17:巡り巡りて、いつかの明日へ誓いを立てる
「ナハラ……君がそう言うってことは余程の事だと思うんだが」
「だから言っている。はっきり言って今のままでは勝機など見えない。あの手の魔物は実体があるようでない。だが、それでも核へと衝撃が届けばその余波だけでも倒すことが出来る。……しかし、アレは無理だ。攻撃してわかったが密度が濃すぎる。そして再生速度も速い」
ハーディン殿下が険しい表情を浮かべて巨大な亡霊を見上げた。ナハラ様は笑みを浮かべてはいるものの、その目はとても鋭く笑っていない。
「アレを一撃で消滅させられるような一撃が放てればと思うがな……」
「ナハラでも無理なのか?」
「無理だ。吹き飛ばすことは出来ても核までは届きそうにない。的は絞られたのはありがたいが、逆にどうしようもなくなったな。そもそも、あれは一体何だ?」
「……あれは、恐らくこの国が生み出し続けてきた怨念の集合体です」
私の言葉にナハラ様とハーディン殿下が振り向く。それからすぐに亡霊へと視線を戻す。
「……あれがなぁ。なるほど、大きさには納得しておこうではないか」
「怨念の集合体……亡霊が融合するということは例を見たことがないが……」
「それは多分、同一の願いだからじゃないですか? 志を同じくすることが出来るから、その意志を一つに束ねることが出来る」
「……怨恨によってか。まったく、皮肉なものだな。全ては自業自得ではないか」
ハーディン殿下が何とも言えない顔を浮かべながら曲剣を構えて一歩前に出る。その隣にはナハラ様が並んで武器を構える。
「ナハラ、敵うと思うか?」
「どうかな。こちらが一方的に攻めれば望みはあるかもしれないが」
「なら、私が攻撃を防ぐことに集中する。付き合ってくれ」
「やれやれ、何とも挑み甲斐のある戦場だ。嫁いできて良かったとも」
「……そう言ってくれる君で良かった」
ちょっと聞いてると恥ずかしくなる会話をしているけれど、それだけ危機感を感じる相手だと言うには同意出来る。
同意出来るだけで、私は何も焦ってはいなかったけれど。
「お待ちください、ハーディン殿下、ナハラ様」
「……カテナ嬢?」
「アレは私がなんとかします。ただ、シエラを抱えてると流石に無理なのでシエラと王都、それから民を守ることに集中してください。少し時間がかかりそうなので……」
「アレをなんとか出来ると、君はそう言うのか? カテナ嬢」
「出来ます。私は魔族、魔物にとっての天敵ですから」
「……ほう」
ナハラ様が挑むような目で私を見つめる。その視線に真っ直ぐ視線を返す。
けれど長い見つめ合いにはならなかった。亡霊が動き出して、私たちに向けて拳を振り下ろそうとしている。
ナハラ様はその気配を察知して振り返りながら青竜刀を振るう。巻き起こった風が刃となって拳を半ばから断ち、二つに割る。そこに駄目押しのようにハーディン殿下が曲剣を振るうと収束した炎の刃が光線のように伸びて傷を押し広げる。
亡霊の拳は勢いを失って引き戻されるも、既に再生が始まっている。やはりあれはシエラの怨念を起点として生まれた怨嗟の集合体だ。
だからこそ類似例の魔物とは攻略法が逆になっているんだ。砕くべきは外側ではなく、内にある核だ。
「議論している暇はないな。ハーディン! お前が決めろ!」
「……ッ、すまない、カテナ嬢! 他国の貴族である君に頼り切りというのは情けないが、この恥を雪ぐ前に果てる訳にはいかないのだ! どうか、君の力を貸して欲しい!」
「わかりました。代わりにシエラをお願いします」
「……その、必要は……ない、です」
シエラを預けようとすると、私の服をシエラの手が掴んだ。シエラの目が薄らと開き、私を見つめた。
色こそ変わってしまったけれど、そこに魔神の影響は見られない。少しだけ弱っているようだったけど、シエラは意識を取り戻していた。
「シエラ、大丈夫なの?」
「……少し怠いだけです。でも、大丈夫です。守ってもらう必要はありません」
