10:近くて、でも遠いからこそ憧れる
私は思わずアネーシャ様に対して警戒の姿勢を取ってしまいそうになる。すると、私の変化を感じ取ったのか慌てたようにアネーシャ様は手を振った。
「あぁ、ごめんなさい! 警戒させるつもりはなかったんです!」
「いえ……その、知っていたんですね」
「我が国は他国の情報に敏感でなければなりませんから。ですからラトナラジュ王国での話もお伺いしております。その話を聞いて貴方にお会いしたいと思っていたんですよ、カテナ様」
気を取り直したように笑顔を浮かべながらアネーシャ様は続けて言う。
「私たち、アイオライト王国の王族から見るとカテナ様は憧れと興味、そして尊敬を抱いてしまうのです」
「……どうして?」
「アイオライト王国の成り立ち、そして王都アトランティアの秘めたる真の役割については知っていると考えてもよろしいですね?」
その問いかけに私はラッセル様に確認するように視線を向ける。ラッセル様は無言で頷いてくれた。話しても良い、という許可を貰った私はアネーシャ様に頷いてみせる。
「私たち、アイオライト王国の王族は神と交信するため、俗世から離れた所に身を置きます。ですが、それは俗世に対して無知、無関心であることを意味しません。常に知ることを求め、誰よりも公正かつ公平に判断することを求められます。もし、アトランティアがその役目を果たすとなった時、より良きものを未来に繋ぐために。そんな私たちから見てもカテナ様という存在は非常に眩く映ります」
「……そういうものなんですか?」
「貴方は我が王家が継承し続けなければならない力を独力で得られました。そして何のしがらみもなく振る舞うことが出来る立場です。それは私たちには望むことの出来ない自由です。私たちは、この使命を投げ捨てることを出来ませんから。……そう、例えば、ラトナラジュ王国の現状を知っていても、アイオライト王国は救いの手を差し伸べませんでした。もっと言えば早い段階で見限っていたと言えます」
アネーシャ様が告げた言葉に一気に緊張が高まった。シエラがジッとアネーシャ様を見つめると、アネーシャ様がシエラへと視線を移した。
「軽蔑してくださって構いませんよ、シャムシエラ王女」
「私はもう王女ではありません。シャムシエラ・ラトナラジュは死にました。ここにいるのはただのシエラです。恨みも何もかも、一緒に置いてきたんです。だからアイオライト王国を恨む理由もありません」
「……そうですか」
一瞬だけ、痛みに堪えるような表情を浮かべた後にアネーシャ様は首を振る。私たちに視線を戻す頃には表情を取り繕え終えていた。
「そもそもの話、アイオライト王国とラトナラジュ王国は仲が良くなかったというのもあるのですが……」
「仲が良くなかった?」
「アイオライト王国の性質上、秘密を抱えることが多いですからね。国力の自国の使命を果たすために集中させなければならないですし、他国と深く繋がることで秘密が露見することも恐れていました」
一度、言葉を句切ってから気まずそうにシエラを見た後、アネーシャ様は続ける。
「……言ってはなんですが、ラトナラジュ王国の国民性には情に篤い一面がありますが、それが傲慢や独善にも繋がることもあるのです。過去にラトナラジュ王国とアトランティアの処遇について揉めたこともあった程です。もし想定された事態が起きた時、ラトナラジュ王国の王室をそのままアトランティアへと移し、互いに共同統治する約定を結ぼうとしたりとか……」
「……あぁ、うん……なるほどね?」
「ラトナラジュ王国の王族と縁を結び、将来的に有事の際に共同統治の形をとった場合、アーリエ様の神器で防衛力も増すのだから悪い話ではなかったのですが……ただ、ラトナラジュ王国と縁を深めすぎた場合、グランアゲート王国とジェダイト王国との関係にも影響してきますので、外交の舵取りが困難になるリスクを避けるためにラトナラジュ王国とは疎遠になってしまったのです」
「……その、何て言ったらいいかわからないけれど、苦労してるんだね」
「独立性が高いのは利点と誇れるかもしれませんが、その分だけどこまで線引きするのかには神経を使います。ですから、私には女王は無理だと判断された一因でもあるのでしょうが。私は非情を徹することは出来ませんから……」
自分を卑下するようにアネーシャ様は力なく首を左右に振った。これまで聞いて来た話を思い返せば、アイオライト王国の王族であるということの重みは途轍もないものなのだろう。
「だからこそ、カテナ様の噂を聞いた時は何の冗談かと思いましたよ。神器を独力で作れるだけでなく、かといって王家と縁を結ぶ訳でもなく、ただ一人の人であることを貫き通し、思うがままに振る舞う貴方の噂に私たちはどうしようもなく魅入られてしまっていたのです」
「……そんなに褒めて貰えるような存在ではないですよ」
「いいえ、そんな事はありません。だって、貴方はラトナラジュ王国を救いの道へと導いたではありませんか」
「……それは」
たまたま運が良かっただけ、と言おうとしたけれど言えなかった。
どこまでも遠く、それでいて眩い光を目にしようとするために細められた目。そこにはどうしようもない程に憧れの光が宿っていた。
あまりにも真っ直ぐな感情を示す瞳に、私は謙遜の言葉すら出て来ない。
「アイオライト王国の王族として、ラトナラジュ王国を救えないと判断したことが間違ってはいないと思っています。私たちはそこまで万能の存在ではありませんから。そんな中で、私たちがどうやっても叶えられなかった奇跡を起こしてみせた貴方は間違いなく私たちの先にいる人なのです」
「……アネーシャ様」
「貴方と出会えたら、私たちももっと……何かを変えられる道があるかもしれないと、そう思ってしまったのです。迷惑な話かもしれませんけれど」
困ったように眉を寄せて笑うアネーシャ様に何かを言いかけて、それでも言葉が出て来なかった。
いずれ、もしかしたら来るかもしれない未来に備え続けているアイオライト王国。その使命を果たすために切り捨てなければならないことも多くあったんだろう。
でも、救えるなら救いたかった。そう思う気持ちもあったんだと思う。それは人として何らおかしな考えじゃない。
それでもアネーシャ様はアイオライト王国の王族で、神との交信を主とする神子としての在り方を貫いてきた。
立場故の板挟みだ。誰よりも人類の未来に備えながらも、備えるためには非情に徹しなければならない。
そんな在り方を守り続けてきたというのなら、とても大変な道だっただろう。そこに私もまた敬意を抱かざるを得なかった。
(私にはそんな生き方は出来ないだろうからね……)
責務とかで縛られるのが嫌なのは変わらない。これからも私はやりたいようにやるだろう。だからアイオライト王国とは合わないのかもしれない。
でも、それを疎ましく思うのではなく、羨望として捉えてくれるのなら。私はもっとアイオライト王国と歩み寄りたいと思う。
もっと知れば、もしかしたらアネーシャ様が夢見たように何かを変える切っ掛けを見つけられるかもしれないから。
「……そういえば、話は変わるけれどアトランティアって各国の知識も含めてたくさんの知識や知恵を保管しているって聞いたんだけど」
「えぇ、そうですよ。図書館は王城並の大きさを誇っていると言われる程ですからね」
「城並の図書館!?」
「これまでの人類の歩みを収めた知識の宝庫と言っても良いですからね。あそこはアトランティアの中でも胸を張ってご紹介出来る場所だと思っています」
話題が図書館の話になると、アネーシャ様は本好きなのか熱心に図書館の素晴らしさを語ってくれた。
その時に彼女が浮かべた笑顔は、間違いなく年相応の少女そのものだった。
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