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16:ここに君のための再演を

 ――どうして神器は、神器と呼ばれるのか?


 そもそもの話、神の祝福を受けたという武器という意味では同一といっても良い準神器級の武器と神器を分け隔てる違いはどこにあるのか?

 ヴィズリル様は言った。神器とはただの武器にあらず。準神器級の武器はあくまで武器としての模造品でしかないと。


 その意味を理解することが、神が人に与えた宿題だともヴィズリル様は言った。

 まだ答えを理解した訳じゃない。でも、答えだと思えるものは天照を打ち直したことで薄らと掴むことが出来たと思う。


 だから、私は自分の打った日本刀を信じることが出来る。

 私は戦う者じゃない。私にとって戦うことは手段の一つでしかない。私が目指し、辿り着くべき場所はもっと遙か先にある。


「――行くよ」


 ――〝神技:都牟刈大刀(つむがりのたち)


 私の宣言と共に天照を輝かせ、朝焼けの如し光を纏った。

 シエラへと踏みだし、光の刃を振るう。危機を察知したように牙を向く亡霊を一刀で複数切り捨てる。


「う、ぁ、ぁああああああっ!」


 悶え苦しむように身を捩りながらシエラが魔法を放ってくる。合わせて亡霊たちもシエラの魔法に巻き込まれるのを承知で向かって来た。

 それは死して怨嗟に囚われた者だからこその特攻だったのかもしれない。だけど、それでも私には届かない。


 足を止めて、迫った魔法を亡霊を切り捨てる。魔法と亡霊の密度が濃すぎれば跳躍してシエラの周囲を旋回しながら刀を振るう。

 空気を裂き、魔力を取り込み、光はどこまでも眩く力強くなっていく。けれど、以前までの疲労感はない。

 天照の元の性能が向上したのもあるだろうし、何より私が天照への理解を深めたことが要因だろう。だから慌てることなく対処することが出来る。 


 斬って、捨てて、斬って、祓って、斬って、祓って、斬る、祓う。斬る。祓う。

 繰り返し、繰り返し、シエラの魔法も亡霊の襲撃も私には指先を掠めることもない。


「カテナ、さん……あ、ぁぁっ、あぁぁああああっ!!」


 悶え苦しみながら魔法を使う様は、まるで操られているかのようだ。正気と狂気の狭間、裏表の愛憎、それ故の苦痛。時間をかければかけるほどシエラの魔法も苛烈になっていく。

 それは我が身の崩壊を厭わない亡霊の軍団と相性が良い。もしも、私以外がこの猛攻を受けていたら甚大な被害が出ていたかもしれない。


 ――そう、私じゃなかったら。


 魔法も、亡霊も纏めて切り捨てる。切り捨てた際に魔力を引き抜き、己の力へと変換する。

 目映さを増していく光は朝焼けの空を染めるように、その存在感を確かに高めていく。


「――天地陰陽、未だ分かつなき」


 世界の始まりは渾沌だったと多くの神話で語られている。

 なら世界を始めたのは誰かと問われれば、それは神だと答えるだろう。


 最初は天も、地も、空も、海も、全てはなかった。

 故に世界は神によって象られた。この世界もまた神によって摂理が敷かれている。

 そして神は神器を人に与えた。神器とは神の似姿、神の力の器であり、人に託された力であり課題。


 全ては巡る。創造も、破壊すらも。その先に再生がある。

 神は人に神器を託した。神が創った世界を生きる私たちに。

 その先に私が見出したのは、神話の再演。

 私たちが、今度は人の手で神の摂理を越えて行くために。


「――天地開闢(てんちかいびゃく)、我が刃は万象を切り開く!」


 神を招く場を整えられるのなら――逆説、神を祓う場を整えられる。

 私は神の位階へ手を伸ばす。人の身でありながら不遜、そして不遜であるからこそ、この身と刃は魔を祓い断つためにある!



