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07:憂鬱は波に流して

 青い空、白い砂浜、そして透き通るような海!

 最高のロケーションが今、私の目の前に広がっている。私たちが立っているのは貸し切りのプライベートビーチだ。


 一般の観光客に解放されたビーチから少し離れたここは貴族の旅行客が使うための専用エリア。

 王族や貴族が一般の観光客に交じって海で遊ぶのも問題があるし、当然の処置だと思う。今は広々と海を満喫出来る機会を素直に喜ぼう。


「海だぁー!」


 両手を大きく上げて、私はお約束のセリフを声高らかに叫ぶ。

 私が着ている水着は白の布地にワンポイントで赤い花の刺繍が入れられてる。ブラの紐を首の後ろで結ぶタイプのもので、動きやすそうだったのでこれにした。


「……元気だな、お前は」


 照りつける日差しに目を細めながら呟いたのはベリアス殿下だ。

 赤いサーフパンツ型の水着に白いパーカーを羽織っていて、これまた見るからに泳ぐ気がないと言わんばかりの態度を取っている。海を前にしてなんとけしからん。


「海を前にしてテンション下げる方がおかしいんだよ」

「何を好き好んで水の中に潜りたがるのか……理解に苦しむ」

「それは人の好みだけど……ほら! あちらの女性陣に言うことはないの!」


 私が指を指す先には水着に着替えたシエラたちがいる。

 シエラは淡い薄紫色のオフショルダーの水着を身に纏っている。胸に目が行きがちだけど、腰のくびれも強調されていて女性的な魅力を振りまいていた。一人、小麦色の肌だと言うのも一際、魅力を押し上げている一因になっている。


 レノアは黒いワンピース型の水着だけど、背中が思いっきり開いている。前面の慎ましさから背中を大胆に見せるギャップと、どこか恥ずかしげに背を丸めている姿が目元を押さえてしまいそうな愛らしさを演出している。


 リルヒルテは白と水色のビスチェ型の水着だ。上が白で、下が水色。肩周りのフリルが元々、愛くるしいリルヒルテの可愛らしさを底上げしている。そこに顔立ちに比べて大きく主張している胸のアンバランスさが不思議な魅力を放っている。


 三者三様の水着姿を見た後、ベリアス殿下は何とも言えない表情で私を見た。


「……良いと思うぞ?」

「そんな反応でいいの、年頃の男子でしょ!?」

「それぞれに合った水着で魅力も引き立てていると思う。それ以上に言葉がいるか?」

「じゃあ、誰が好みとかさ……普段はあまりない露出に心昂ぶるとかないの?」

「ない」

「か、枯れてる……!」

「枯れてない……! さっきから失礼な女だな……!」

「えぇ……三人が好みから外れてるってこと? じゃあ、私は?」


 ダメ元で聞いたら、蔑みの視線を向けられた上に鼻で笑われた。


「貴様はどれだけ見た目が良くなろうが、貴様であるという時点で全ての価値が損なわれる」

「そこまで言う!?」

「逆に言えば、そうした色恋ごとを抜きに傍におけるのは貴様でもあるのだが……」


 はぁ、と憂鬱そうにベリアス殿下は溜息を吐いた。


「……そろそろ婚約者を決めろと周囲も煩くなってきていてな」

「あぁ……というか、逆になんで今までいなかったの? 王妃教育とか大丈夫なの?」

「大丈夫だと判断された者が婚約者になる。それだけの話だ。父上や母上が下手な相手を選ぶとは思っていないからな」

「自分で相手を選びたいとか思わないの? 伴侶になるんでしょ?」

「……頭ではわかっていてもな、実感が湧かん。最近まで恋も愛も過ぎれば弱みになるとしか思っていなかったからな」

「……あー」


 顔を顰めるベリアス殿下の呟きに彼の事情を思い出してしまった。ベリアス殿下を産むのが遅く、難産で次の子供も望めなかった母親のクリスティア王妃。

 その所為で心ない言葉を数多く受けたと聞いている。しかも側室も受け入れ、色々あって異母兄弟との関係は気まずいものになった。

 そんな経験をしたベリアス殿下が真っ当に恋愛に心を傾けられるかというと難しいかもしれない。


(……かといって私が口を挟むような話でもないよね)


