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18:終わって、始まる

 どんな世界であっても、一番大変なのは事が終わった後の処理だと思う。

 シエラが起こした亡霊騒ぎは収束したものの、そもそもの発端を辿れば拘束されたラトナラジュ国王の悪政に原因がある。

 積極的に国王に尽くしていた側近や妻たちは拘束出来たけれど、これからのことにはまだ何も手がつけられていない。


 そこにシエラが最悪な一手でトドメを刺してしまったようなものだ。

 あんな規模の魔物の出現など本来ラトナラジュ王国ではあり得ない筈だったし、それを招いたのが実質自分たちで首を絞めた結果なのだから堪らない。


「……これからのことを思えば頭が痛いが、それでもこの国の民を思えば越えなければならない試練だろう」


 ハーディン殿下は疲れを滲ませた表情で重々しく呟いた。事態は早急に手を打たなければならないことをハーディン殿下は強く感じているみたいだ。その原因はシエラにある。

 人が魔族に堕ちる可能性がある。苦境に追い込まれる人が増えればシエラに続く人が現れてしまうかもしれない。

 魔神が次に誰に囁くのかわからないにしても、シエラという前例を見てしまった以上、もう出ないと考えるのは楽観的すぎるだろう。


「それを私たちにわざわざ宣言する意味もないだろう。用件は何だ? ハーディン殿下」

「すまない。君たちも疲れているだろうからな、話は手早く済ませよう」


 ベリアス殿下がそう言うとハーディン殿下は曖昧な笑みを浮かべる。

 事態が収束してからまだ一日しか経っていない。私たちグランアゲート王国組は休みを貰ったけれど、ハーディン殿下はここに来るまでも奔走していた筈だ。

 その証拠に目元に隈が出来てしまっていて、隣のナハラ様も疲れを隠しきれていない。


「……以前、カテナ嬢に聞いた話をほぼそのまま使わせて貰おうと思っている。ラトナラジュ王国の民は今回の事件を切っ掛けに王家へと疑いの目を向けるだろう。下手を打てば暴動まですぐだ。だから即効果があり、注目を集められるような一手を打ちたい。だからグランアゲート王国、ひいてはカテナ嬢と歩調を合わせたいと思っている」

「成る程。つまり神器を作るという目標を国民に与えると」

「私が神器を継承出来ればまだ辛うじて面目は立つが、それだけでは足らない以上はな。それに魔物の脅威を実感した者も多い。国の体制を変える機会だと思えば、ここでこそ力を尽くすべきだと思っている。それを伝えたかったのと……ここからは主にカテナ嬢に向けた話になる」

「それとシャムシエラ、君もだ」

「……私ですか?」


 ハーディン殿下に続けてナハラ様が私の隣に座っていたシエラへと目を向けた。

 シエラは気怠げな様子でゆるゆると顔を上げた。一連の事件が終わってからというもの、シエラはどこか疲れ切った様子でぼんやりとしたままだった。寝かせようともしたのだけれども、上手く寝付けないみたいで私が傍にいて様子を見守ることになった。


 シエラが魔族になったのは、やはり完全には覆すことは出来なかった。

 その証としてシエラの片方の瞳は色が変わってしまっているし、本人もやろうと思えば魔族のように肉体を変質させることが出来ると言っていた。

 なくなったのは魔神との縁だけ。それだけでも良かったと思いたいけれど、シエラがそう思えてたなら苦労もしてない。


「これはハーディンの案ではなく、私の発案となる。だから私が説明すべきだろう。端的に言えばシャムシエラ。──君に死んで貰いたい」

「は?」


 思わず低くドスの利いた声が出てしまった。その私の声を聞いたナハラ様は怖じ気づくこともなく私を見返してきた。


「別に命を絶て、と言っている訳ではない。……あくまでこの国ではシャムシエラは死んだことにして欲しい、ということだ」

「どうしてシエラが死んだことにならなきゃいけないのよ」

「万が一にもシャムシエラが今回の襲撃者だと知られたらラトナラジュ王室は更に追い詰められかねない。なにせ身内から魔族を出してしまったのだからな。そんな王家に誰がついてくる? 今でさえ心が離れそうなのに、そんな危険な芽を放置は出来ない。だからシャムシエラには死んだとさせて欲しい。幸い、シャムシエラの容姿はあまり知られていない。……誤魔化すのは十分可能だ」

「そんな言い分に納得出来るとでも?」

「シャムシエラに死んだことにして欲しいと頼む理由はもう一つある。君には、これから二度とラトナラジュ王国の土を踏んで欲しくないからだ」

「……さっきから勝手なことばかり言ってない?」

「あぁ、そうだ。だが私はハーディンの妻だ。ハーディンがこれから治める国に火種があるというのならばそれを振り払うのが私の役目だ。はっきり言って、今のラトナラジュ王国にシャムシエラの恨みに付き合える余裕はない」


