03:悩めるリルヒルテ
学院に復学してからというもの、私たちは朝の日課である鍛練も再開させた。
メンバーは私、シエラ、リルヒルテ、レノア、ここに日によってはベリアス殿下とラッセル様が加わる。今日はこの全員が揃っていた。
「くっ……!」
今、稽古で立ち合いをしているのはリルヒルテとレノアだ。
リルヒルテの表情は険しく、レノアはただ真剣にリルヒルテを見据えている。戦況はレノアが優勢で進んでいる。
この状況こそ、私がリルヒルテを気にかけている理由だった。
リルヒルテがレノアから距離を取ろうとするように後ろへと下がるも、強い踏み込みでレノアが逃がさないと言わんばかりに喰らい付いていく。
怪我をさせなければ魔法もありの立ち合いなので、リルヒルテもレノアを吹き飛ばそうと風の魔法を放つ。
しかし、レノアは物ともせずに刀で風を切り裂きながらリルヒルテへと肉薄する。
レノアの一撃を受け流そうとするリルヒルテだけど、少しでもいなすのに失敗すれば手から刀が離れてしまいそうだ。
「やはりレノアの方が優勢か」
ふと、私の隣に立って見物していたベリアス殿下が静かに呟いた。
「うん。やっぱり最近、何か掴んだのかレノアの動きが良いんだよね」
ベリアス殿下も認めるほど、レノアの成長は目覚ましい。以前まであった癖を矯正して、前よりも効率的に刀を振るえている。
それに加えてレノアは鍛冶の仕事を手伝うようになってから感覚を掴んだのか、武器の強度を上げるのが上手になっていた。
以前は武器を壊してしまうことに悩んでいたレノアだったけど、今はその欠点も克服してしまった。
つまりレノアの戦い方は安定してきて、順調に実力を伸ばせるようになってきたという事だ。
「それに対してリルヒルテは少し動きが悪いな……」
「そうだね……」
一方で、レノアと明暗を分けるように伸び悩んでいるのがリルヒルテだった。
今も力押しで攻めてくるレノアの一撃を苦しげに受け止めて、自分のペースを奪われ続けている。
「魔法には相性と適材適所があるからな……」
「うーん、そこなんだよね……」
リルヒルテが伸び悩んでいる理由は彼女の魔法適性にある。リルヒルテの適性は風と火の魔法で、魔法の腕前だけ見ればリルヒルテは上位に名を連ねることが出来ると思っている。
問題なのは剣術だ。そもそもの話、グランアゲート王国の剣術は火と風の魔法との併用を想定していない面が大きい。
元々、グランアゲート王国は大地と豊穣を司る神であるカーネリアン様の加護が強い。
それに故に王家は土魔法に適性を持つことがほとんどだし、国民の多くも土魔法を使える者が多い。
土魔法の得意分野といえば、大地の質量を活かした攻撃や、大地から魔力を吸い上げて己の力や武器を強化することが出来る。この二つが大きな利点である。
言ってしまえば力押しすることが出来るのが強みなのだ。それ故に騎士は大剣を好むし、騎士という在り方が定着している。
グランアゲート王国では騎士の在り方こそが戦士の基本だ。この在り方の利点は、土魔法を使えなくても身体を鍛え、身体強化が使えるならこの戦い方は誰でも模倣出来るという所だ。
ただ、それでも併用として想定されているのは土魔法であることも否定出来ない。その性質からリルヒルテの魔法適性とは噛み合っていない面が大きい。
「火と風はどちらかと言えば騎士より魔法使いの領分になるからな……」
「どうしても遠距離の火力支援が主よね……」
グランアゲート王国では、火と風の魔法は遠距離攻撃の方が得意だと認識をしている人が多い。
騎士は部隊を率いて戦うことも多い。火や風の魔法は強力ではあるものの、密集することも多い戦場では下手に使うと味方を巻き込むことがある。
だからこそ火力支援として活躍の場を薦められることが多く、騎士として前線に出てくるのは珍しい。
「火や風の領分となると、ラトナラジュ王国やプラーナ王国だからな……」
「ラトラナジュ王国は国全体として武術はそこまで発展してる訳じゃないし、プラーナ王国の戦い方は流石に、ねぇ?」
それぞれ火と風を司る両国ではあるものの、ラトナラジュ王国は国の性質上、魔法使いを専門としている人の方が多いのでグランアゲート王国と扱いがそう変わらない。私と剣でやり合ったアシュガルが珍しい方なのだ。