シエラは私の腕から離れて立ち上がろうとするけれど、すぐによろめいて倒れそうになる。咄嗟に支えたけれどどう見たって危なっかしい。
「シエラ、無理しないの」
「……少しふらついただけです。私はいいですから」
「怒られたい?」
「……本当に大丈夫ですから」
弱々しく微笑みながらシエラは言う。私の腕から離れて今度はしっかりと立ち上がる。
息を整えて顔を上げたシエラはハーディン殿下を見ると少しだけ目を見開かせた後、表情を引き締めた。
「……ハーディン兄上、いえ、ハーディン殿下」
「非常事態だ。好きに呼んでくれて構わない、シャムシエラ。しっかりと面識がある訳でもない君に兄と呼ばれていいのかとは思うが……その話は後だ。ここから離れられるか?」
「いえ……下手に離れれば危険でしょう。自分の身を守ることぐらいは出来ます。だから見届けさせてください」
「それは……」
「あの亡霊は、あの怨恨は私です。私だったものです。本当は私がどうにかしなきゃいけなかった。私が集めてしまったものだから。それでも……私が救われたいと思ってしまったから、剥がれて別たれてしまった」
シエラが見上げる先、巨大な亡霊は再生を終えて動きだそうとしている。それを抑えるために、兄と妹の会話の時間を稼ぐためにかナハラ様が突撃していく。
宙を蹴るように飛び上がり、殴りつけるような暴風の連続攻撃を叩き込んでいる。その荒々しくも力強い戦い方はナハラ様が並々ならぬ実力者であることを感じさせる。
その光景をシエラは複雑な表情で見上げていた。そんなシエラをハーディン殿下もどんな言葉をかければ良いのか迷った表情を浮かべている。
「シャムシエラ。君だけの責任にされると……私は我が身が恥ずかしくて堪らない」
「え……?」
「私たちは兄妹だ。君は私たちを捨てたかもしれないが、それでも同じ国で育ったんだ。あの恨みが君だけの責任だとすると、君に全てを押し付けたようでいい気はしない」
「……ハーディン兄上」
「今まで君を助けることが出来なくてすまなかった。何もかも手遅れに近いし、元に戻るものなど何一つない。それでもやり直しの機会があるなら力を尽くさせて欲しい。だから改めて問う。自分の身を守る、その言葉に偽りはないな?」
ハーディン殿下の問いかけにシエラは視線を真っ直ぐ返して、一呼吸開けてから頷いた。
「……カテナ嬢。何かあればシャムシエラは私が」
「わかりました。でも、お互いに無理しないでください。二人とも、いえ、この国の人たちはこれからなんですから」
私の言葉にハーディン殿下は神妙に頷く。すると、今度はシエラが私を見つめてきた。
「カテナさん、あの」
「何?」
「……お願いです。あの怨恨をどうか終わらせてあげてください。私が起こしてしまったもので、こんなの人に頼むなんて間違ってると思うんですけど……」
「うん」
「……もう、終わりにしてあげたいんです。救われたからこそ思うんです。誰だって、あんな憎しみになりたかった訳じゃないんだって……!」
「大丈夫、わかってるよ」
シエラの肩に手を置いて、私は前に出る。ナハラ様が立ち回って亡霊を翻弄している所に援護のように魔法が飛び交う。
それでビクともしない亡霊だけど、だからといって諦めているような人はいない。次々と浴びせるように魔法が放たれ、亡霊の周囲には魔法の残滓が無数に散っていく。
「……うん、あれなら好都合だ」
「カテナ嬢?」
「ハーディン殿下、周囲に指示を出せるなら伝えてください。私がこれから突っ込みますが、決して攻撃の手を緩めないようにと」
「何? 待て、カテナ嬢、それは一体どういう――」
ハーディン殿下が何か言い切る前に私は強く地を蹴り、壁を蹴って建物の上へと。
そのまま建物を伝って全力で走っていく。向かう先には巨大な亡霊が魔法を鬱陶しそうに払っているのが見える。
ナハラ様が飛び跳ね回るように突風を浴びせていて、街や攻撃している人たちには直接攻撃は向いていないようだった。
「ナハラ様、そのままお願いします! 私は勝手に避けるんで、手を緩めずに!」
