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リディア視点 4

「ねえ、アーサー。さっきの話は本当なのですか?」


「ええ、本当のことです。ベルグランデが、言っていたことが正しかったということです……神秘主義に傾倒しているなど思わずに……もっと信じればよかった」


 アーサーの苦悩を纏わせた声に、わたしも、つい、俯いてしまう。



 ついさっき交わした短い会話が思い出される。


「ベルグランデは言っていました。ダンジョンと呼ばれるものが、聖都のみではなく、こちら側にも存在していると。」


「ダンジョン?」


 アーサーは、わずかに頷き、手にある紅い結晶を見た。


「これは、生身でもそれに入るための鍵、そして、やがて役目を果たすものだと言われています」


「……ベルグランデは、なんでそんなものをあなたに?」


 それには、応えず、アーサーは、まるで勝手知っているかのように広い屋敷の中をずかずかと歩いていく。


 私はその背中を追うことしかできなかった。




 今も、それしかできていない。ただ、後ろについて、愛娘が待つ部屋に向かうしかないその無力さに、内心は打ちひしがれそうになる。しかし、それでも、私は部隊の長である。そのようなそぶりを見せずに、歩いていく。やがて、アーサーは、一つの部屋の前で立ち止まる。


「アーサー、ここは物置よ。違うわ」


「いや、ここだ。少し待っておこう」



 その瞬間だった。私の耳目にも確かに感じられた。大勢の人の声、そして、足音。そして、



「じゃあ、戻ってこれたし。行こうか」



 リスティルの声。


 ゆっくりと扉が開き、その目が、驚きに見開かれるのを。




 室内から出てきたのは、4人だった。


「リスティル。これは」


「ええと、お母様。お気になさらないでください。久しぶりにここに来たので、探検なんてしました」


 リスティルが、笑みを浮かべて、自信たっぷりに、そういい放つ。それを、不安げに見ている隣の女性……何故か見覚えのあるその顔に、私は困惑した。



 ラグルス?



 4位の侯爵家で将来を嘱望された若者だった。だが、先の戦争に参加し、その命を散らしたとその家の夫人から、聞いたときには、この世とは、なんと無情なものであるかと涙したものだった。


 彼とは何度かしか会ったことはない。しかし、その顔はよく知っていた。




 しかしなぜだろうか、昨晩も今朝も会っていたはず。ならば、彼によく似ているとわかりそうなものなのに。


 その様子に気が付いたのか、アーサーは、しばし、ラグルスを観察し、そして、きっと睨みつけた。



 その視線の変化に気が付いたのだろう、ラグルスはゆっくりとアーサーに向き直った。


「何か御用ですか?」


 にこやかに、微笑みを浮かべている。つい、振り返ってしまう、中性的な美しい顔がそこにあった。


 ラグルスではない?他人の空似。


 そう思う。そう思いほっと、緊張を解く。後ろで、リスティルが、アーサーを見て、驚いた表情を浮かべている。

 久しぶりにあった姉の夫なのだ。夕食の時に話を聞くついで、きちんと彼のことも紹介しないといけないそう思い、口を開こうとした。



「ここで何をやっているんですか?」


 アーサーの口から出たのは、剣呑な言葉だった。手の赤い結晶をその女性に向けている。


「何をって?……それは、人に物を聞く態度ではないですわね」


 その女性は、笑みを崩さずに、アーサーを見つめている。アーサーは、その様子を見て、更に歯を食いしばる。端正な顔が、ぎりっと音がするのではないかと思うくらいに歪んだ。


「それに、わたくし、躊躇なく剣を向けてくるような人とはお話をしないことにしていますの。その剣は、向けるべき時に向けるべき対象へ向けるべきですわ」


「知ったような口を……お前がいなくなったことで、イマシーナ家にどれほどの悲しみが溢れたのか知っているのか?」



 その言葉が聞こえたとき、その女性の顔にほんのわずかに後悔にも似た影が降りたのを私は見た。

 そんなことがあるのだろうかと、その女性を再び見る。この女性は、本当にラグルスなのだろうか?



 女性がすっと目を閉じたをの感じた。薄暗い廊下の中、赤い結晶から出る光以外には光源はなく、リスティルたちがどこにいるのかはわからない。



 しばし、その間に緊張に似た沈黙が流れた。再び、女性が目を開く。


「答えてくれないか?」


 アーサーが沈黙を破った。女性が、アーサーから視線を逸らしたのを感じる。


「……今のわたしは、ラーズという名前があります」


 ようやく振り絞るようにして出た、ラーズの言葉に、アーサーは、相手に向けていた結晶をゆっくりと降ろし、腰のポーチにしまう。


「ラーズ……そうか、ラーズね。人違いだったらしい。すまない。」


 興味がなくなったように、アーサーは、薄暗い中、灯を探している。もう、だいぶ暗くなっている。私は、急ぎランタンに火をつけようとした時だった。



「ほのかな灯よ、灯れ」



 魔術言語を唱える女性の声が聞こえ、ほのかな灯が、足元に灯った。ラーズの前に一組の男女が進み出る。獣人と魔術師であることがわかる大きな杖を持った女性。たしか、ロアとオリビアだっただろうか?


「もしかして、私達がいること忘れられていた?」


「全くだ。ラーズの知り合いで、話が長くなるのは仕方ないが、これは困りものだな。そう思わないか?」


 その声に、アーサーは苦笑を浮かべ、ああそうだなと、言うと首を振り、私と視線を交わし頷く。


 ここは、頼むということね。


 その意図を判断した私は、そのまま、アーサーの前に進み出る。その瞬間だった。



 私以外が見えない場所、リスティルがいるはずの暗がりに、人のような赤い何かがわずかに蠢いた。それは、私に気が付かれたというようにわずかに震え、ラーズの後ろに隠れる。



「リスティル?」


「何ですか、お母様?」


 一瞬の光景に、驚き私は愛娘の名前を呼ぶ。返答の声は、少し意外なところから聞こえた。


 後ろ。


 いつの間にすれ違ったのか、振り返ると、リスティルは、懐かしむように、廊下を歩いていた。


「リスティル……」


「ごめんなさい。なんだか、懐かしかったから。つい」


 その言葉に、懐柔されたように、私は、ほっと息を吐いた。全くこの子は、小さいときから変わらない。でも、そう言うところがあるのも、私の娘のかわいいところである。



 私はそのままに振り返る。そこには、リスティルを含む全員がそろっている。


「では、皆さん、全員いらっしゃるようですね。簡易なものですが、食事を用意しました。これまでのことを含めて、いろいろとお話を聞きたいと思います。行きましょうか」


 視界にある全員が頷き、私の後に続いて、歩哨がところどころに立っている廊下を歩き始めた。

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