幕間:取り戻した朝に、目を細めて
今回の更新は四章までの繋ぎの幕間の話です。
暫く本編の更新ではなく、幕間の話が続くかもしれません。
四章を開始した後にもこの間の章は追加される可能性があります。
「シエラさん! よく無事でお戻りに……! 本当に良かった……!」
「リルヒルテ様……ご心配をおかけしました」
喜びを隠すことなくシエラを抱き締めるリルヒルテ。その傍にはレノアが二人の様子をホッとしたように見つめていた。
私がシエラを連れてラトナラジュ王国から帰国した後、シエラはリルヒルテたちと研究室で再会した。
シエラを連れて帰国してから数日。少し間を空けてからの再会だったので、リルヒルテは今か今かと待ち構えていて、こうして顔を合わせることが出来た。
リルヒルテはシエラを強く抱き締めた後、身体を離す。そしてシエラの顔を見ると少し痛々しそうにシエラの目を見つめた。
「……話には聞いていましたが、完全にこちらまで治った訳ではないのですね」
リルヒルテの視線の先には変色してしまったシエラの瞳がある。単純に色が変わってしまっただけになったけれども、それだって大事に違いない。
労しげに気遣うリルヒルテにシエラは静かに首を左右に振った。
「これも私の至らなさが原因ですから。リルヒルテ様が心を痛める必要はありません」
「ですが……」
「リルヒルテ様、シエラさんがこう仰っているのですから」
レノアも窘めるようにリルヒルテに言うと、リルヒルテはまだ何か言いたげな表情を浮かべつつも口を閉ざした。
そんなリルヒルテの手を取ってシエラは優しく微笑む。
「心配してくださっただけで私には十分です。ありがとうございます、リルヒルテ様」
「……本当にもう大丈夫なのですね?」
「はい」
「……なら、素直に貴方が戻ってきてくれたことを喜ぶことにします」
リルヒルテが応えるように笑みを浮かべて言う。これで再会の一段落はついたので、改めて全員で机を囲むように席につく。
「ですが、そのままだと色々と注目を集めてしまいそうで心配ですね」
「学院はまだ落ち着いてない感じなの?」
「大部分は私が抑えていますが、それでもカテナさんやシエラさんが再び通うようになればわかりませんね……」
「カテナさんはともかく、私はこのまま退学扱いでも良いと思ってるんですが……」
「却下。シエラは被害者なんだから、これ以上ラトナラジュ王国の都合でシエラの自由が奪われるなんて認められないって」
元々、シエラが魔神に魅入られるようなことになったのもアシュガルが暴走した結果だ。そんなアシュガルを育てたのもラトナラジュ王国だ。
しかもあちらの都合で表向きは死んだことになっているけれど、だからってこっちで死人のように身を隠して生きるなんて私が認めない。
「この件についてはベリアス殿下の協力も取り付けてあるからね。というか、ラトナラジュ王国としては死亡した扱いにするけれど、こっちでは亡命扱いに近いというか、普通にシエラは復学出来る予定だよ」
「良いのですか? 国ごとで扱いが違うと邪推する者も出るかと思うのですが」
「ラトナラジュ王国としては逆に怪しんでくれた方がいいんだって。それこそシエラを踏み絵にするつもりらしいよ。そこで調べて裏まで辿り着けるなら重用なり、警戒なり出来る。迂闊な真似をするようならその程度だって。とにかく人材の見極めをしっかりしたいから、シエラに関しては丁寧に処理するより、或る程度隙を見せてくれた方がいいという話で」
これはだいたいナハラ様の案だ。ラトナラジュ王国はこれから立て直さなければならないことが山ほどある。その中で誰が重用出来るのか振るいにかけるつもりなのだとか。
ナハラ様が裏で苛烈に締め上げ、秩序を取り締まり、表ではハーディン国王が調整をする方式で国を纏めていく。それが新しいラトナラジュ王国の王室の在り方にしていくつもりだと。
先王について甘い蜜を啜っていた者たちは軒並み廃され、今まで立場や身分などで虐げられていた人たちを改めて重用する動きも出ている。
そして国民の支援も急ぎたいということで、統治する人材は刷新して自分たちの改革に同意してくれる人を振り分けたいのだとか。