 ナハラ様は気迫すら篭もった声できっぱり言い切る。


「私たちも君を救うことが出来なかった。罵られて当然だと思うが、私たちだけを恨むならまだしもシャムシエラはラトナラジュ王国を崩壊させようとした。その点、私は君を許す訳にはいかないんだ。そこにどんな理由があろうと、理不尽であろうと。私たちは国を背負っている」

「……」

「だから私たちのために死んで欲しい。そして二度とラトナラジュ王国に関わらないで欲しい。それが君がこれから生きていくことを許せる条件だ」

「許すって……何様のつもりで!」

「私は私だ。ハーディンの妻であり、今後のラトナラジュ王国を背負っていく国母だ。私が、私のために君を許せない。それを身勝手で許せないと思うのは自由だ」


 そこでナハラ様は席を立ち、私とシエラの前まで来ると跪きながら深く頭を下げる。それを見たシエラが手を震わせたのを私は見てしまった。


「これから私たちが背負う国は、君が恨んだラトナラジュ王国ではない。そうしていくと誓う。君を死なせてしまったことを忘れず、今度こそ民のためにある国にしていく。望むなら忘れて欲しい。忘れるのが無理なら無視して欲しい。それも無理なら監視をしてくれ。外側から私たちが間違っていないことを見届けて、それが果たせないなら……この首を持っていけば良い」

「その時は私も共に頭を垂れよう」


 ナハラ様の隣に同じくハーディン殿下までやってきて、跪いて頭を下げた。

 シエラは少し俯いたように視線を下げているので、今どんな表情をしているのが見えない。


「私に君を止める権利も窘める資格もない。君がこの国を恨むというのならそれは正しい」


 そこまで言ってからハーディン殿下は顔を上げた。どうしようもない苦渋を堪えたような表情に私は思わず息を呑んでしまう。


「だが、正しいことだから呑み込めと言われては私たちもそれを許せないと叫ぶしかなくなる。君は私たちを許さなくていいし、私たちも君を許すことは難しい。それを踏まえた上で、どうか互いに妥協し、許し合う道を進むことを許して欲しい」

「……ハーディン兄上」

「君のこれまでの過去と、今の思いを奪い去る代わりに私たちは未来を捧げる。どうか、この国が変わることを認めて欲しい、シャムシエラ」


 ハーディン殿下がそう言うと、静かな沈黙が広がった。シエラは俯かせていた顔を上げる。そこに浮かんでいたのは、とても凪いで穏やかな表情だった。


「ハーディン兄上、それからナハラ様。お話はわかりました。その提案を受け入れます」

「……感謝する」

「感謝をするなら、どうかカテナさんにお願いします。恨みを抱いたシャムシエラが死んでも、私にはただのシエラとして生きたい未来があります。それを与えてくれたのはカテナさんです。カテナさんがいなければきっと、私は頷けなかった」

「……あぁ」

「逆に、こんな私がただのシエラとして生きていいと言うなら……ハーディン兄上、どうか私をこの国から自由にしてください。もう二度と思い出さないように、私が貴方たちに裁きを下す日なんて来ないように。可哀想だった私を永遠の過去にしてください。今、ここで誓って」

「誓う。ハーディン・ラトナラジュは悪しき風習を築いた王室を変え、君を始めとした多くの悲しみを過去にすると。二度とこのようなことが起きない国を目指すと」

「同じく、ナハラ・ラトナラジュは夫と共に誓おう」

「ただのシエラは誓います。この国が誓ったままの国であれば、二度とこの国を害しはしないと」


 誓いは交わされた。シエラの目からは涙が零れ落ち、立ち上がったハーディン殿下が一瞬、迷いながらも、意を決したようにシエラの涙を拭った。

 シエラは何も言わず、ハーディン殿下の指が涙を拭うのを許している。


「……誓いが交わされたからこそ、言わせて欲しいことがある」

「ナハラ様?」

「君に義姉上と、そう呼ばれる未来もあった。それが失われたことがとても悲しい」


 ナハラ様はそう言うと、シエラに近づいて包み込むようにシエラを抱き締めた。

 シエラは驚いたように目を見開き、虚空に手を彷徨わせている。


「今だけは義姉となれた筈の者として振る舞わせてくれ。シャムシエラ、助けてやれなくて本当にすまない。守ってやれなくて、すまなかった……」


 心の底からの感情を滲ませたナハラ様の声に、シエラがおずおずと彼女の背に手を回す。

 そんな二人を纏めて抱えるようにハーディン殿下が手を置く。二人の温もりを感じたからなのか、シエラの目から大粒の涙がぼろぼろと零れていく。

 何かが違えば、もしかしたら家族になれていたかもしれない。その未来が失われたのだとしても、その可能性があったことまでは変わらない。


 ……うぅん。変わらないで欲しいと、私は祈ってしまう。

 静かに震え、呻くように泣き声を上げ始めたシエラを見つめながら私はそう思うのだった。

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