第一一話
これからのことで、盛り上がった朝食の後、みんなで、ベルグランデ姉様の部屋へと入る。
わたしは、これだけの大人数で移動しているにもかかわらず、屋敷の中で誰ともすれ違わなかったことがとても不安だった。けれども、隣のバンディーラ様に心配を掛ける分けに行かないから、口や態度に出さないように気を付けた。でも、結局はバレてしまうものらしい。
「リスティル、何か困っていることがあるの?」
「バンディーラ様、……いえ、何もありません。大丈夫です」
「様、なんていらないわ!リスティル」
いつもの様子で、笑みを返してくれるバンディーラ様。わたしは、その声に不安が消えていくのを感じた。
昨日も入った部屋。ラーズが鍵を回すと、昨日の記憶が嘘のように、素直に扉は開き、部屋の中にわたしたちを招き入れた。
「あの、バンディーラ様……」
聖王巡礼路はどこにと言いかけたとき、部屋の中に強烈な違和感を感じた。でも、何も変わっていない。すべてが昨日の記憶に家具も、ベッドも、本棚の本もその通りに並んでいる。でも、何かが違う。
「ここが、ベルグランデの部屋?」
オリビアの声が遠くに聞こえた。違うといいたかったけど、声は出なかった。昨日の生気すら感じる部屋に比べて、この部屋は死んでいるようだったが、それを他人に行ってもわかるだろうか?わたしも、わからないのに……。
「よく整理されているな」
「実はね」
バンディーラ様が、私のそばから離れた。その時だった。
「リスティル、何か不安があるの?」
「ええと、ラーズ」
ラーズの声に、わたしは、静かに頷いた。目の前には、何かいろいろなことを、オリビアに説明している、バンディーラ様がいた。
今ならば、気付かれないかもしれない。
「ラーズ、この部屋は、本当にお姉さまの部屋なの?」
心の奥底にあった、小さな疑問を、ラーズにぶつける。ラーズは、驚いたような表情をうかべて、その上で、小さく目を閉じた。
それだけでわかってしまう。ここは、昨日の、お姉さまの部屋じゃない。でも、なんで?どうして、こんなことをする必要があるの?……わからない。
「そこに気が付くなんて……さすがね。リスティル、これ。昨日の夜の内に取ってきた。」
そっと、ラーズが、小さな紙の包みをわたしの胸に押し付けた。持ってみると、小さな包みながらも、ずっしりと重い。
「あなたが、ベルグランデを忘れていないのならば、それを使えるはず。ベルグランデも、きっと使ってほしいと思っている」
そっと、紙の包みの中を覗く。私の使っている。軽量制式拳銃用のアタッチメント、ロングバレルと銃床だった。それぞれに、ベルグランデ姉さまの、魔術式が掘り込まれている。
「どうしてこれを?」
今渡すのかと、聞こうとしたけど、ラーズは、わたしから目を逸らしてしまう。でも、決して無視しようとかそう言うのを考えているわけじゃないと、それは、わかる。
「……悪いけど、今はそれ以上のものは渡すことができないし、その言葉に答えることもできないの。ごめんね」
「ううん、ありがとう。」
『力はね、たくさん持っていてもいいのよ。でもね、正しく、自分が正しいと信じたときに使いなさい。むやみに力を振りかざしてはダメ。そんなことをしたら、力は、自分に跳ね返ってくる。そうなったら、誰もあなたを助けてくれない』
始めて、銃を握らせてもらった時にベルグランデ姉様に言われた言葉が、ふと思い出される。手に持った包みを何故か皆にばれないように、そっと、バッグの中に入れる。
そのわずかな間にも、バンディーラ様に言われて、ロンディスとロアが、本棚をずらしていく。その先には、鉄でできた扉があった。
昨日のセーフルームってバンディーラ様が、言っていた場所だ。でも、昨日はあの聖域深部のような赤い光が中から、出ていたはず。
「開くぞ!」
ロンディスが、その部屋の扉を掴み、重そうに開いた。その先には、昨日見たような工房ではなくて、小さな部屋の中に、10人くらいが、上に乗れそうな、石舞台が、設置してあるだけだった。
「これが?」
「そう、これが、ベルグランデが用意した聖王巡礼路。さあ、行きましょう」
バンディーラ様の声にみんなが、少しの間、顔を見合わせて、賛同と決意を込めて頷いた。