暫くラトナラジュ王国の情勢は落ち着かないだろうし、そんな状況でシエラにちょっかいをかけてくるような輩は迂闊な馬鹿か、或いは腹に一物を抱えているような奴だ。
こればかりはシエラの立場上、仕方ない。仮にラトナラジュ王国に残っても大なり小なり、この問題には頭を悩ませなければならなかったと思う。
「基本、面倒事が起きたらそのままラトナラジュ王国に投げていいって言われてるから。だからシエラは気ままに学生を楽しめばいいよ。それで騒がしくするような奴がいたら私が黙らせてもいいし」
「そこまでして頂かなくても……」
「私がそうしたいの。リルヒルテとレノアだって同じ気持ちでいてくれると思うけど」
「そうですね、協力は惜しみませんよ」
「私も同じ気持ちです」
私が笑みを浮かべながら言うけど、リルヒルテとレノアが即答してから同じように笑みを浮かべる。
私たちの笑顔を見たシエラはぎゅっと目を瞑って、何かを堪えるように少し身を震わせた後、顔を上げて頷いた。
「……ありがとうございます。また一緒に学院に通えたら嬉しいです」
「ん! それで良し! どうせ生きてたら何かしら面倒なことは起きるんだから、その時に考えていけばいいよ」
シエラの頭をわしゃわしゃと撫で回してやると、シエラがゆらゆらと揺れながら幸せそうに微笑んだ。
その様子を見てリルヒルテやレノアが笑っている。ちゃんと取り戻せたんだな、という実感が私の胸に広がり、温かくなっていった。
* * *
「あれ? シエラ、それどうしたの?」
シエラがリルヒルテとレノアと再会した次の日、まだ工房で寝泊まりしている私たちは朝食で顔を合わせている。
朝食を食べにやってくると、道中でシエラと合流する。そのシエラが色が変わってしまった左目に眼帯をつけていたのだ。
「あぁ、おはようございます。いえ、目の色が変わってしまいましたし、普段は隠しておこうと思いまして。なので今から慣れておこうと思ってつけてるんです」
「……それもそっか。でも、慣れるまで大変だね」
「えぇ、距離感がちょっとわからなくなって大変です」
苦笑を浮かべたシエラの傍まで歩み寄って、頬を撫でるように触れながら眼帯に指を這わせる。
この変色した瞳はシエラにとっては罪の証のように思えて、眼帯が余計に痛々しく見えてしまう。哀れむのはダメだと思うのに気持ちがなかなか収まってくれない。
もっと私が上手く出来たら、と思うのは傲慢なんだろうか。そんな私の気持ちに気付いたのかシエラが私の手に自分の手を重ねた。
「大丈夫ですよ。忘れないためにはこれぐらいしておいた方が良いんです」
「……でも」
「この罪があるから、私はここにいられるんです。辛い思いも、苦しい思いもしました。でも、だからこそ今ある幸せをちゃんと守ろうと思えるんです。だから、この不便であることも愛せると思うんです」
眼帯に隠されていない瞳でシエラは私を見つめる。僅かに細められた瞳は幸福そうに目尻が下がっていた。
「無理はしませんから。だから見守ってくれませんか?」
「……シエラがそう言うなら。でも、苦しかったら無理する必要はないからね?」
「はい。……でも、まだ慣れないので。手を握って貰っても良いですか?」
シエラは頬を撫でていた私の手に自分の指を絡めながら言う。甘えるようなその仕草に否なんて言う気も起きず、私はシエラの手をしっかりと握った。
「仕方ないなぁ、慣れるまで手を繋いであげる」
「はい。ありがとうございます、カテナさん」
「あと、その眼帯可愛くないね。なんかもうちょっと可愛いデザインの探そう。なんだったら作ってあげるよ」
「作れるんですか?」
「手先は器用だからね。なんだったら一緒に作る?」
「……それもいいですね」
手を繋いで、他愛のない話をしながらゆっくりと朝食を食べに向かう。
そして、今日も穏やかな朝が始まった。
* * *
――もう少しだけ、もう少しだけ甘えさせてください。
このまだ慣れない温かさに慣れるまで、あと少しだけ、どうか――
面白いと思って頂けたらブックマーク、評価ポイントをよろしくお願いします。




