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幕間:ザックスの恋愛観

「それで、ザックスの好みの女性像を聞きたいのだが」

「率直ですね……」


 握手を交わした後、改めて席について向き直りながらベリアスはザックスへと問いかけた。

 率直な問いかけにザックスは何とも言えない表情を浮かべた後、一拍の間を置いてから思案するように表情を変えた。


「……そうですね、結婚に夢がない女性がいいです」

「は?」

「夢がない、ですか?」


 ザックスの返答に、お前は何を言っているんだ? と言わんばかりの反応をするベリアスとラッセル。

 好みの女性像を聞いた筈なのだが、返ってきた言葉がこれである。二人の困惑の様子にザックスは肩を竦めた。


「いえね、結婚というのは家の繋がりや先祖代々の名誉を引き継ぐという意味合いも含むじゃないですか。婿入りだろうと嫁入りだろうと、相手の家に入るということは家という重みを背負うということでしょう?」

「まぁ、それはそうだが」

「家を守るためには家族間の良好な関係が必要です。ただ……色んな話を聞いていると、必ずしも私が必要だと思うものが存在しない家もある訳ですよ。夫婦間の感情とか、関係とかは抜きに利益や政略で繋がってる家とか」

「それは……まぁ、そうだな」

「王族や貴族なんて、その背負っていかなければいけない重みを考えれば致し方ない面もあると思っています。それを乗り越えるための愛情であったりするのかもしれませんが……見ての通り、こういう男なので。恋愛に夢見るような方とは難しいかと思うのです」

「理解はするが、そこまで明け透けにバッサリと言う奴も初めて見るのだがな」


 少し呆れたような口調でベリアスがザックスに言う。ベリアスも否定はしない考えではあるが、それでも建前というものがある。

 政略だけで繋がった冷めた夫婦関係など、貴族の世界では少なくはない。そこまで極端な例ではないものの、ベリアス自身も家族間の問題には悩んでいた時期が長かっただけにザックス寄りの考えは持っている。

 だが、それで好みの女性像を聞いて返ってきた答えが夢の一欠片もありもしないのもどうなのだと思いもする。


「……それは、まぁ、なんというか。私は女傑の背中を見て育ってきたというのもあると思うのですが」

「女傑?」

「母です」

「……あぁー……」


 深い納得の声を漏らしたのはラッセルだった。すぐさま表情を取り繕ったものの、ラッセルがそういった態度を取るということはザックスの母、シルエラ・アイアンウィルを詳しく知らないベリアスとて察することが出来た。


「失礼に聞こえるかもしれんが、そこまで逞しい女性なのか? 物怖じはしないが、自己主張が控え目で嫋やかな方だとは思っていたが」

「貴族的とは言えませんが、女性としては……その、我が母ながら強いと言うか、巧いというか……」

「どうしたらそんな感想が出てくるのだ?」

「……ベリアス殿下、父が婿入りなのは知っていますよね?」

「それは当然だが……」

「元は傭兵育ちの父がいっぱしの貴族として振る舞えるようになったのは母のお陰ですよ。元々、やり手の商人として貴族に対しての立ち回りを知っていた祖父がいてくれたのも大きいですが、父を貴族の当主として問題なく立てるように育て上げたのは間違いなく母上です」


 アイアンウィル家は平民から成り上がりの男爵家だ。当然、そこに向けられる目というのは厳しいものがある。

 それでもアイアンウィル家が盤石であり、敵らしい政敵もいないのは当主であるクレイが巧く立ち回っているからだ。

 しかし、表で立派な貴族の当主として振る舞う父の背後には必ず母の影がある。


「母は貴族的な考えを持っているという訳ではないです。家を大きくしたいとか、そういった義務感も薄いですし、どちらかといえば個人の価値観に寄っています。ただ、母上は自分の立ち位置を計ることが巧みなのです」

「立ち位置?」

「自分が誰にどのような感情を向けられ、どのような人間関係があり、自分という存在にどんな利益を見出されているのか。それらを俯瞰して把握しているのが母なんです。領内では美人と評判で、父と結婚するまでは貴族からも言いよられるということもあったと聞く程でしたし……それすらも巧くあしらってましたからね」

「……ザックスの立ち回りはシルエラ男爵夫人の薫陶の賜物ですか?」

「直接教えられた訳ではないですけど、とにかく人を見て話しなさい、と言われて育ちましたからね。自然と母のそういった姿も目にする訳です」


 納得がいった、と言うように問いかけるラッセルにザックスは苦笑して見せる。

 自分など母に比べればまだまだ稚拙も良い所だと思いながら。もしも、あの母に野心などがあったら成り上がりの男爵夫人などという枠では収まらなかっただろうと思う程だ。

 その点、落ち着きがなく感情をはっきり表に出すカテナとは似ていないようにも見えるのだが、芯となる部分がそっくりだとザックスは思う。


「話を戻しますが、一番身近で見てきた妻というのが母上だったので自然と今のような考え方に落ち着いたと言いますか……理想像が母上なので、どうしても比べてしまうのです。恋や愛に夢を見すぎてる訳でもなく、かといって愛や夢を抜きにしている訳でもない。ただ自分の愛を貫くために人の間を渡り歩く母上を見ていると、結婚に夢を見るばかりではいられなくなるというか……」

