??? 一日目の夜
リスティルには、端末によりかかりながら寝ている。
そこには、ベルグランデの膝枕の上で寝ているリスティルの写真が、映し出されている。
「ふぅ、いい夢見てね、リスティル」
そう言うと、私は、そのまま、ベルグランデの大事な場所の中を見て回る。本人は、当然のように隠すつもりもなく、本当にいたるところに、リスティルの写真が飾られている。大半が、本人に気が付かれないようにそっと撮ったものみたいだ。
「全く……ベルグランデ。本当に、リスティルが大好きなんだから」
だからこそなのだろう。こんな些末なことが、この繰り返しの運命を変える一因になれたのは。
「なあ、本当にいいのか?あいつに、あなたが、ここにきているって言わなくても」
「ええ、いいの。後でいうつもりだから」
「相変わらずだな……あなたは、というか、たぶんさっきので、相当不安に感じていると思うよ。早く言った方がいいと思うけど」
セーフルームの扉から2つの見知った顔が、部屋に入ってくる。
「仕方ないじゃん。あっちが勝手に接続切ったんだから。」
その声に、呆れたように、美丈夫な魔王は、一瞬ため息を着くと、ガシガシと、少し癖のある髪に包まれた頭を掻く。
「そうだよね。あなたはそうやって、神様気どりするのが好きだものね。ねえ、ノルディック侯国では、どこまで台本書いてるの?そして、どんな困難があってそれを乗り越えさせるつもりなの?」
「あら?私は、すべての人が困難を超えられるように、ただ願っているだけです」
少年が、口を尖らせながら呆れたように反論する。
「いい加減、繰り返しにそろそろ飽きたから、刺激が欲しい。とか言ってるやつと同じものだとは、とても思えないけど
我らのために、がんばってくれた聖王が泣くよ」
そのとげのある声に、むすっと頬をふくらませる。
「初代から、5代目までの聖王は、勝手に泣かせておけばいいです。それから、繰り返しの間も皆が退屈しないように、きちんと工夫しているのですよ……これでも。……あ、その顔信用していなですね。ほんとだよ?」
はいはいといった様子で、二人は、呆れた表情のまま、リスティルを見ている。
「全く。こっちはこっちで、無防備に過ぎる。そういうのは嫌いじゃないけど……ベルグランデが、心配するはずだ。こっちは、聖王遺物たちの罠にどっぷり嵌って、後で軽率な行動を悔いたりしたのに、ベルグランデは、リスティルと一緒に過ごせたこと。はよかったわね。まあ、今となっては、リスティルは、私のものでもあるけど」
「な、ダメです!リスティルは私のものです。これから、お付き合いものするのです。それは譲れません」
目の前で始まったくだらない言い争いを、少年は諦めたように見つめていた。
その二人の手が出そうになっているのを見て、流石にそういうことはしないだろうけど、万が一にでも、巻き添えを食らったら、リスティルがかわいそうだと思い、隣の部屋のソファーに寝かせるために、抱え上げて、一旦セーフルームをこっそりと出ていく。
隣の部屋の大きなソファーに寝かせて、少しだけリスティルの顔を見た。細部は違うけど、多くの部品は、ベルグランデによく似ている。そうしていると、ふと、ベルグランデと交わした会話を思い出す。最終試練の前の試練。その時に交わした言葉。
「我らは、ベルグランデには嫌われていたからな」
思わず、苦笑いがこぼれる。
『そんなことのために、あなたたちは産み出されて、ずっとここで、そんなことをしているのですか?』
『違います!もう、あなたたちは人間ではないです。どんなに人間のふりをしても、かつて人間だった遺物に過ぎないのです!』
『私は、あなたを……あなたたちを認めない。あなたたちの使命とやらを、終わらせる。必ず、終わらせてやる』
思い出しているのか、ただ、履歴の映像を見ているだけなのだろうかと、考えながら、リスティルに、シーツをかぶせると、うんっと少しだけ、身を震わせた。きっと、夢を見ているのだろうか?我らには、願うことも願いを叶えることもできないけど、その心が、せめて、今は安らかであってほしい。
「ベルグランデ。あなたの気持ちがわかる。そして、その言葉はとてもうれしかった。しかし、あの時我らは、強く願ってしまったのだ。ひな鳥が、いつまでもひな鳥であってほしい。と。それは、とても傲慢なものだ。だが、それでもだ。人間であった時から、我らの願いは、今も何一つ変わっていない」
つい、ベルグランデに語り掛けるように、リスティルに話しかけてしまった。どうやら、人間だったころの想いに引きずられてしまったらしい。
おそらくは聞かれてなどいないだろう。
隣のセーフルームからにぎやかな声が聞こえている。全く二人とも……と思い。リスティルが、寝付いたのを見届けて、立ち上がる。
これ以上白熱する前に、止めておいた方がいいだろう。2人の力をぶつけてもらう相手は他にいるし、この国にいる間に、必ず出会う。
外の世界に久しぶりに出て思い出し、そして、改めて刻み込んだ使命。
人間は、どこまでも、業が深いものだ。安寧と平穏という暗闇をいくら与えても、自由や未来という輝にも似た破滅に憧れて、与えられたものをたやすく、いくらでも捨ててしまう。
だが、それでも与えよう。それが我らの願いだから。
人間は再び、あいつらに膝を屈するわけにはいかないのだから。
人間が、人になれれば。もし、そんなことができるのならば、それがもっともよい。
しかし、そうでないのなら、せめて、あいつらに対抗する力が芽生えるまでは。
もし人間の中からそれが、芽生えないのならば、あいつらに、人間のことを諦めさせるまで。
人間は、暗闇の中で、安い欲を与え、争わせよう。安寧に腹を満たさせよう。厳しい使命の声に耳をつぶらせ、ただ、耳障りの良い、声を与え、安堵と平穏の惰眠を与えよう。
人間が生き残るために、そして、すべてに終わりが訪れるときまで人間が生きているために。