06:水の国、アイオライト王国へ
ベリアス殿下と一緒にアイオライト王国に向かう事が決まってから数週間後、この間で特に問題は起きることもなく出発の日を迎えた。
アイオライト王国に行くと研究室の皆に伝えた所、羨ましがれることはなく羽を伸ばしてこいと笑顔で送り出されてしまった。私がいない間に刀作りの腕を上げるのだと息巻いていた。
そして出発から数日をかけて馬車でアイオライト王国に向けて移動した。旅の道中で問題が起きることもなく、私たちはアイオライト王国で唯一他国との交流を持つ海岸都市、セイレンへと到着した。
「ここがセイレンかぁ」
セイレンは風光明媚と言う一言が似合う街だった。大きな港や海岸の傍に並ぶ建物、遠目からでも活気があるとわかる市場などが目に付くだろうか。
その港から少し横に逸れると境目を分けるようにしてビーチが広がっている。海で遊んでいる人たちや露天の賑わいも確認出来る。
「思ったより賑わってるんだね」
「他の国の民からするとアイオライト王国と言えばセイレンのイメージだからな。王都まで行けばまた違った感想になるのだろうが……」
馬車の窓を開けて外を眺めていた私にベリアス殿下はそう説明した。
ベリアス殿下の馬車に同乗しているのは私とベリアス殿下、他にはラッセル様とシエラ、リルヒルテ、レノアといったいつもの面々だ。
「見ての通り、観光地や海産資源の市場として栄えた都市だ。アイオライト王国の王都に向かうまで数日はこちらに滞在することになるだろう。その間は市場を見るなり、海で羽を伸ばすなり自由にするが良い」
「まずは水着を買わないと! あと市場のチェックもしないとね! 新鮮な魚とか食べられる良い機会だし!」
「あまりはしゃぎすぎるなよ」
「あれ? ベリアス殿下は遊ばないの?」
「……俺は一応、公務で来ているからな」
軽く咳払いをして、視線を逸らしながらベリアス殿下はそう言った。その様子に何か引っかかるものを感じて私はベリアス殿下の顔を見つめる。
「……カテナ室長、ベリアス殿下は泳げないので海には入りたくないんですよ」
「へ?」
「おい、ラッセル!」
ラッセル様の密告にベリアス殿下がすぐさま噛みつく。その態度こそ、ベリアス殿下が泳げないということが事実だと雄弁に語っていた。
「泳げないの? ベリアス殿下」
「……泳げなくても人は生きていける」
「いえ、折角の機会ですから克服してください。アイオライト王国で泳げないのは流石に心配ですので」
「くっ……!」
わぁ、ベリアス殿下、これは本当に泳げないんだな。何でもやれそうな万能選手だと思ってたのに。
「私も泳いだことないですね」
「えっ、シエラも泳いだことないの?」
「ラトナラジュ王国ではあまり泳ぐのは一般的ではないので……それに私の場合は外に出る機会もありませんでしたし」
「それもそっか……あれ? もしかして他に泳げない人っている?」
私は全員を見渡しながら問いかけると、一人だけ目を逸らした人がいた。それはなんとレノアだった。
「……泳げなくても人は生きていけると思います」
「なんでベリアス殿下と同じ言い訳をしたの? じゃあ、リルヒルテは?」
「私は泳げますよ? 実家にはプールがあるんです。身体を鍛えるのに良いということでよくお兄様たちと一緒に泳いでました」
「ラッセル様は?」
「私も川を横断するなどの想定に備えて訓練はしています」
じゃあ泳げるのは私とリルヒルテとラッセル様。泳げないのはベリアス殿下とレノア、そもそも泳いだことがないのがシエラってことになると。
「レノア、折角だから貴方も今回を機に克服しましょう?」
「……どうしてもですか?」
「どうしてもよ。大丈夫、私が教えてあげるわ」
ニコニコと笑みを浮かべながらリルヒルテが言う。レノアは逃げ場を失ったと言わんばかりに目を遠くさせながら頷いた。
「じゃあ、私はシエラに泳ぎ方を教えてあげるよ」
「はい。お願いしますね、カテナさん」
