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第一〇話

「今日から、裁判の前日まで、ここで過ごしてもらうよ。こっちは特に干渉しないけど、そちらの協力も不要だからね」


 朝食の時だった。みんなが揃った時に不意に、リディア母様の口から言葉が告げられた。


「どういうことですか?」


 半分は予想していたのだろうか?オリビアが、そう驚いた様子もなく、ただ問いかけた。


「王都の宮廷魔術師に、王の盾、商人連合最大ギルドの一つ『夢見る光龍』、そして、獣人国家の勇者隊。肩書は立派だし、きっと、それでつかめるものもあるだろうが、もう、そう言う時期でもないのだよ」


 リディア母様は、そう言うと、ふぅっとため息をついた。きっと、いろいろなことを昨日の夜遅くまで話し合っていたのだと思う。


「あなたたちが、その力を利用して、動こうとすればするほど、がんじがらめになっていくんだ。どうやって入国したのかとか、何をしようとしているのかとか、みな、不安に思っているからね」


「そんな、私たちは」


「あなたたちの気持ちはとてもうれしいけど、これは、私たちの問題でもあるからね。ただ、リスティルは、いろいろあったけど、ここでの立場はしっかりしているから、ある程度の自由は認めるつもりだよ」


 その声に、みんなが押し黙る。言っていることが正論だとわかっているから、反論が飛び出ることはなかった。

 不意に、ドアが開いて、入室してくる男がいた。男が耳元に何かを呟くと、リディア母様の表情が、ほんのわずかな間だけ、険しくなった。

 それを、私たちに気付かれないように、あっという間に微笑みの仮面を取り付ける。


「ささ、話が長くなったね。食べておくれ。食料は、3日に一回は運ばせるから、気にせず使っておくれよ。私は少し用事が入ったから、これで失礼するね」


 

 男に先導されて、リディア母様は出ていく。その場には、わたしたちが残った。



「さて、どう思いました?」


 オリビアが、マリベルに目配せをする。


「ええ、おそらく、まだ、証拠となりうるものを、十分に集めて切れていないのでは、ないかと思いました。それでなければ、リスティルを自由にするなどということをいうはずはないですから」


 二人の会話に、わたしはただ驚いた。あの短い話から、これだけのことを推理したのだ。


「十分に証拠がそろっていれば、ああいう言葉は使わないと思います。つまり……」


「できるだけ自分たちの作戦に対する不確定要素をなくしようとする。それ以上のことが思いつかないということか」


 ロアの声に、マリベルは、静かに頷く。


「下手したら、証拠集めがうまくいっていなくて、奪還作戦に移行している可能性はあるな」


「だ、奪還?」


「簡単に言えば裁判所の襲撃を計画している可能性があるということよ。まあ、成功する確率は限りなく低いのだけどね」


 ロアの声と、マリベルの声に、わたしは驚きを隠せないでいた。

 裁判所襲撃は、とてもじゃないけど、無謀な話だ。裁判中は、防衛用の儀式魔法が使われる。その上で、逃亡や抵抗ができないように、幾重にも強力な防衛線が銃士隊によって張られる。

 無策にいや、策があっても無理なものは無理だろう。


 どうすることもできないのだろうかと思い、口を開こうとしたその時だった。


「あ、お待たせ!いや~、遅くなって、ごめん」


 ラーズが、食堂に入ってきた。ところどころに、絆創膏や包帯があって、昨晩何かがあったことを伺わせた。


「ラーズ、遅いよ」


「いや、わるい。ちょっと、みんなの寝起きが悪くてね。起こしてたら時間がかかった。」


 見知った顔がと、まだ、あまりよく知らない顔が入ってきた。


「バンディーラ様……」


「様はいらないわ。リスティル。久しぶりに、柔らかいベッドで寝たから、気持ちよかったわ」


「そうか?我らは、いつものように固い床に寝ていたが?」


 そのあまり知らない顔の少年は、バンディーラ様に抗議するように、口を出した。


「そう?ベッドで、ラーズと一緒に寝ていたから嫉妬した?」


「そんなわけないだろう?ボケたのか?いや失礼、最初から、産廃だったな。」


 不穏な空気が流れ始めたのを見て、私は、その場に割って入ったほうがいいのではないかと思った。


「相変わらず、バンディーラと、ミラは、仲がいいな」


 ロンディスの気楽そうな声に、遮られた。


「そうですか?お気楽で、なんも考えていないバンディーラ様には、いつも楽しませてもらっています」


「ええ、いうこと聞かない、下請けは、もう一回テストしてあげてもいいわ。久しぶりにちょっと、破砕テストしてみたかったの。じゃあ、耐久試験と洒落込みましょう」


 二人の間に不穏な空気が流れ始めた。私が、淡淡としていると、マリベルが、嬉しそうに微笑んだ。


「昨日から心配していたのですよ。集合場所に現れないって。でも、就寝前にようやく合流できたみたいで良かったですわ。たしか、リスティルに会ってから来たんでしたよね?」


