第一六話
扉の先では、ラーズがまるでわたしを待っていたかのように、一人扉に注目していて、他のみんなは、椅子に掛けて、緊張した面持ちで、座っていた。
「みな、そろったようだな。」
ふと、部屋の中を見ると、私たちのほかに、ブリーヤードさん、そして、その横に、肌の色が褐色で長身の見たことのない女性が一人立っている。
「あら、カルーナ?遅かったわね?」
その女性は、書類に目を通しながら、カルーナをじっと見ていた。
「あの、これは、」
「いえ、ナラージャ姉様、主賓の案内を仰せつかっておりましたので、少し遅れました」
「ならば仕方ないわね」
ナラージャが、再び、資料に目を落す。
「では、リスティル様、そちらの席にどうぞ」
「あ、はい。……えっ?」
礼儀作法に疎い私だが、示された席を見て、動揺してしまう。その席は、このパーティ内では、明らかに上座の席だった。一瞬みんなに視線を送る。オリビアは、その事には特に興味もなさそうに、自分の手帳に目を落している。ロンディスとロアは、話が始まるのをただ待っているようだった。
マリベルだけが、父親の決定に、一瞬驚いたように目を見開いたようには見えたものの、それに異議を挟むようなこともなく、頷くような仕草を見せた。
わたしは、居心地の悪さを感じながら、皆の後ろを進み、カルーナが引いてくれた椅子に座った。
「さて、全員そろったところで……」
「すまないが、もう2人入れていいか?」
今まで黙っていたラーズが、口をはさんだ。2人?そういえば……
わたしは、部屋の中を見回す。バンディーラ様と、あのミラっていう人がいない。
「こちらに異議はありません。そちらの、言う通りにしましょう」
「ご協力、感謝いたします」
入口に待機していたラーズが、扉に近づき、その扉を、一息に思いっきり引いた。
手旗を持った。小さな人影が、勢いそのままに顔から絨毯に突っ込んだ。
その後ろから、困ったような顔をして、見知った顔が現れた。
「バンディーラ様……」
「ええと、リスティル」
「こいつに、様付けはいらないよ」
「ちょっと、もう少し年長者を敬ったらどうです?四代目!」
「聞こえないですし、知らないですね。」
「まあ、落ち着いてくれると嬉しいかな。それに、屋敷の主に、挨拶くらいしたら?」
ラーズが苦笑いを浮かべている。いつもの光景だ。
「いえ、こちらが挨拶する番ですから。起源様、四代目様。ご来訪を、心よりお慶び申し上げます。」
「いえ、これも果たすべき義務であり、必要なことでしたから」
「今回は、問題が起きていたから、バンディーラを連れてきただけだ。少しでも貴公らの献身が、届くように勤めよう」
ブリーヤードさんが立ち上がり、バンディーラ様の下に向かう。バンディーラ様は、さっき聞こえた冷たい声とは打って変わって、いつもの声になっていた。まずは、その事にほっとする。
ただ、驚きの声こそあげなかったものの、明らかにマリベルとオリビアは、今起きたことを不信に満ちた目で見ていた。
そのまま、ミラはラーズの横に、そして、わたしの横にはバンディーラ様が新たに用意された椅子に座った。わたしは気を取り直して、目の前の資料に向き合うことにした。
「では、私どもの収集した情報を、そちらに提供いたします。お目通しください」
右手で、資料の表紙を掴んだまま、ほんのわずかにためらう。
「どうしたの?リスティル?」
「いえ、何でもないです」
表題 ノルディック侯国の事件について……
『ノルディック侯国で起きている一連の事件について』によく似ている
きっと、わたしは否定してもらいたいと思っている。
昨日見た映像が、頭によみがえってくる。半分以上は信じられなかった。それでも、ベルグランデ姉様が集めた画像だからと、読み漁った。
「早く見た方がいいわ。そのほうがいい」
すでに資料に目を通し終えて、わたしを観察しているような、マリベルさんに、優しい声で言われる。ここには、昨日見たことをひっくり返すような新しい事実が書いてあるのだろうか?それとも、昨日の情報を補完するようなことが書いてあるのだろうか?
横にいる、バンディーラ様は、何も言わない。ただ、興味深そうに、わたしの顔を覗き込んで来るだけだった。ただ、明らかに、急かされているような気がした。
ただの紙を捲ることにこんなに力を使うことも、こんなに集中することもなかっただろう。そのページは、鉛でできているかのように、重く感じた。
「……やっぱり……」
捲ったページには、結論が書いてあった。この事件の主犯……ベルグランデ姉様に罪を着せたのは……
「お父様、お兄様」
本当ならば、一番信用しないといけない相手だった。
「しかし、国外逃亡したはずでは?」
ロアが、疑問を投げかける。確かに言うとおりだ。マリベルの話では、この二人は、すでに国外に逃亡、または死亡している可能性が高いとされている。
確かにその通りだと思いながら、次のページを捲った瞬間に聞こえてきたのは、不思議な声だった。
「ねえ、ミラ。ベルグランデの持っている、『聖王殺しの直剣』は、ベルグランデ本人が持っているのかしら?」
聖王殺し?カリバーン?わたしは、聞きなれない言葉が聞こえて、思わず、ラーズを見つめた。そう言えばさっきも、起源様とか、四代目様っていう言葉が聞こえたけどこれってどういうこと?
「ああ、それなら、使用できる人に渡してあるみたいだ。全く、6代目と7代目の所在が明らかじゃないのに、……今使用が確認された。全く無駄遣いして……」
「昨日の夜のうちに、擬装しておいてよかったよ。ベルグランデの端末が起動したら、いろいろと、ベルグランデがうるさいからな」
わたしは、そっと盗み聞きしながら、資料に目を通していく。昨日知っている情報以上のことは、特に書いていないようだ。
ラーズをそっと覗き見るが、真面目に資料を読んでいるようにしか見えなかった。その口は全く動いていない。
「は~あ、早く帰りたいな。そろそろ贄のみんなも、本来の目的に気が付いているころだと思うんだけど。あ!あと、もしかしたら今の聖王が何かイベント考えていたりして。無駄な努力ってはたから見ているとすごく楽しんだよね」
「あれを無駄な努力というのはお前たちくらいのものだ」
「ええ?そう?みんな楽しみながら、最高のお楽しみじゃない。あの、馬鹿みたいに真面目で不干渉なアーガイル旅団や、無駄な努力しかしていないくせに偉そうなフォビア旅団に比べたら、きちんと人間への生贄を提供してくれる、そう言うところに労力は割かないと。ええと、スペーサー旅団やその他……今回はフラジャイル旅団だったよね?
聖王廟に籠っている、聖王連中に比べてば私優しいし。ねえ、そう思わないバンディーラ様」
「……ええ、そうね。このトラブルが解決したら、今回の巡礼も無事に終わりそうね。結構時間がかかったし、トラブルも多かったわ。全く、これを含めて、みな、余計なことを考えすぎなのよ。皆が共通見解を持っている以上はある程度、足元見て簡単に済ませてもいい程度のできなのに。そう思わない、四代目」
「わたしも同じ意見ですよ。あなた様の、努力にはいつも頭が下がる想いです」
「リスティル?」
ふと、我に返る。目の前には、バンディーラ様の顔があった。心配そうに覗き込んでいる。
「いえ、何でもありません。バンディーラ様」
「リスティル。様はいらないわ」
いつもの声に、わたしは、ほっとして、資料に集中する。その間も、会話は聞こえてくるけど、内容は、わたしが理解できるものではなかった。