「そこまで言わしめるのも凄いな……」

「カテナにももうちょっと、この手の母の立ち回りを学んで欲しいんですが……あれは良くも悪くも母とは違う〝アイアンウィル家の娘〟なので……」


 父曰く、アイアンウィル家の血筋は一途なのだとか。母も一途の想いを類い希な能力で勝ち取ったといっても過言ではないし、カテナも職人としての情熱は一途の現れだと言えば納得が出来る。

 ただ、アクの強さはどうにかならなかったのかとザックスは思う。あとほんの少しでもアクが抜けてくれたら自分もここまで思い悩むなんてことはなかったと。


「なので良くも悪くも同年代にはそういった感情が抱くことがなかったんですよ。ただ無関心って訳でもないので、誤解しない相談役としては都合が良くてその手の話は聞きますしね」

「そしてお前の懐には情報が揃っていく、と」

「……恩だって売り物ですよ? ベリアス殿下」

「アイアンウィル家の人間は揃いも揃ってアクが強い」


 何故、自分までそちらの枠に振り分けられているのか。解せぬ、とザックスは心中で嘆いた。


「……別に結婚をしたくない、という訳ではないのだな?」

「そりゃ人並みに男の自覚はあるので……ただ、優先順位に恋だとか愛がなかなか上に来ないだけで……」


 それを冷めてるだとか、貴方はまだ本当の恋も愛も知らないからよ、と言われて迫られた経験がザックスにはある。

 だが、どうしても自分の立場などが脳裏を掠めると感情に溺れるようなことは出来ないと思ってしまうのだ。

 逆にそう言って迫られると、後先何も考えてないのだろうな、と思って冷めてしまうのだから、冷めてるのは間違いないとザックスは自己評価しているが。


「それに考えてみても下さいよ、私と結婚したら〝アレ〟が妹になるんですよ?」

「……何も答えんぞ、俺は」


 それがもう答えなんだよなぁ、と目を逸らすベリアスを見つつザックスは溜息を吐いた。

 妹であるカテナもそうだが、そこに自分の母も控えているのだ。正直言って、並の女性であれば並べられるのも嫌になるだろうと思っている。


「母がいる手前、期待するばかりではなくて相手を支えれば良いとも思うのですが……支えて後悔しないだろうと思えるような女性と今まで巡り会えてはこなかったので」

「支える、か。自分が支えられたいとは思わないのか?」

「私は自立していますので。正直、捨てようと思えば貴族の地位も捨てて商人からやり直していいですし、ダメならダメで傭兵という道がありますからね。一人で生きていくだけでいいなら、今の地位に拘りはないです」


 勿論、責任を放り捨てるつもりはない。あくまで自分が地位を捨てるならしっかりと王家に地位返上を申し出て、領地の管理など後に任せられる人に引き継がせる所までやってから。そう思っているからこそ、しっかりと教育を受けているつもりだ。

 ただ、自分に果たせない責任を果たせないと打ち明けて潔く引き下がることも時には必要だと思っている。だからザックスは貴族でなくなることには抵抗はない。

 ……ふと、ザックスの話を聞いていたベリアスが神妙な顔付きとなった。


「……なぁ、ザックス」

「はい?」

「年齢差はどこまで気にする?」

「年齢差……ですか? 上か下かで話は変わってきますが」

「では率直に。年上でも構わないか?」

「……私より年上ですか。それで未婚となると」

「あぁ、世間一般的には行き遅れと言われているな」


 ザックスは十八歳だ。そこから上、それも二十歳を超えると結婚適齢期を過ぎた行き遅れとも言われる年齢となる。

 グランアゲート王国では子供は産めても二十五までにと推奨され、そこから先は母子共に健康を保証出来ないと言われるような現状だ。


 適齢期を過ぎた女性への風当たりは、はっきり言って優しいものではない。それが貴族の女性ともなればもっと厳しくなるだろう。

 その受け皿として教会に身を置いて、神官や魔法の家庭教師としての道を歩む女性もいるのだが、だから良いとも言えない話ではある。


「一人だけザックスに会わせてみたい、という女性がいるのだが……如何せん、そういった風潮もあって本人も乗り気にはなりづらいだろうからな。あくまで、二人さえ良ければという話になるのだが」

「どういった方なんですか?」

「その、悪い奴ではないのだ。ただ……心を鋼で武装しているというか……鉄仮面というか……」

「……は?」

「私とベリアス殿下とはご縁のある御方なのです。財務官として王城に勤務しているので、ザックスの将来を考えれば結婚の話を抜きにしても紹介しても良いと思うのですが……少々訳ありでして」


 言葉を濁すベリアスに代わって、ラッセルが神妙な表情を浮かべながら説明する。


「訳ありですか?」

「婚約者が別の女と駆け落ちして破談になった経緯があるのだ」

「あー…………」


 非常に反応に困ると言った様子でザックスは呻き声を零した。

 そこでザックスは己の内に引っかかるものを感じた。それは既視感、この話をどこかで聞いた覚えがある、と。

 記憶を探っていき、ベリアスとラッセルが伝えた情報から情報を漁る。そして、数年前に話題となった一つの家へと行き着いた。


「もしや、それって〝公爵家〟の……?」

「やはり知っていたか。そうだ、お前に紹介したいのはイーグリア公爵家の令嬢だ」


 

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