第二三話
暗い部屋の中、足音が近づいてくる。ドアが開いて、わずかな光が部屋に入ってくる。
誰かが入ってくる。懐かしくて優しい足音。ゆっくりと近づいて、そっと頭を撫でて。その感触でわかる。
お姉さまだ。
「リスティル、おはよう。今日は、外はとってもきれいに晴れていたわ。ほら。」
カモミールで作った小さな花の輪が、目の前をふわふわと飛ぶ。それを視線で追いながら、わたしは、暗くてよく見えないけど姉様の顔を見る。
どんな表情を浮かべているのかわからない。
けれど……すごく幸せな気持ち。
「お話……読んであげるね」
うんうん、と首を縦に振って、お願いする。大好きなお話。姉様が読んでくれると、とっても嬉しい。
統一王の娘の話
統一王には娘が一人いて、その娘を統一王はとてもかわいがっていました。
娘は美しく育ち、そして、恋をしたのです。
その恋は、許されないものでしたが、統一王は、娘を応援することにしました。
統一王とその娘は、試練を乗り越えて、終に、その恋が実る時がやってきました。
1000の御使いが祝福に訪れ、統一王の呼びかけで、その中の一人が進み出ました。
統一王は、大きな祝福の後に、娘を追放しました。
以来、追放された統一王の娘は、幸せにしていると伝えられています。
あらすじなら、全部覚えてしまっているけど、わたしはこの話が好きだった。姉さまの独特なイントネーションをもった声が耳朶を打つ。
「リスティル、嬉しいのね」
私の様子をみた、お姉さまが、そっと頭を撫でる。
「お姉さま、大好き」
私の声が伝わったのかはわからない。けれども、姉さまは泣いている。とっても美しい顔を歪めて静かに泣いている。
わたしにはそれがわかる。
「じゃあね、リスティル。また来るわ」
そういうと、お姉さまはそっと立ち上がる。足音が遠くなり、やがて、ドアの閉まる音。部屋が真っ暗になる。
私は目と閉じてお姉さまのことを想う。
「お嬢様!」
高く昇った陽の光が、私の目に注ぎ込まれている。マリーの声。どうやら寝過ごしてしまったらしい。
「ベルグランデ様が御戻りですよ」
お姉さまが?
わたしは、ベッドから跳ね起きる。全身に包帯が残っている。
「全く。しょうがないですね」
黄色と、赤で汚れた乾いた包帯がマリーの手で取り除かれる。足元を見るとワンピースを着ている。どうやら着たまま眠ってしまったらしい。
「良く似合っておりますよ。お嬢様」
マリーは、いつの間にか山ほどの包帯と、貫頭衣のような形状の服を持っていた。
とっても、不思議な光景
「リスティル様の準備が終わりました」
そう、マリーが外に出て、誰かと話している。ドアが開く。
「では、リスティルお嬢様、参りましょうか?」
お父様の執事で、私の教師でもあるペリアールが、わたしを先導して歩き始めた。屋敷の中をわたしは、物珍し気に見回しながら歩く。
「あ、お兄様」
視線の先に、ジェファス兄さんの姿を見つけた。
「リスティル?」
その顔に一瞬困惑が広がったが、次に見えたのは安堵の表情だった。
「お姉さまは?」
そう問いかけると、視線を重厚なドアの方へ向けた。始めて来た……お父様の執務室だ。
「では、失礼いたします」
ペリアールが、ノックの後に、部屋の中に消えた。
「そう言えば、リスティルは、命名式でどんな名前をもらったのかな?何だったかな?」
「え?わたしの名前?私は、リスティル・フィリア・フォーディンだよ」
ドアが開く音。大きな音に私は、驚いて、ジュフェス兄さまの後ろに隠れる。そして、その視線の先に……
「リスティル。ただいま」
お姉さまがいた。微笑んでいる。ロッカス父様と、リディア母様も、わたしの顔を見て少し驚いたような表情を浮かべたけど、すぐにその表情は消えて、うれしそうな表情を浮かべた。