 ――〝神技:森羅万象〟



 同じく神技と冠した万物流転は、神の理によって象られた魔法を自分へと収束させて支配下に置く技。

 この森羅万象は万物流転の後に続くもの。世界の流れが掌握できるなら、この手には神が定めた理があるも同然。


 そこに私の理――つまりは〝魔を祓い断つ理〟をねじ込む。

 神の視点を持たない私が及ぼせる範囲は、あくまで私の眼に映し出される場所までしかないけれど。

 それでも――目の前の誰かを救うには十分過ぎる力だ。


「シエラ!」

「ッ……!」


 私の叫びにシエラが怯えたように身を竦ませた。異形なる瞳は恐れを、異形ならざる瞳は懇願をもって私を見つめている。


「自分が誰かもわからなくなっちゃうような縁なんて絶ってしまえばいいのよ! どんな貴方でも、私は貴方の手を引くから!」


 それは、最初のシエラとの対峙の再演。しかして、再演を超えて行くもの。

 魔力を天照へと叩き込む。万物流転、後の森羅万象を以てして注がれた魔力は以前の量を遙かに超えている。



「――その悪縁を、ここに絶つ!!」



 禊ぎの一閃を振るう。この一撃は、シエラをどうしようもない夜闇の中から救い出すために。

 光の刀身が伸びて刃を阻もうとした亡霊ごとシエラを斬り伏せる。その光はシエラへと伝播し、シエラが身を仰け反らせながら絶叫した。

 シエラを、そのシエラの内に巣くった魔神を見据えるように睨みながら低く呟く。


「人を惑わす神なんてお断りなのよ、この子の進む道を邪魔するな――魔神!」


 シエラの絶叫は、それはもうシエラの悲鳴ではなく内に秘めた魔神の因子の悲鳴だったのかもしれない。

 それを裏付けるかのようにシエラの身体から黒い靄のようなものが剥がれ落ちていき、シエラがゆっくりと崩れ落ちていく。

 私はすぐに駆けよって片手でシエラを抱き留めて抱え込む。


「シエラ!」


 シエラは意識を失ってしまったのか、ぐったりと私に身体を預けてしまっている。

 これで終わり。そう思いかけた瞬間、シエラの身体から剥がれ落ちた黒い靄が空中で蠢動した。


 そして次の瞬間、黒い靄を中心にして亡霊たちが一斉に群がっていく。亡霊たちの身が溶けて一つになって、巨大な姿になっていく。

 空に浮遊する巨大な影は、黒い骸骨めいた姿をしていた。瞳が収まっていただろう部分には昏い色の炎が灯っており、人を握りつぶしてしまえそうな巨大な手を広げて奇っ怪な絶叫を挙げた。


 ――憎し、憎し、憎し。

 ――許せない、許せない、許せない。

 ――悲しい、悲しい、悲しい。

 ――どうして、どうして、どうして。

 ――死んだ、死んだ、死んだ。

 ――私たちは、死んだ! 殺された!

 ――恨めしい、あぁ、恨めしいのだ!

 ――滅びを、我が国よ、愛し憎きラトナラジュよ!

 ――滅びあれ! 滅びあれ! 滅びあれ!


 その奇っ怪な絶叫は国への怨嗟そのものだった。恐らく、シエラが呼び出した亡霊の集合体。

 複数の声が重なったような音が唱和するように恨みと憎しみを口にしている。正に悍ましいという言葉が良く似合う怪物だった。


「……いや、デカすぎるでしょ!?」


 思わず私は口にしてしまった。一体、どれだけの恨みと憎しみを募らせてきたんだ、この国は!

 すると巨大な骸骨が拳を握り締めた。そして天から地へ、私へと叩き付けるように振り下ろそうとしている。


「って、狙いは私か――ッ!」


 私はシエラを抱えて勢い良く走り始めた。流石にシエラを抱えたまま迎撃は出来ない。

 私がいた場所に拳が叩き付けられ、地が揺れる。あぁ、馬鹿でかい図体して思ったよりも動きが俊敏だなぁ! しかも受け止めるとか言ってられない威力なんですけど!?


 癇癪を起こしたような入り交じった声の絶叫が響き渡る。駄々をこねた子供がそうするように拳が私に向けて迫ってくる。

 流石に冷や汗が出る。せめてシエラの意識があってくれればやりようもあるのに、彼女を抱えたままでは無理だ!



「――はっはぁ! 一つに纏まってくれた方が的がわかりやすいなぁ!!」



 そこに勇ましい声が響き渡った。次の瞬間、吹き荒れたのは殴りつけるような突風の暴力。

 その一撃を受けた亡霊の巨体が殴り飛ばされて体勢を崩す。それを成し遂げた人物は着地して、青竜刀のような武器をくるりと回した。


「うむ、何だかよくわからんが君のお陰か! これでやりやすくなったぞ、カテナ嬢!」

「ナハラ様!?」

「今まで避難誘導のために湧き出る亡霊の相手をしていたのだがな! あのように纏まってくれた方が対処がしやすいというものだ!」

「ナハラ! 勝手に突っ込むな!」

「ハーディン殿下まで!」


 ナハラ様の後を追うように曲剣を手に握り締めたハーディン殿下が追いかけてくる。

 そして私の手の中にいるシエラに気付くと、何とも言えない複雑な表情を浮かべた。


「その子は……いや、追及は後だ。亡霊が一つに纏まったのなら、逆に対処がしやすい。君のお陰だな? 礼を言う、カテナ嬢」

「いえ……」

「ハーディン。一つに纏まったのは相手にしやすくて良いのだが、一つ報せておきたいことがある」

「……ナハラ?」


 ハーディン殿下がナハラ様の名を呼びながら訝しげに見つめる。一方でナハラ様は不敵な笑みを浮かべているけれども、一瞬だけ口元がひくついたのが見えてしまった。


「すまん、まったく手応えがない。あの調子を見れば、アレの足止めは出来ても倒しきることが私には出来ない」


 ナハラ様が見上げる先。そこにはナハラ様の一撃を受けても体勢を崩されただけで何の痛手も負っていない様子の亡霊の集合体が、天に向かって吼えていた。


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