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15:たった一滴の願いでも

 私は亡霊の前に立ち塞がるベリアス殿下を見て、正直に言えば驚いていた。

 まさか駆けつけてくれるとは思ってなかった。そう思っているとベリアス殿下が私へと視線を向けた。


「何を遊んでいる、カテナ」

「は?」

「お前が言い出したことだろうが。シャムシエラを連れて帰ると。なのにその様は何だ? 貴様は一体、どの口で誰を救うと言っていたんだ?」


 な、なんで私が怒られてるの!? 突然な理不尽とも思える言葉に私は目を見開いてしまう。


「だから、シエラにもう誰も殺させないようにって――」

「だったら真っ先に叩くべきはシャムシエラであろう! そんな事もわからぬとは言わせぬぞ!」

「でも――」

「例え貴様が間に合わず、犠牲者が出たとして! お前はそれでシャムシエラの手を掴まなくなるのか!?」


 ベリアス殿下が叱責しながらも剣を振るい、迫ってきた亡霊を無造作に切り捨てる。

 その間にもベリアス殿下に庇われていた人たちが小さく悲鳴を上げる。震え上がっている彼等を見たベリアス殿下は目を釣り上げた。


「民の命を守るは王族の務めだ。だが、己の都合だけしか弁えぬ愚鈍は王とて救えぬぞ! 勝手に逃げ回るな、一箇所に纏まるが良い! でなければ自分で戦え! 死ぬか、生きるか、自分で考えろ! 何の為にその頭はある!」

「た、助けに来たんじゃないのか……!?」

「なら黙って助けられていろ! 邪魔をするなと言わんとわからんのか、貴様等は!」

「ベリアス殿下、国が違えば民が違うのですから声を荒らげるだけではいけませんよ」


 何かが凍り付く音が響くと、亡霊が動きを止めて一刀両断された。消えゆく身体をよく見れば霜の後のようなものがついているのが見えた。

 こちらに向かって駆け寄ってきたのは大剣を構えたラッセル様だ。ラッセル様はそのままベリアス殿下の隣に並び立つ。


「ハーディン殿下とナハラ様が指揮を取って避難誘導を開始しています。私たちは被害を抑えるために立ち回りましょう」

「……ふん。相変わらず根回しが早いな」

「最近気付いたのですが、私が剣を預けた方は鞘走りが滑らかなようでして。その為には必要な立ち回りかと」

「馬鹿者を叱りつける必要があっただけだ。そこの馬鹿と、あともう一人だ」


 そう言ってベリアス殿下はシエラへと視線を向けた。シエラは厳しい視線で睨むようにベリアス殿下を見つめていた。シエラの背後には未だに亡霊たちが湧き出るように漂っている。


「お前はお前で何をしている、シャムシエラ」

「……何を? 見てわかりませんか?」

「あぁ、理解出来んな。一体何がしたいのだ、お前は」


 あっさりと返されてシエラが困惑したような表情を浮かべ始めた。そんなシエラの変化を見たベリアス殿下が言葉を続ける。


「やる事が雑過ぎる。行き当たりばったりなのはラトナラジュ王族のお家芸なのか? 妙な所を見習ってどうする!」

「な……なんで、そんな事を言われないといけないんですか! 私は、復讐をしたくて……!」

「――これが復讐だと? 笑わせるなッ!」


 シエラが竦むような勢いでベリアス殿下が吼えた。


「復讐だと? 一体誰が、何を目的として、誰に復讐すると言うのだ! それが読めていれば俺とてここまで腹を立てることもなかったぞ!」

「そ、そんなの、私は、この国に、」

「だったら何故、カテナに見つかっているのだ、この戯けが! この馬鹿がお前と会えば邪魔をしてくることなど百も承知だろう! 復讐がしたいと、無差別に殺し尽くしたいなら最初から街中で亡霊を呼び出せば事が済んだろうが!」

「……そ、れは」

「こんなもの、復讐などと呼べるか。お前はただ癇癪を起こしただけの子供と同じだ。自分が受けた痛みを相手にも与えてやりたい、ただそれだけだ! 本気で破滅させたいならもっとやり方があった筈だ。お前はカテナの手強さだって味わっていただろう。なのにお前はこの馬鹿と接触し、わざわざ見せ付けるように民を害そうとした。稚拙、ここに極まったぞ! 何か反論があるか!?」