「は? お、おい、カテナ嬢!?」
背から困惑したようなナハラ様の声が聞こえたけれど、敢えて無視する。亡霊の手が届く距離まで私が迫ると、亡霊は私に狙いを絞ったように拳を振り下ろしてくる。
その拳が当たる直前で地を強く蹴って、懐に入り込むように距離を詰める。その際、表面に沿わせたように天照で亡霊を切り裂く。
亡霊そのものを構成している魔力と、魔法の乱発によって散らされた魔力の残滓。この二つを天照に取り込んで収束させていく。
淡く白い光を放ち始めた天照に気付いたのか、亡霊が狂ったように絶叫しながら私に勢い良く拳を叩き付けようとする。
思わず舌打ちが零れるけれど、当たる訳にもいかないので飛び跳ねるようにして亡霊の拳を回避する。
すると、亡霊は思わぬ行動に出た。私を直接狙うのではなく、次に私が着地しようと思っていた建物を破壊し始めたのだ。
「なっ!? まず……!」
このままでは宙にいる時間が長すぎて回避が出来ない。拳を引き戻し、地に落ちようとしている私よりも早く叩き付けようと亡霊が迫る。
ちょっと勿体ないけど集めた魔力で防御をしようとした所、大地が隆起するようにして私への攻撃を防いでくれた。
大地の隆起は止まらない。まるで私の足場を作り、亡霊を閉じこめ囲う檻のように変化していく。
「いつぞやの借り、ここで返すぞ! カテナ!」
「……ッ! 最高に男前って奴よ、ベリアス殿下!」
声の方へと視線を向ければ、剣を地に突き立てて大地に力を注いでいるベリアス殿下の姿が見えた。これで亡霊の動きを制限することが出来て、私は足場を心配する必要はなくなった。
「今です! 直撃させる必要はありません! とにかく魔法を撃ってください!」
その隣にいたラッセル様の指示で隆起した大地の隙間を縫うように亡霊へ魔法が次々と叩き込まれていく。
逆に隙間を狙うという狙いがはっきりしたから私も移動しやすくなった。押し固めて突き出したような大地を蹴って、私は亡霊との距離を詰めて行く。
「――〝祓い給い、清め給え、神ながら守り給い、幸え給え〟」
大地を蹴りながら身を揺らし、踊るように地を蹴る。空を裂いて魔力を引き寄せ、己の支配下に置いていく。
光が満ちていく。どこまでも眩く輝く、朝を告げる太陽のように。
「貴方がこの国の恨みそのもので、その復讐が正当なものだとしても――その恨みを止めるのも、貴方と同じ人の意志であり、願いだ」
届いてるかもわからない。それでも私は亡霊に語りかけずにはいられなかった。
方や、国が積み重ねた怨恨の塊。方や、この場に集った人の意志を束ねた明日への祈り。
どっちが優れているだとか、どっちが強いだとか、どっちが正しいだとか……私にはどうでも良い。
「いつか再び、私が去った後に同じことが繰り返されるのかもしれないけれど――今は、ここに私がいる」
――だから、どうか。
「今日は終わりの日じゃない! 明日の、更にその明日の、その先に続く未来で貴方たちが誰も傷つけずに終われる日を祈って! 今はただ遠く去れ!」
彼等を消しさるのは私じゃない。私がいなくなれば同じことは繰り返すだろう。
あくまで私は斬り祓う者、滅ぼす者じゃない。だから未来へ。明日よりももっと遠いその先にお互いの道が重なり、手を取り合える終わりのために私は可能性を繋ぐ。
「――どうか、荒ぶる魂に静かな眠りを」
〝万物流転〟し、〝森羅万象〟はこの手に。そして、この手にあるのは災禍祓う刃。
――〝神技:都牟刈大刀〟
闇が朝日によって祓い去るように、亡霊を構成していた数多の怨恨が溶けていく。
怨恨の核を解き、世界へと拡散していく。亡霊の身体が光の粒子となって散っていき、まるで雪のように降り注いでいく。
「……夜も、冬も、いつか過ぎれば朝が来て、春になる。だから、その日まで」
――どうか、後に続く人を信じてください。
刀を鞘に収めて、目を閉じて祈るように胸に手を当てた。
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