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ベルグランデ 1日目の夜

 多くのものに触ることもできなくなった。多くのものを使うことができなくなった。


 これが、聖域帰りの成れの果てというのならば……罪を受けれて、それを罰せられるべきなのだろうか?


 もし、わたしの死が観測されたら、今の私を誰も記憶に留めておくことなんてできないだろう。


 きっと全ての人が、わたしという人間がいたことを、忘れてしまうのだろう。


 それは、怖くなんてない。でも、もしその忘却が、リスティルにまで及ぶのかと思うと……とても怖い。


 リスティルに忘れ去られたくない。リスティルに憶えていてほしい。そう願うことは、私に過ぎた願い。そして、成れの果ては願いを持つことはできない。



 願いを持てるのは、この世界では人間だけ。でも、願いを叶える力は、人ならざる人間には与えられていないのだから。





 これ以上、端末が反応することはなかった。まだ書きたいことはあるのに、まるで、ただ石を触っているかのように、それ以上、頭に浮かんだ言葉が、表示されることはなかった。


「ふぅ……やっぱりこれ以上は、書けないか」


 私は、机に展開してた端末から離れて、うんっと伸びをする。いつしか部屋の中には、月の光が入ってきている。そんなカーテンをただ閉めるということすら、私にはできない。

 きっと、閉まるべき時が来たら閉まってくれるのだろう。

 ベッドに視線を移しても、シーツが捲れている感じもない。まだ、そこに移動する時間でもないようだ。


 定められた手順をふんで、日々が過ぎる。自分のことすら、思い通りにできるのは、ほんのわずかな時間。聖域(いるべき場所)から持ち込んだ物に触れるときだけ。私は、私の意志では、他のことは、何もできない。


 もう、何もすることができない。



 そっと、窓に近づいて、ただ、しばらくぼうっと、月を見上げる。


 聖都あそこでは、偽物の月だったけど、偽物と本物の間にどれだけの差があるのだろうか?そして、私が、今見ている月が、本当に本物の月だと、だれが、観測してくれるのだろうか?


「感傷に浸りすぎかしら?」


 そう思い、そっと窓から離れる。そんな時だった。さっき接続を切ったはずの端末が再度立ち上がる。画面を見て見ると、緊急事態の速報が流れていた。


「緊急事態?でも、一体どこで?」


 端末は、何か所かに別けて配置していて、それぞれが、独立しながらも、各機が連携している。強制的に起動させられたりした場合には、この端末に緊急事態として、通知が来るようになっている。


「別宅の端末が起動している?どういうこと?」


 別宅の端末は、各端末の中でも、最もセキュリティを高く設定していた。まず、通常の方法では部屋に入ることもできない。そして、もし、何らかの方法で、ドアを破壊して入ったとしても、その端末がある場所は、折りたたみ型の聖域ダンジョン(セーフルーム)の中だ。常人が踏み込めるわけもない。さらに、端末を起動できる人も絞ってある。


「まさか、アーサーが?」


 その人の中で、それができそうな人を想う。


「だとしたら、今更遅いわ。あなたには……何もできない」


 ただ、ここからできることは監視することしかできない。謎の侵入者は、しばらくしてから、ようやく、情報を格納しているボックスに手を触れたようだ。


「情報ボックスを開ける人はさらに限られるわ……アーサーじゃなければ、あいつらじゃ無ければいいけど」


 このセキュリティは、あくまでも、私と同等の存在までを対象にしている。もし、聖王や魔王、そして、聖王遺物たちならば、突破は可能だろう。ただ、それゆえに、私よりも上位の存在には、これくらいのセキュリティは、鍵がかかっていないドアが開くように、簡単に突破されてしまうだろう。


 どうか、あいつらではありませんように。祈るように、ただ画面を見つめる。


 ほんのわずかに、端末に触っている。そんな、表示がされる。そして、次の瞬間、表示されたのは。


『相手を上位存在としてみなします。対象に全情報の閲覧を許可』


 私の危惧はどうやら、当たっていたようだ。その侵入者は、たやすく私のセキュリティを突破すると、一番厳重に隠していた『ノルディック侯国で近年起こっている事件に関する統合性』という、情報に触れ、そこの、情報を引き出しているようだった。



 もう、疑いようがない現実を突きつけられた。私の死を待たずして、ロッカスとジェファスが成したんだ。あいつらだ。あいつらが、こっち側に、帰ってきたんだ……



 私は、ターミナルの連携を切り、暗くなったその画面から目を背けた。もしあいつらだとしたら、たとえ、こんな状態じゃなくても、とてもじゃないけど、私一人じゃ太刀打ちできない。そして、太刀打ちできる人たちは、巡礼(大事な時)でみんなここに来ることはない。


「はあ、万事休すか。ごめん、フィルト、ラグルス……わたし、やっぱり、終わりらしい。リスティルごめんなさい。駄目な姉で……せめてあなたに逢いたかった」


 涙を流すことも許されず、私のこころは絶望に染まっていく。


 もうできることなんてない。できることは、祈ることだけ。願いを持つことも叶えることも許されない私のたった一つできること。



「バンディーラ。バンディーラ。リスティルに困難を超える力を与えてください。リスティルを旧き人より、お守りください。私の赦しの代わりに、リスティルを……あなたの庇護にてお守りください」


 バンディーラ……バンディーラ様。あれほどに忌み嫌い、リスティルが出会わないことだけをひたすらに願っていた。こちら側でも、リスティルに会わせないように十分な注意をした。


 リスティルが魅入られないように、巡礼に向かう前に準備もしていた。


 でも、それは無駄だった。



 最後に祈るのが、あなたになんて……私は、なんて愚かだったのだろうか。



 涙が、頬を伝い、床に落ちる。私は、深い後悔を抱えながら、朝までただただ、祈り続けていた。

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