プラーナ王国は風魔法の使い手は多く、武術の腕に自信がある者も多い。けれど彼等はグランアゲート王国とは違って一人で戦うことを前提としているし、割と周りへの被害とか考えない人たちが揃っているのだ。
プラーナ王国は血の気の多い人がたくさんで命を惜しまない傾向があると言われている。なので武術も攻撃一辺倒で、規律あるグランアゲート王国の騎士とは水と油のような関係なのだとか。
リルヒルテが王女様たちの護衛を目指している以上、そんな攻撃一辺倒な武術を参考にしろとも言えず、自分の戦い方を確立することが出来ていない。
それが明確にレノアとの差になって現れてきていて、リルヒルテも焦りを感じているんだと思う。
「……こればかりはな。レノアの指導や助言なら俺でも出来なくはないが、リルヒルテとなると難しい。お前はどうなのだ、カテナ?」
「教えられない訳じゃないけど……私も大概、特殊だから……」
「……それもそうか」
私の戦い方というのは、ミニリル様仕込みの一人で何でもこなすことを目的としているものだ。
なので一人で戦う前提なので、実は護衛しなきゃいけない人がいると途端に戦いにくくなってしまう。あくまで戦いにくいであって出来ないとは言わないけど。
それでもラトナラジュ王国でシエラと戦った時にその隙を突かれたから、苦手意識は克服はしようと思っているけど。
「護衛を目指すのだとしたら、私だとちょっとズレると思うんだよね。……実際、王家の護衛ってどんな感じなの? 専門の人がいるなら教えて貰うとか……」
「……それならラッセルなんだがなぁ」
「呼びましたか? ベリアス殿下」
自分の名前が呼ばれたことに気づいてラッセル様が傍まで来てくれた。
「リルヒルテが伸び悩んでいるようなのでな、戦い方を教えられないかと話し合っていたんだが……」
「……そうですね。あくまで立ち回りなどは教えられるかと思いますが、やはり難点として上げるならリルヒルテ様の魔法適性ですね」
「ラッセル様って氷をよく使ってますけど、水属性の適性なんですか?」
「私が得意なのは水と風ですね。多少、土も使えますが、火がダメなんですよ。氷は水属性の範疇ですが、風に適性があると効果を上げられますね」
「ふむ……やっぱ火と風って相性がダメなんですか?」
「ダメとは言いませんが、この適性で護衛を志す先例がいないので……やはり火と風の魔法は火力に優れていますからね、魔法使いの道に進んだ方が活躍の機会は多いと思います」
うーん、完全に向いてないって訳じゃないと思うんだけど、先例がないからやっぱりリルヒルテも手探りになっちゃうんだろうな。
今もレノアに押されてるリルヒルテを見ながら私は唸ってしまう。リルヒルテとレノアは同時に私と一緒に行動するようになったから、片方の成果だけが良いというのは落ち着かない。
リルヒルテとレノアだって言葉にしないだけで、結構悩んでいるみたいだし。なんとか力になれれば良いんだけど……。
『……ミニリル様的にはどう思います?』
『ほう、我に助言を求めるか』
思念で語りかけるように神器に宿っているミニリル様に問いかける。私の師匠と言える訳だし、何かアドバイスを貰えないかな、という軽い気持ちで聞いたみた。
『そうだな。まず火と風というのは周りの者が言うように攻撃に秀でているので、そのまま扱えば守りには向かん』
『……ですか』
『守りというのは堅さでもあるからな。その点、火と風というのは軽いのだ』
『質量という意味で?』
『壁にするにせよ、盾にするにせよな。重量というのは案外馬鹿に出来んぞ』
それは確かに。だから私はベリアス殿下とやり合いたくないんだよね、ベリアス殿下の攻撃はひたすら重くて受け流すのに苦労するから。
『なので、はっきり言うが護衛を目指すなら根本から変えさせねばならんだろうな。今の立ち回りは目指す方向性とどうにも噛み合っていない』
『根本からですか……何か良い方法はありませんかね?』
私の問いかけにミニリル様は暫く黙ってから言った。
『――そうさな、発想を変える必要があるだろう。守るのにも方法は色々あるのだからな』
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