 捲し立てるようなベリアス殿下にシエラは何も言えず、ただ目を見開いて唇を震わせている。

 何も反論してこなかったことでベリアス殿下の言葉が途切れ、入れ替わるようにラッセル様がベリアス殿下の肩に手を置いてから一歩前に出る。


「シャムシエラさん。この方は女性相手でも気が利かず厳しい言葉ばかりですが……私からも、きっと貴方がそうだと思いたくないことを突きつけます」


 ラッセル様の静かな言葉にシエラが身を竦ませるように縮める。一呼吸、間を開けてからラッセル様は言い放った。


「シャムシエラさん。貴方は本当は救われたくて、でも救われるべきだと思われたくないから全てを憎みたいだけなのでしょう?」

「……ッ、何を!」

「シャムシエラさん。貴方は本当は救われたくて、でも救われるべきだと思われたくないから全てを憎みたいだけなのでしょう?」


 それはまるで罅割れるかのように。シエラの表情が崩れ、口元が引き攣ったように震えた。

 シエラが何も言えずに固まっていると、その状況を見ていた周囲が騒ぎ始める。


「な、何なんだ……アンタたちは何の話してるんだ! その娘はあんな化物を従えてるんだぞ! そうだ、あれは魔族って奴なんじゃないのか! だったら殺してしまえば良い! さっきからべらべらと――」

「――黙れ、その口を閉じていろ」


 私たちの様子を訝しげに見守っていた一人が怒声を上げながら捲し立てようとするけれど、ベリアス殿下が睨み付けると蛇を前にした蛙のように震え上がった。

 そんな様子を見ていたラッセル様はシエラへと視線を向けずに言った。


「人は身勝手でも生きていけるものですよ。だからなんて言えませんけど、それがどんなに閉じこめても心から溢れてくるものなら仕方ありません。そして、それを待ち望んでくれる人がいるんじゃないですか?」



 ラッセル様の言葉にシエラがよろめくように蹈鞴を踏む。身を負って浅く呼吸を繰り返して、胸と喉を掴んで喘いでる。

 シエラの苦しみと連動するように背後に揺らめいていた亡霊たちが身を震わせ、奇っ怪な悲鳴を上げ始める。

 それを見た人たちが恐怖に引き攣った声を上げ始める。するとベリアス殿下が舌打ちをして、悪態を吐いていた男を蹴り上げるように起こす。


「カテナ、避難誘導は俺たちが引き受ける」

「えぇ。ですから貴方はシャムシエラさんにだけ集中してください」


 それだけ伝えるなり二人が恐怖で混乱に陥っている人たちの下へと向かっていく。

 二人の背中を見送ってから、私は改めてシエラと向き直る。シエラは全身を震わせながらゆっくりと顔を上げる。


 すっかり色を変えてしまった魔族であることを示す瞳がぎょろぎょろと動き、瞳孔を震わせながら私を睨み付けている。

 だけど、一方でシエラの元の瞳は涙を零しながら私を真っ直ぐに見つめていた。


「カテナ、さん……」

「シエラ」

「私、もう、わから、ない……! 息が、苦しいぐらい、悩んでも、苦しんでも、何も一つになってくれない……!」


 シエラは異形の瞳側の頬に爪を立てる。抑えきれない衝動に身を震わせ、今にも掻きむしってしまいそうだ。

 正気と狂気の狭間、その間で振り回されている。それは以前に見たシエラの姿と被ってしまう。だけど、あの時とは違う。

 シエラは、確かに私を見つめていた。私も、シエラを見つめていた。私たちの視線は結ばれている。


「……す……て」


 ……だから。



「 助 け て 」



 ――それが、どんな小さな声だったとしても。絶対に聞き逃したりなんてしない。



「シエラ、君を――助けに来た!」



 私の叫びに亡霊たちの絶叫が重なった。シエラの魔力を吸い上げるかのように亡霊が活性化して、不協和音の奇っ怪な合唱が響き渡る。

 亡霊が憎しみや恨みから呼ばれたものだとして、その思いがシエラの中に重なるものだったとしても。

 その内に秘めた、たった一言。大海に落ちた一滴のような思いでも、私は受け取った。



「――我、神に奉上奉る。神の器、その名と真価をここに示さん」



 何度でも日は昇る。どんなに夜が暗く長い絶望だったとしても――。



「――〝天輪天照(てんりんあまてらす)〟!」



 ――私は、貴方の夜明けになりたいから。

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