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15:告げるべきは、私じゃない

「本当に申し訳ありませんでした……!」


 アネーシャ様が心底、申し訳なさそうな声で謝罪しながら深く頭を下げている。

 場所はテティス女王と会合していた部屋から移り、別の客間へと移している。アネーシャ様が頭を下げたのは部屋に入ってすぐのことだった。


「とんだ醜態をお見せして、お恥ずかしい限りです……」

「いや、気にしないでくれ。テティス女王も悪戯心はあったかもしれないが、アネーシャ殿のことを思ってのことだと思うのは伝わってきたからな」


 今にも縮こまったまま消えてしまいそうなアネーシャ様に慰めの言葉をかけるのはベリアス殿下だ。

 しこたまアネーシャ様に怒られたテティス女王が涙目でお開きを宣言して、会合は終わりを告げたのだけど、その余韻は今でも残ってしまっているのだろう。


「本当にあの子ったら……相変わらず建前の中に本音を隠すのが上手で、何度も騒ぎを起こしていたのです……」

「そうなのか……心中、お察しする」

「……ただ、本人も言っていた通りですが、私たち姉妹の中で最も女王に向いていたのはあの子で間違いないです。時折、こうした騒ぎを起こしますが、時と場所は弁えていますので。次の会合では大公も同席しますので、このような事は起きないと思います」

「いや、そこまで謝られなくても気分を害したなどの事もない。本当に気にしないでくれ」

「で、ですけど……その……あぁ、もう! あの子ったら私の嫁ぎ先だなんて気を回さなくても良いのに……!」


 顔を真っ赤にして両手で覆ってしまったアネーシャ様にベリアス殿下はとても気まずそうな表情になっている。

 話を聞き流そうにも立場上、それが出来ないラッセル様は遠い目をしたままだし、私も含めてシエラたちも関わりたくないと言うように口を閉ざしている。


「こんな話をしてしまって、本当に申し訳ありません。ベリアス殿下もさぞお困りになられたことでしょう?」

「……いや、王族として将来の伴侶を選ぶことは大事なことだと私も思っている。将来を案じるテティス女王のお気持ちも理解出来るし、王族同士の繋がりが叶うなら外交上、大きな意味を持つことも重々承知している。故に話題にして当然だろう」

(自分で伴侶選ぶ気さらさら無かったくせによくも言えたわね……)


 思わずジト目でベリアス殿下を睨み付けてしまう。ちょっと前に私に言ったことと全然違ってますけど?

 私の視線に気付いたベリアス殿下は苦虫を潰したような顔をした後、黙ってろと言わんばかりに視線で訴えてきた。

 それからゆっくりと大きく深呼吸をした後、ベリアス殿下は意を決したようにアネーシャ様へと問いかける。


「……実際、その、どうなのだろうか。アネーシャ殿は?」

「は、はい?」

「誰か好いた相手や、将来を定めた相手はおられるのだろうか?」


 ベリアス殿下の問いかけにアネーシャ様はきょとんとした後、何とも言えない表情を浮かべる。

 それはどこか儚くて、地に足がついていないような透明感のある表情だった。その表情は色恋に関わる時に浮かべるようなものじゃないと私は思ってしまう。


「……実は、あまり考えたことがなかったのです」

「そう、なのか?」

「この国の女王となる意味を皆様も既に聞いていると思いますが、次の女王候補として最後まで残っていたのが私とテティスでした。今日、訪れた庭園がありましたよね? 女王と次代を継ぐ王族は原則、あの庭園で生涯のほとんどを過ごすのです」

「……何?」


 ベリアス殿下が目を開いて、驚いたような声を漏らした。内心、私も驚いていた。

 あの中庭は確かに立派な場所で、ずっといても心地よさそうな場所ではあったけど……あそこから出ることはほんどないって、そこまで徹底しているの?


