第一四話
ブリーヤードとラーズの案内で、石舞台の場所から、移動する。しばらく石造りの螺旋階段を昇っていき、やがて、地上に出た。
「……あれ?」
見覚えのある場所だった。いや、違う。わたしはここに来た記憶はないけど、既視感を強く感じる。なんでだろうと、考えてみるが、わたしだけで答えが出るわけもなかった。
ただ、答えは、隣にいた人が出してくれた。
「この場所は、『神坐す立抗』にそっくりだな。全く、縁起が悪い」
ああ、そうだと、ロアの言葉に、納得した。今上がってきた背塔螺旋の隣に非常によく似た建物がある。おそらくあの扉の奥にも、同じような、螺旋階段があるのだろう。本当によく似ているなと、感心していると、
「リスティル。こっちに来てくれない?」
オリビアの呼ぶ声が聞こえた。わたしは、それ以上、この不思議な建物について、考え込むのはやめにして、オリビアの方へと走っていた。
そう言えば、バンディーラ様の姿が見えないと思い、辺りをそっと見まわす。確かに、階段を昇るときまでは一緒だったはずなのに……そう思って、荷物のポケットから出ている人形に、そっと、蓋をかぶせた。
そこには、三台の豪華な馬車が、私たちの到着を待っていた。
「では、私どもの屋敷へご案内いたします。」
そうブリーヤードさんがいうと、馬車に乗る人が割り当てされた。
ラーズさんとブリーヤードさんが同じ馬車で、残りを男性陣と女性陣ということになった。
御者の人の案内で、馬車に乗り込む。ふとその視界の端、馬車に、星をかたどった旗があることに気が付いた。バンディーラ様の旗によく似ていると思ったけど、それを口に出すことはなかった。
馬車は、一時間も走ると、目的地に着いたようだった。馬車の中では、他愛のないおしゃべりに精を出していたが、改めて、オリビアが芸術家肌で、マリベルが学者肌の人間なんだなとしみじみと思った。
この二人も、恋バナをするのかなと思った、自分の浅はかさを少し悔いた一時間だった。まあ、わたしの頭では全くついていくこともできないような、濃度の高い話だった。
それを聞きながら、ふと思い出したのは、ベルグランデ姉さまも、そうだったということだった。
そんなことを考えていると、馬車が止まる感じがあって、やがて、扉が開かれた。
「うん?」
御者の人が、首を傾げた。
「どうしたのですか?」
「いや、乗ったときと人数が違うと思ってね。確か四人乗ったはずだったんだが」
「四人?」
「ああ、まあ、見間違いだったのかな?まあいい、到着した。どうぞ」
御者の人が、足置きを設置して、下車を促す。私たちは、ゆっくりとその馬車から降りていく。
ふと、他の馬車に目を向けると、男性陣の馬車は問題なかったみたいだったが、ラーズたちの馬車で、ブリーヤードさんと、御者の人が、何か言いあっているのが聞こえた。
「しかし、旦那、あっしは、確かに見たんです。旦那と、あの長身の女性と少年が一緒に馬車に乗り込むのを。でも、降りるときには、旦那と女性だけで、あの少年は……」
「ウォルマー、今日起こることは、全て忘れるんだ。わかったな」
どういうことなのだろうかと、まじまじと見ている私の視線に気が付いたのだろうか、ブリーヤードさんは、少しこちらに視線を向けた。そこには、何とも読みがたい感情が宿っているような気がした。
大きな門が開けられて、私たちは、エントランスに通された。
「流石、商人連合国家の第四位『夢見る光龍』立派なエントランスね」
「お褒めにいただき光栄でございます。さて、皆さまの時間が押していることは私どもも十分に承知しております。あれから、半年の間、調査を続けてきましたので、是非にその成果を確認していいただきたく思います」
ブリーヤードさんの声を聴きながら、わたしは、ふと、壁にかかっている絵が気になっていた。
獅子が、羊を腹に抱いて、こちらを見ている絵だった。羊の耳が少し欠けていて、頸に、金環が施されているのを見ると、生贄にされたものだというのがわかるけど、何の絵なのだろう。その様子に気が付いたのだろうか、一人の女性が、わたしの下に歩いてきた。
「あら、あの絵が気になるのかしら?」
「え?あ、はい」
綺麗な人。どことなくマリベルに似ている。その人に気が付いたようにマリベルも、こちらに向かってくる。
「カルーナ?」
「マリベル姉様、お久しぶりです。巡礼から一時戻られたと聞きまして、一目見ようと、馳せ参じました。」
姉妹の会話としては、冷たいような気がしたけど、マリベルはそれ以上何も言わずに、みんなのところに帰っていく。ただ、すごくうれしそうだった。
「ああ、お待たせしました。」
「ええと、いえいいんですか?」
思わず、問いかけるが、私の質問にカルーナは、答えそうになかった。仕方ないと思って、それ以上の追及は止めることにした。
「ふふ、疑問に感じていただいて幸いですが、わたしと、マリベル姉様は、ちょっと仲が悪いのです。まあ、方向性の問題と言ったくらいですが。」
「方向性ですか?」
「ふふ、家族以外にはあまり関係のない話なのです。さて、こちらの絵でしたね」
はぐらかされたと思ったけど、家族の問題ならば、仕方がないと思った。
「これは、『捕食者の慈愛』という題の作品ですわ」
「『捕食者の慈愛』?」
「ええ、自らよりも遥かに上位にあるものに、慈悲の心が生れることがあるのか……それが、自らの空腹を満たすように用意された者であったとしても。そんなことがあるのかと、問いかける絵ですわ」
「不思議な絵ですね」
わたしは、ただ、その絵に見入っていた。なぜか、それが、バンディーラ様とわたしに置き換えられているような気がした。
わたしがあの羊で、バンディーラ様があの獅子。
そんなはずはない。そんなはずはない。と、
頭に浮かんだよくない妄想を振り払おうとした。




