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08:母はかくも偉大である

本日二回目の更新です。読み逃しのないようにお気をつけください。

 お父様は国王陛下に報告するため、王都へと向かった。

 とりあえずは国王様の返答を聞かないことにはどうしようもない。ほぼ間違いなく私も王都に上がることになるから、王族と謁見する時に恥ずかしくない格好もしなければならない。

 その準備で屋敷が慌ただしくなっているけれど、私としては大人しくしているしかない。本当は出来上がった日本刀でも眺めてうっとりして過ごしたかったのに……。


「はぁ……たった一日で慌ただしいことになったなぁ」

「文句ばかり口にしても仕方あるまい」

「だいたい貴方が原因なんですけどぉ!?」

「その原因を招いたのはお前だ」

「ぐぅぅうぅぅっ……!」


 どうしてこんな事に……! 私の楽しい異世界で日本刀製作プロジェクトにこんな予定なんてなかった……!


「いい加減、諦めて腹を括るが良い」

「わかってますぅ、チビ女神様」

「チビとは何だ、チビとは。不敬であるぞ?」

「じゃあ、ミニ。ちっちゃいヴィズリル様だからミニリル様」

「……ミニリル。なるほど、本体の名をもじりつつ可愛らしくなったではないか。今後、我はミニリルと名乗ることにしよう」


 心の琴線に触れたのか、ちっちゃいヴィズリル様はミニリルと名乗ることにするようだった。いや、気に入ったならいいけど……。

 なんだか気が抜けてどっと疲れが押し寄せてきた。もう何もしたくない。


「はぁ……」

「溜息を吐くと幸せが逃げるぞ?」

「吐きたくもなるよ……いきなり神子になんかなって、魔族や魔物を相手にしなきゃいけなくなって、更に王族との謁見まで控えているんだよ? 目まぐるしすぎる」

「確かに目まぐるしいことは認めるがな、不幸ではあるまい」

「どの口が言うんです?」

「では、我の本体が介入せずにもっと流されるままの状況が良かったと言うか?」

「ぐぎぃーっ!」

「そもそも、お前が招いた事態だ。その中でお前は幸運に恵まれている。お前の両親は実に立派ではないか。互いに想い合っているのだろう?」

「……それは、まぁ」


 尊敬している自慢の両親だし、今日まで私の自由を許してくれた理解ある人たちだ。

 私が面倒なことになっても、私の気持ちを尊重して道を探ってくれている。それを申し訳ないと思いつつも、嬉しく思ってしまう。


「――だが、魔族はそんな気持ちなどお構いなしだ。お前が目をつけられれば、あの家族が狙われる可能性もなくはない」

「――――」


 ミニリル様の言葉に、一気に私の感情が冷えていった。


「自覚せよ、お前の為した事はそれだけ価値がある。それ故、誰もが動かずにはいられなくなる。強さであろうとも、美しさであろうとも、それは変わらぬ」

「……私が悪いって言いたいの?」

「悪いことなどあるものか。欲するならば正々堂々、正面から向かって来れば良い。しかし、それが出来ない残念な弱者も、性根の腐った不届き者もいるのがこの世だ。備えもせず、全てが終わってから嘆いても遅い。だからお前は幸運なのだ。お前が選ぶための時間を作ろうと動いてくれる者がいるのだからな」


 私が目立って、価値があると判断されたら家族が狙われるかもしれない。言われてみればそんなの当然のことだった。

 だからお母様は真っ先に私の後ろ盾になってくれるようにミニリル様に頼んだのか。自分たちじゃ私を守れないと言ったのは、そういう意図もあったのかもしれない。


(普段はおっとりしているのに、重大な決断をする時のお母様は潔さが凄いな……)


 いきなり神子になって、その価値の大きさを私は正確にわかってない。だけど自覚しなきゃいけない事なんだ。

 それが面倒で嫌だと思っても、それを避けるには夢を諦めなければならない。夢を諦めるか、平穏を諦めるかのどっちかだ。


「……冗談じゃない」


 私にとっては二度目の人生だ。一度目の人生で夢が叶ったかどうかもわからないのに、二度目の人生の夢をもう諦めなきゃいけないと決めつけられるなんて冗談じゃない。

 それなら徹底的に戦い抜いてやる。私が大事だと思ったものは全部守ってやる。その為に強くならなきゃいけないっていうなら、強くなってみせる。そして最後には平穏も勝ち取ってやるんだ。


