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幕間:カテナのだし巻き卵

 休日のことである。

 今日はたまたまリルヒルテとレノアがほぼ丸一日、研究室で過ごすことが決まっていた。ちょっとした騒ぎが起きたのは昼時の事。


「このオムレツ、少し形が変わってますけど美味しいですね」

「えぇ、本当に」


 リルヒルテがそっと口元を抑えながら呟き、同意するようにレノアも頷く。リルヒルテはちょっと幸せそうに微笑んでいて、レノアは詳しく検分しようとしているようだった。

 その隣ではシエラがうっとりとした表情を浮かべながら口に運んだ卵をゆっくり咀嚼している。そんな皆の様子に私も笑みが零れた。


「そう言って貰えて何よりだよ」

「アイアンウィル領から料理人でも連れてきていたのですか? こちらで昼食を取るというのも初めてでしたが、素朴ながらとても好みの味です」

「私だよ」

「はい?」

「だから、それ作ったの私」


 リルヒルテに答えながら私は〝だし巻き卵〟を口に運んだ。うん、我ながら良い出来だと思う。

 卵焼きを咀嚼していると、固まっていたリルヒルテが再起動してぐりんと私の方へと向いた。


「作った!? カテナさんが!? 料理を!? 自分で!?」

「まぁ、うん」


 普通、貴族の子女なんて食べる側で自分で食事を作るなんてことはない。

 まぁ、私は普通に厨房に立つことがあるんだけどね。一般的じゃないのは自覚しているよ。


「シ、シエラさんは知っていたのですか?」

「毎回という訳ではありませんが、気が向いた時にカテナさんが作っていますよ?」


 小首を傾げながらシエラはそう言った。リルヒルテは驚愕が抜けきらないと言うように私を見つめている。


「なんでまたご自分で料理を?」

「んー……なんでと言われても、興味があったから?」


 本当の理由は単純に私が食べたいものを食べたかったからだけど。

 基本的にグランアゲート王国の食事は美味しい。実り豊かな領地を多く抱えている国なので、食文化は最先端にいると言っても過言ではない。

 しかし、どうしてもやっぱりパンが主食だし、料理の品目も洋食風なものが多い。必ずしも前世で言うところの洋食に該当出来る訳じゃないけど。


 前世が日本人だと言う自覚がある私としては、やはりたまに魂の故郷の味を口にしたいと思ってしまう。

 その思いが抑えきれなくなったのは、今は放浪中でどこをほっつき歩いているのかわからないお祖父様が原因だったりする。


「ウチのお祖父様、当主を退いてからは身分を隠して各地を放浪してるんだけど、商品になりそうなものがあったらお土産に買ってきてくれるの」

「お土産ですか?」

「そう。……それのせいかなぁ」


 最初のお土産は魚の干物、もっとわかりやすく言うなら〝カツオ節〟だった。

 これが旨いスープの素になるんだぞ、とまだ幼かった私と兄様に自慢するように見せてくれた好々爺(こうこうや)としたお祖父様。


 カツオ節を見た瞬間に私は即座に思った。味噌汁が飲みたい……! と。

 今世は洋食風の食べ物が多いし仕方ないよね、美味しいから不満はないし、と思っていた私の願望が一気に爆発した瞬間であった。


 実際、お祖父様に聞いてみたら味噌に近いものはグランアゲート王国で売ってたし、醤油もまた然りだ。外国には魚醤なんかもあったりするらしい。

 私が珍しい調味料や食材をお土産にすると喜んでから、お祖父様はたまにふらりと帰ってきてはお土産を持ってきてくれるようになった。


 だけど私が望む料理の完成形を知っているのは私自身に他ならない。つまりは日本刀と同じだ。

 自分で作るしかない、と……!


 お母様には好評なので、たまに私が厨房に立つと喜ばれる。レシピも実家の料理長に教えてるので、たまに和食めいた料理が並べられるのがアイアンウィル家の食卓風景だ。

 あくまで家庭料理の域を出ないので、広めたりなんかはしてないけど。というか貴族の令嬢が自分で料理してレシピまで独自に作ってると知られたら何事だって思われるから、変に目立たないようにあまり口にしないようにとお父様から言われている。

 私も自分が食べる分が作れればそれで良いと思っているので、そんなに熱心に料理をしている訳じゃない。こうして機会があった時に親しい人に振る舞う程度のささやかな趣味だ。


 まぁ、ここまで料理という趣味が続いているのはミニリル様がだし巻き卵をとても気に入っていて、供物として定期的に寄越せと強請ってくるからでもあるんだけども。

 お陰でだし巻き卵を作る手際だけは前世よりも上手くなっている自信はある。


「……カテナさん、出来ないことってあるんですか?」

「はい?」

「いえ、なんだか手広くやってるせいか、貴方が何でも手を出してるように思えてきまして……」


 レノアが疑い深いと言わんばかりの目で私を見て来た。いやいや、それはない。


「私だって出来ないことはあるよ?」

「……例えば?」

「……貴族令嬢としての立ち振る舞い、とか?」

「令嬢としてはどうかとは思いますが、貴族の義務に関しては十分すぎる程に果たしていると思いますけど」

「えっ、そうかな……?」

「自分一人で鍛造が行え、神器まで作れて、魔法は欠点付きではあるものの巧みな腕前です。その実力は王国最強と言われても疑いませんし、ヴィズリル様から偉業を認められた神子でもあります。おまけに料理も出来る。……なんでこれで男爵令嬢なんですか?」

「実家が男爵家だからだよ!?」


 そんな事を言われても私は困る。レノアのジトっとした目から視線を逸らしつつ、心中で呟く。


「やってる事を並べると凄いんですけど、何故かカテナさんだと思うと安心感がありますね」

「安心感というか、残念感とも言えると言いますか……」

「残念!? 私、残念に思われてるの!?」

「突拍子もない所とか……なんというか……」

「良くも悪くも付き合いも人当たりも良いんですよね……」


 レノアとリルヒルテが顔を見合わせながら頷き合っている。えっ、私、残念な子認定されてるの?


「肩書きや実績から理想を見出す人には、カテナさんはあまりにも自然体ですからね。残念に思う人だっていると思います」

「シ、シエラまで……!」

「でも、それは理想と違うから失望するのであって、カテナさんの魅力は何一つ損なわれてないから大丈夫ですよ。貴方は尊敬と好意に値する人ですから、どうかそのままでいてください」

「シエラ……!」


 とても優しい笑顔を浮かべながら言ってくれたシエラに思わず抱きついてしまう。私だってねぇ、色々とやらかしたくてやってる訳じゃないんだよ! 一歩進んだらそこに穴がありましたみたいなことが多いんだよ!


「そうですね。だから良くも悪くもカテナさんなんでしょう」

「本当に良くも悪くも、ですがね」


 シエラの言葉にリルヒルテが頷き、レノアがそっと溜息を吐いていた。

 最近、なんか二人の私の扱い雑になってきてない? 気のせいだよね? そんな疑問を抱く休日の出来事だった。

 

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