02:シエラの貢献
ラトナラジュ王国の一件が終わり、日を空けて様子を見てから私とシエラは学院に復学した。
私たちが復学した当初は他の生徒たちも戸惑い、中には私に近づこうとしたり、シエラのことが気になって調べようとする人もいたけれど、そういった人たちはリルヒルテやベリアス殿下によって〝お話し合い〟を持ちかけられていた。
今ではその影響もあって逆に遠巻きにされてる感じだ。それでも正当な手段でのお誘いは後を絶たず、研究室が忙しいからと理由をつけて社交会の出席はお断りしている。
復学するのと同時にカテナ研究室も次の目標を定めて動き始めていた。
それが兄様に説明したように私のやっている工程の分業化がどこまで出来るのかの見極めだ。その結果次第で今後、職人の道に進む魔法使いなんて道が開けるかもしれない。
こればかりは手探りになるので、その都度で加減を変えてみながら試してみるしかない。
ちなみに私は監督に終始していて実際に作業は控えるようにしている。私が混じってるだけでどんな影響が出るかわからないからだ。
何せ量産させるとなると、量産を行うのは普通の人だ。私のような神子ではないし、一人で工房の作業を行えるような技能を持っている訳ではない。
となると分業はせざるを得ない。その分業にはどれだけの能力が求められるかもわかってない。私は一人で完遂出来てしまうので枠外に置かれた。
だからコツコツと工程を変えて、どこまで魔法の手を入れるのかなど変えながら試作品の刀やザンバーを作っているのが最近の研究室の動きだ。
その中で一番采配を振るっているのはシエラとダンカンの親方だ。シエラは魔法使いの観点から魔法の扱いの匙加減を計り、親方は職人として指示を出しながら完成品の良し悪しを鑑定している。
「リルヒルテ様、少し風の循環が強すぎます。炎の温度が上がりそうになっていますよ。レノアさんは土と灰を足しておいてください」
「は、はい!」
「わかりました」
「おうおう、お前等もボサッとしてるなよ! 手動かせ、手を!」
研究室では魔法に関しての指示をシエラがしていて、それに従ってリルヒルテとレノアが動いている。
親方は他の職人たちと一緒に忙しなく動き回りながら剣を仕上げていく。少なくとも一回の工程で二、三本、多い時で五本ぐらい同時に進行しているような状態だ。
「リルヒルテ様、炉の炎に多少干渉します。肌で感覚を覚えられますか?」
「くっ……またブレてしまいましたか、申し訳ありません……!」
「いえ、特に火と風は作業において制御が困難になりますから誤差の範囲です。ただ誤差のズレも感じ取れなくなるのは不味いので、もし判断が不可能だったら私に代わってください」
「おぉい、シエラのお嬢ちゃん! レノアのお嬢ちゃんが用意してくれた土と灰の調子見てくれるか!」
「わかりました。水分補給を忘れないでくださいね、親方」
作業の立ち回りを見ていると、一番大変そうなのはシエラだけど、同時に一番凄いのもシエラだった。
魔神によって魔族化してしまったシエラは完全に元に戻ることは出来なかった。その証拠に元々は白金色だった左の瞳は真紅に変わり果ててしまっている。
今は集中して作業するためか、普段は眼帯で隠している片目を晒している。その目が忙しなく動く現場を逐一見渡し、何か不備があればすぐにフォローに入っている。
「……とんでもない事してるな、シエラさんは」
ぽつりと、作業風景を覗きに来た兄様が呟いた。シエラを見つめる兄様の目には畏怖が込められているのを感じ取ることが出来た。
「うん、私もビックリしたよ。あれは私もそう簡単に真似できないな。他人の魔法に同調させて魔法を発動させるなんてね」
シエラはいつの間にか、相手の魔法に自分の魔法を合わせて調整するという私でも出来ない技を身につけていた。
魔族化したことで何か掴んだのか、制御に関しては以前よりも腕が上がっていると自他共に認めている。
とはいえ、全力で攻撃しようと放つ魔法に合わせるのは難しいらしく、あくまでこうした作業のために使う魔法でしか出来ないのだとか。
はっきり言って、これはとんでもない技術だ。低出力が前提とはいえ、相手の魔法に同調させて魔法を発動出来る。
ミニリル様曰く、シエラほどの技量があれば私のように一人で全ての作業を行わなくても神器化するまでの工程を短縮出来るだろう、と言う程だ。
ただ、これもやっぱりシエラだから可能な芸当なのであって実現させるのは難しい話だ。
逆に言えばシエラの補助だけで鍛冶の工程を行えば、私のように神器を作ることが可能かもしれない。
ただシエラは私のように長時間、何日も寝ないで作業を続けるような体力がないので事実上、不可能だ。
それでも準神器級の武器を量産するにあたって、シエラの存在が私以上に大きくなっていると言える。
シエラは私と違って刀を作ることに固執している訳ではないので色んな武器の量産という意味ではシエラの方が私より価値がある。
元ラトナラジュ王国の王族で、魔神に魅入られて魔族化していて、準神器級の武器の量産には大きな利点を持っている。こうして並べると私に負けず劣らず情報量が多い。
シエラの目標は体力をつけて準神器級の武器を作れるようになること。そしてその先には、武器以外にも使えるような準神器級の道具を作れるようになりたいらしい。
それは、かつてラトナラジュ王国の王族が継承していたアーリエ様の神器のように結界を張ることが出来るような道具という意味だ。
敵を討ち倒すためではなく、誰かを守るための力を求める。それはシエラらしいし、是非ともその夢を叶えて欲しいと思う。
武器ではない準神器級の道具については、アクセサリーなどの小物で試してみたら良いのではないかともアドバイスしておいた。
それからシエラは親方に手ほどきをして貰っているそうだ。シルバーアクセサリは私がキッカケでちょっとしたウチの領地の特産品になってるから、親方も作り方は弁えている。
シエラが言い出してから私も気にするようになったけど、防御用の準神器とかって意外とないものなんだよね。今度、その辺りベリアス殿下にも聞いてみようかな。
「……なるほど、シエラさんが同調させて魔法を使うことで感覚を補佐して教えることが出来るのか。これは大きな利点だな」
作業風景を観察しながら兄様が腕を組み、何度も頷いていた。
そう、それもシエラの利点なんだよね。魔法の感覚って人それぞれで違うから調整が難しいけど、シエラが合わせて適切な出力を教えてくれるから肌で馴染ませる事が出来る。
例えるなら、自転車の補助輪のような役割をシエラは担えるということだ。
シエラが教導役として補佐を続けていけば、いずれ作業に加われる人材が増えるかもしれない。これは本当に大きな利点だ。
このように量産という分野なら私を一気に置いてけぼりにしたシエラである。そんな彼女は真剣な表情で作業に向き合っていて、浮かぶ汗を手で拭っていた。
ふと、シエラが私の視線に気付いたのかハッとして私を見た。それから少し照れくさそうに微笑みながら手を振った。
私も手を振り替えしながら微笑む。シエラはこっちに戻って来てから本当に元気になった。それには安心してるんだけど……。
(……問題は、リルヒルテかなぁ)
私はちらりと視線を移して、炉の炎を睨むように見つめているリルヒルテを見た。
リルヒルテの横顔には隠しきれない焦燥のようなものが見えていて、どうしたものかと私は息を吐くのだった。
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