それは、ささくれだった私の心すら、慰めようとしている。その所作一つ一つが、私に向けられている。
彼らの、それを見る。私のそれと同じ符号と意味を持つはずのそれは、確かに違いを見せていた。……道理でと、納得する。
「……心中は察します。でも、それでは……」
「うん。貴君らには、いつも心労をかけてしまう。未熟で済まない」
学べることは多い。と、再確認する。
それでも、手を休め、足を止めることはしない。
全てを知り、無垢なる自らを犠牲にするような純粋な願いに……不名誉を押し付け、不義をかせ、自らの欲の為に、最愛とするべき……それを、踏みにじるもの。そう、決めたものに……そのような存在に対し、我々の理により……魔に堕ちきったかつての隣人に対して、正義の鉄槌を下す。
そう決めたその日から、私の心は、成すべきことを成す。そのためだけ存在し続けている。
そして、その時は、確かに近づいてきている。
もう、止まれるわけなどないのだから。