「……やはりな」

「? 何が?」

「お前を見て、更にお前の家族を知って確信に至っただけだ。お前は我が本体が気に入る奴に違いない、とな。お前は自ら力を得ることを選ぶ、美しい在り方を守るために強くあることをな。だからお前自身も、お前を取り巻く絆も含めて美しいのだ」


 ミニリル様が満足そうに笑って言った。子供の姿の癖して、母性を感じるような笑みに心臓が跳ねてしまう。

 思わず動揺してしまった事を悟られるのが嫌で、私は仏頂面を浮かべた。見透かされているみたいに言われるのは、なんか癪だ……!


「もう寝る!」

「あぁ、よく眠るが良い。明日から忙しいぞ」


 勢い良く布団を被って、ミニリル様に背を向ける。姿を消す前に投げかけられた声は優しいと思えてしまって、なんだか余計に悔しかった。



   * * *



 そして、私の神子認定事件から数日後。国王様へ報告しに向かったお父様から便りが届いた。予想していた通り、謁見の場を作るので王城に来るようにとのお達しだった。

 王都には私とお母様が向かうことになった。家のことは家令に任せて、私は日本刀を携えてお母様と護衛と共に王都へ旅立った。


「ザックスにはまだ伝えていないそうよ。国王陛下との謁見が終わって、その結果も踏まえて伝えるって」

「そうですか。どの道、兄様が卒倒する未来しか見えませんが」

「ふふ、それにしても私の娘は凄いわねぇ。鼻が高いわ」

「……でも、迷惑なんじゃないですか?」


 馬車の中には私とお母様しかいない。護衛や従者を乗せた馬車が付いて来てるけれど、車内では二人きりだ。

 だからお母様の表情を盗み見てしまう。お母様は表情から何を考えているのか読めない人だからこそ、不満とか思っていてもわかりそうにない。

 それが途端に怖くなって、思わず不安を口にしてしまった。すると、お母様は笑顔のまま困ったように眉を寄せる。


「迷惑ねぇ……それなら私だって、お祖父様にいっぱい迷惑をかけたわ」

「お母様がですか?」

「えぇ。私ってこんなだからクレイと結婚するまで結婚なんて出来るのかわからないって言われた程よ? なのにお祖父様が貴族になることが決まって、私もなし崩し的にお嬢様になったけど、私には無理だと思ってたのよね」

「……聡明なお母様だったら案外大丈夫だったんじゃないですか?」

「それはね、好きな事を好きなままでいることを許してくれた人がいたからよ。貴方も私に似てるから、そこは同じでしょう? どうしても好きなのに、止めなさいって言われたら心が死んじゃう」


 お母様の指摘で心臓が跳ねてしまった。お母様は柔らかく微笑みながら言葉を続ける。


「私は色んな人に助けて貰って、一緒にいて幸せだと思える人といることが出来て、頼もしい息子や可愛い娘を授かることが出来たわ。だったら、今度は私が頑張って大人をやる番でしょう?」

「……お母様」

「親にとってはいつまでも子供は子供なのよ。甘えたい時は甘えなさい。でもね、覚えておいてカテナ。いつか貴方が一人で立たなきゃいけなくなった時、貴方がそうすると決めた時、私は背を押すことしか出来ないの。だから、それまでは貴方の母親をやらせて頂戴ね?」


 ……あぁ、敵わないなって思ってしまった。

 この人が私の母親であったことが心の底から嬉しくて、誇らしく思えてしまった。

 だから娘として恥ずかしくないように生きたい。その為には、私は私らしくあることを捨てられそうにない。

 相手が王族だろうと、魔族だろうと、神様だろうと。絶対に私の望みを譲ってなんかやるものか。そんな決意が私の胸に宿った。

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