私がそう言うと、シエラは嬉しそうに目を細めてくれた。
折角、海に来たんだしね。泳げるようになって遊び尽くそう! そんな小さな決意を私は胸に秘めるのだった。
* * *
海に入るなら水着が必要になる。観光地と言うだけあって、販売している水着の種類も豊富だった。
そんな訳で私たちは貴族が利用する水着屋に予約を取り、水着選びをしていた。
「……これは、布面積が少なすぎませんか?」
「レノア、それでいいの?」
「違いますっ!」
並べられたサンプルを手に取りながら私たちは互いの身体に水着を当てながら似合いそうなものを探していた。こういうのを姦しいと言うんだろうな、と思いながら水着を漁る。
そこで改めて私はお互いの体型を見比べてみた。まず身長が高いのはレノアで、その次にシエラ、私、リルヒルテといった順番だ。
「……リルヒルテ、胸、結構大きいよね?」
「着痩せするってよく言われるんですよね」
リルヒルテが手に取っている水着のバストのサイズが気になって思わず呟いてしまう。リルヒルテは少し恥ずかしそうに身を捩っていた。
……まだどこか幼さすら感じる顔立ちと背丈なのに胸が大きいのは犯罪の香りがしそう。
「でも、流石にシエラさんには負けます」
「……そうだね」
「あ、あまり見ないでください」
リルヒルテが隠れ巨乳だとするなら、シエラはもう隠すことすら出来てないからね。
身長も高いし、胸も大きい。しかも小麦色の肌なのでエキゾチックな魅力を振りまいている。このまま歳を重ねていけば妖艶な女性になるんだろうな、と思う。
「……あまり露出が多いと胸とか気になりますよね」
ぽつりと、少し恥ずかしそうにレノアが呟く。レノアは胸は目を引くほど大きいとは言えないけど、全体的にすらりとしていて綺麗だとか、格好良いと言える見た目だ。
そんな彼女が水着を手にとってモジモジと恥ずかしそうに身を捩っている姿は何とも言えない可愛さを振りまいてるとしか思えない。
……なんか、この三人といると自分って本当にパッとしないな、と思ってしまった。別に悔しいとかじゃないんだけど、なんとなく疎外感を感じてしまう。
そんな事を考えているのが悟られたのか、リルヒルテが苦笑を浮かべながら私の肩を叩いてきた。
「カテナさんだって磨けば光りますよ」
「皆みたいに身長も胸も目立たないけど……?」
「カテナさんはバランスが取れてるのが魅力なので……」
「それって特徴がないって言わない?」
リルヒルテが無言になって目を逸らした。長所は短所の裏返しでもあるんだよ、私は短所として表に出てしまっているのだろう。
「もう磨くなら刀を磨く方が良い……刀は裏切らないから……」
「女もしっかり磨いてください。本当、素材は悪くないと思いますから!」
「どうせ着飾ってもそこそこだし」
「カテナさんの自分の評価はともかく、少なくとも見た目というのは最初に人から判断される部分でもあるのですから。綺麗に見えるなら綺麗に見えた方が有利なんですよ」
「ぐぅ、正論……」
「……カテナさんは女の子として綺麗になりたいとか思わないんですか?」
「あまり興味がないかも。まぁ、恥ずかしくない程度には綺麗でいたいとは思うけど」
そう返答しながら手に持っていた水着を棚に戻す。次の水着を見てみようかと思っていると、私をジッと見つめているリルヒルテと目が合った。
何か聞きたそうな顔をしているけれど、リルヒルテは何も言ってこない。沈黙が耐えきれずに声をかけてしまう。
「……リルヒルテ?」
「……いえ、何でもありません。水着、選んじゃいましょう、これなんてどうでしょうか?」
リルヒルテは何か言いかけた後、すぐに誤魔化すように笑って水着を手に取った。
明らかに何か聞きたそうだったけれど、その内容を知ることは出来ない。一体リルヒルテは私に何を聞きたかったんだろう?
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