 そこまで私はベリアス殿下と仲が良い訳ではない、この縁はただの腐れ縁だ。ただ国王となる彼の伴侶が出来れば良い人であって欲しいとは人並みには願う。

 それに恋愛に関してはするつもりがない私が何を言っても説得力もないだろう。ヴィズリル様に直接見初められた立場で子供なんて出来ようものなら面倒にしかならない。


 その点、兄様が王家と揉める心配がなくなり、家を継ぐことも拒否しなくなったのはありがたい。私が結婚などせずともアイアンウィル家の血は継がれていくだろう。

 結婚するつもりがない、と言えば言いたい事がある人はいるだろうけど、そもそも私自身、結婚して幸せになるような未来が想像出来ない。


 だから刀匠であり続けたい。この願いは、ある意味で王族を全うしようとしているベリアス殿下とは近しいものなのかもしれない。

 なら、尚更にベリアス殿下に色恋沙汰で私が言うのもお門違いというものだろう。


「ん、ごめん。変な話にさせちゃったね。今日はそういうことを忘れて泳いで楽しもうよ!」

「……理解に苦しむ」


 顰め面でベリアス殿下が小さく呟いた。そこに水着の上にパーカーと、ベリアス殿下と似たような格好をしたラッセル様がやってきた。


「ベリアス殿下、荷物置き場と日差し避けのパラソルの設置が終わりました。荷物は護衛に見てもらっていますので、私たちは海を満喫しましょう」

「……どうしても泳げるようにならなければダメか」

「私の安心のためだと思ってお願いします」


 ラッセル様が微笑を浮かべながら言うと、今度こそ諦めたようにベリアス殿下は溜息を吐いてパーカーを脱ぐのだった。



   * * *



 ――カテナとベリアスが話している一方で。

 リルヒルテはじゃれ合うように言葉を交わしているカテナとベリアスをジッと見つめていた。その視線に気付いたシエラが首を傾げる。


「どうかされましたか? リルヒルテ様」

「……いえ、立場からするとあの二人ってお似合いですよね、って」


 言った後で、リルヒルテはハッとして口元を抑えた。自分は何を言っているのだとさえ思ってしまう。

 確かに立場だけで見ればカテナとベリアスはお似合いなのかもしれない。だけど、あの二人の間にある関係はそんな甘酸っぱいものではないことはよく知っているのに。


「……ベリアス殿下はないでしょう」

「カテナ様、そもそも色恋より鍛冶ですし」

「そうですよね……」


 でも、と。リルヒルテはつい言ってしまう。


「……やっぱりカテナさんと繋がりを得たい人は多いと思うんですよ」

「それは、神子ですからね……」

「価値は計り知れない方ですし」

「……それに、いつか気持ちが変わることもあるかもしれないじゃないですか」

「リルヒルテ様……?」


 レノアが訝しげにリルヒルテの顔を覗き込む。それだけリルヒルテの様子は普通ではなかった。


「……何言ってるんでしょうね、私。どうして、いきなりこんな事ばかり気にするようになったんでしょう」


 自分でもよくわからない。この変化がいつからだったのかも。

 はっきりと意識したのは、新しいカテナを授けてくれた時からだ。自分の悩みを真剣に考え、解消のために力を尽くしてくれた。

 恩があるのだ。返しきれないほどの恩が。だから、カテナの幸せについて思いを馳せてしまう。


「……恋ばかりが幸せじゃないとはわかってるんですけど」


 どうして、こんなにも気にするようになってしまったのか。考えようとすると、鉛でも飲まされてしまったかのように息苦しくなって思考が淀む。

 考えても仕方ないことだとリルヒルテは首を左右に振った。別に答えを出す必要もない。そう思い込むように。ただ恩人の行く末を案じているだけだと。

 そのタイミングでカテナが呼ぶ声が聞こえて、リルヒルテはレノアの手を引いて駆け寄っていく。


「行きましょう、レノア!」

「お、お待ちください、リルヒルテ様!」


 レノアを引き摺るように駆け出していくリルヒルテの背を、シエラは目を細めて見つめるのだった。

    

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