 マリベルのずれた発言で、二人を取り巻く温度が、明らかに下がったのを感じた。二人が、朝っぱらから、喧嘩にならなくてほっとした。



 そう、たしかに、わたしは、ほっとした。




 でも、どこかで、ほっとしてはいけないと声がしている。現に、頭の中は、疑問でいっぱいだった。


 


 寝る前に、二人に会いに行った?そんなことあるはずがない。わたしは、自慢じゃないけど、時間を図ることには自信がある。昨日、私が端末に突っ伏したのは、すでに、翌朝という時間に入っていた。



『まあ、今となっては、リスティルは、私のものでもあるけど』


『な、ダメです!リスティルは私のものです。それは譲れません!』



 その時に、誰かと、バンディーラ様が、何かで言い争う言葉を聞いた。あれが夢なんて思うことはできない。


「昨日……」


「昨日は、ミラとバンディーラの喧嘩で大変だったな。全く、2人とも、ベルグランデを助けるすべが見つかったからと言って、歓びすぎだよ。隣で疲れて寝ているリスティルのことも考えてあげなよ」


「……え?」


 ラーズが差し込んだ言葉に、わたしは、抗議の言葉をしようとしたが、続いて出た言葉にその言葉は、生れ出ることも許されず、ただの吐息に変わった。


「本当なのラーズ?」


「当然だ、なぜならば私は、西の果ての魔王だからな!」


 本人は、決まったと思っているに違いないが、マリベルは、それに疑問を差し込んだ。


「そうはいっても、組織だった調査でも確認できなかった事象です。なぜ、それがわかったのですか?不思議です」


 マリベルは、ジト目にラーズを見る。ラーズはその目に全く怯えずに、平然と言葉を出していく。


「以前から、私たちもベルグランデの救出のために動いていたんだよ。当然、こちらにも協力者がいるが、その協力者から、昨日連絡があって、情報交換を行った。その時に、情報をもらい、今日是非にでも会いたいと言われた。ただ、条件があると言われたのだ。」


「条件?」


 ロアが、不思議そうに、ラーズの視線を追う。その先には、マリベルの姿があった。


「そう、条件というのは、マリベル、貴女を協力者に会わせること。それが、協力者が示した条件なの」


 ラーズの芝居じみた行動を見ていると、わたしは、さっきの言葉を発するタイミングが、完全に逸してしまったことがわかった。つい最近こんなことがあったような気がする。




 ダメだ……思い出せない。


「リスティル、それでいいの?」


 ふと、目に星の輝きが飛び込んでくる。頭にかかったモヤは晴れていないけど、わたしは……心配させたくないと思って、頷いた。


 バンディーラ様は、心配そうにわたしを見つめていたが、ほっとした様子だった。それを見て、私も安堵する。そうだ。わたしは、バンディーラ様のパーティメンバー。そうだった。


「じゃあ、行こう。その人たちに会いに」


「バンディーラ、今日はどこまで行くの?」


「商人連合国家群に、行くわよ!ベルグランデを助けないと!!」


 バンディーラ様が、旗を頭上に掲げて、おーっ!とかわいい声で、気勢を上げた。その背中を、見ているだけで、きっと今日は昨日よりも希望に満ちている。そう確信するだけの意味がある……そう言う光景だった。


 ただ、一人だけ違っていた。オリビアもロンディスもマリベルもロアも手を上げている中、ただ、ラーズだけが、冷静にその光景を見つめていた。


 悲しさと、憤りの混じった視線が、みんなに注がれていたが、その視線がわたしを捕らえて、ほんのわずかに、そうではない感情の色が混じった。それも一瞬のこと、わたしから、視線を逸らして、そのまま、目を合わせることはなかった。


「ベルグランデが、小さな聖王巡礼路を残してあった。これを使えば、商人連合国家群の核心部、会合場へ向かうことができるはず。さて、急ごう。時間は待ってくれないのだから」


 ミラの声が、食堂に響き、皆が決意に満ちた目で、頷いた。わたしは……わたしは……ただ、驚きと、どう言葉にしていいのかもわからないモヤモヤを解決するすべもなく、その声に従うしかなかった。


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