「あの庭園に入れるのは資格を得られたものだけであり、当然子を成す相手も資格持ちの相手から選ぶこととなります。女王に限っては、その中の誰と子を為そうが咎められることはありません。複数人の伴侶を抱えた女王も過去には存在していましたし……」

「……その中に恋い慕う相手はいなかったのか?」


 ベリアス殿下の問いかけにアネーシャ様は静かに首を左右に振った。


「あの中で過ごす王族とは、人でありながら人としては扱われません。女王とは神子、つまりは神の子にしてそれに連なる存在なのです。あそこで過ごす限り、人としての自由はなく、神の代弁者として身を置くことが女王の使命なのです」

「……それは」

「……私は、それに耐えられなかったのでしょうね」

「耐えられなかったとは?」

「知れば知る程、もっと知りたくて、本物が見たくなって仕方なかったんです。本を読んだり、話を聞くだけでは満足出来なくて、随分とお転婆もしました」


 少し恥ずかしげにアネーシャ様は言った。それでも、先程から感じられるようになった儚さは衰えることを知らない。


「テティスは建前と本音を使い分けることがとても上手なんです。逆に私は上手く出来なかった。どうしても本音を押さえられなくて、女王としての使命を果たすための教育を受ける傍らで衛士になるための訓練や、司書になるための資格を得るために勉強もしました。何でも出来る、というのは元々の才能ではなくて、ただ好きだったから努力が続いただけなんですよ」

「……アネーシャ殿、それは」

「女王になりたくなかった訳ではないんです。ただ、女王になって人の世界を知識の上でしか知ることが出来なくなるのが……寂しかったんでしょうかね。こんな様では女王になど向いてないのは当然なんですよ」


 それからアネーシャ様は悔いるような表情を浮かべて、自分の掌へと視線を落とす。


「……そんな半端な気持ちでいたから、元々優れていたこともあってテティスが若くして女王を継ぐことになりました。私は努力が認められ、どのような道を選んでも良いと許されました。最初は喜びましたよ。……でも」

「……でも?」

「だから、あの場所にテティスを縛り付けたのは私のワガママだったんじゃないかって、そんな考えが消えてくれないんですよね。知れば知る程、世界が広くて、国の立場も見えてきて。アイオライト王国の在り方だって大事だと思っているのに……私は、私であることを抑えられなくて。だから私って中途半端なんですよね。衛士にも、司書にも、なりたいものにはなれる筈なのに身の置き場がなくて」


 そう言って笑うアネーシャ様は、儚さも相まってかとても痛々しく見えた。

 そんなアネーシャ様の表情を見て、ベリアス殿下は何かを言おうとして、でも何も言えずに唇を噛んでしまっている。


 何を言えばいいのか、言葉が見つからない。問題があるのはわかっているけど、何を言うのが正しいのかもわからない。

 ラトナラジュ王国の時とは違う。アイオライト王国は正常に回っている。その中で適応出来なかったアネーシャ様の方がこの国にとっては異端なのかもしれない。


 でも、異端だからといって悪なのかと聞かれれば私にはそう思えないと答えるだろう。

 だって、少なくともテティス女王はアネーシャ様を国に縛り付けることは望んでないだろう。


 もしかしたら、だからこそテティス女王はベリアス殿下との婚約を仄めかしたのかもしれない。

 敢えてアネーシャ様を姉として扱い、妹としての一面を私たちに見せたのも印象づけたかったからなんじゃないかとさえ疑ってしまいそうだ。


(……それでも、私が何か言うべきじゃない気がする)


 仮に二人の婚約が進められるとしても、それは国家間の盟約にも繋がることとなる。

 その関係を作って行くのは両国の代表だ。だとするなら何か言うべき言葉があるとするなら、それを言うのはベリアス殿下の役割だ。

 そのベリアス殿下が何も言わないなら、私も何も言わない方がいいだろう。相談でも持ちかけられたら答えてやろうとは思うし、それなりには気にかけてはあげるけど。


(……アイオライトの王族の使命、か。テティス女王は使命についてどう捉えているのかしらね)


 

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