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12:救われない物語

2021/10/18 改稿

 腐敗した王様は罪を暴かれ、心正しい人たちの手に王権が戻った。悪政に苦しんでいた民たちは救われて、国は再生の道を進み始める。

 それだけ言えばハッピーエンドだ。これから多くの苦難があったとしても、それでも未来や希望を感じられるだろう。だけど、そのハッピーエンドの裏で救われないものも確かにあるんだ。

 ラトナラジュ王国の夜はよく冷える。風が吹けばたまに巻き起こる砂塵が夜の闇と合わさって月の光を遮ることも多い。とても昏い夜だ。だからこそ月の光が鮮やかなほどに輝いている。

 私は夜空の下、何をするわけでもなく座っていた。私がいるのは王城の展望台だ。ここからなら王都アズィームを一望することが出来る。

 グランアゲート王国よりも冷えを強く感じるラトナラジュ王国は暖を取るための火が欠かせない。だからポツポツと明かりが灯っているのが見える。

 もっと眩しければ夜景のようになっていたんだろうな、とつい思ってしまう。


「……まだこちらにいたのですね」


 背後から声が聞こえた。振り返ればそこにラッセル様がいた。まるで私を咎めるような、それでいて案じるかのような目をしている。


「だって私のやることがないですし」

「それだったら客室でも構わないではないですか。ラトナラジュ王国の夜は冷えます」

「そうですね、だから夜でも火が欠かせないんでしょう。火事とかになったら怖いなぁ」

「夜の火の番という職もあるそうです。だからラトナラジュを眠らない王国だと言う人もいます」

「それは、また」


 ラッセル様は私の隣に立つ。私は座ったまま夜の闇が交わるような地平線を見つめる。

 何も言わずにいると沈黙の間が出来てしまう。その沈黙を破るようにラッセル様が言った。


「……来るとは限りませんよ。それともシャムシエラさんが現れる根拠でもあるのですか?」


 ラッセル様が口にした名前は、私の待ち人の名前だ。別に約束をしている訳じゃない。現れるかもどうかもわからない。

 今はラトナラジュ王国の立て直しと、その立て直しの計画を把握するためにラトナラジュ王国に滞在しているけれど、それだって数日で終わってしまうだろう。そうなれば私たちはラトナラジュ王国に滞在する理由を失う。


「根拠なんてないですけど、それでもシエラは来ると思います」

「……何故ですか?」

「いえ、ただ単に私がそうなって欲しいと望んでるだけです。私がいる間にシエラが行動を起こしてくれれば間に合いますから」

「だから来るかもわからない彼女を待ち続けているんですか?」

「来ないと、困るからなぁ」


 ちょっとぼやくように言ってしまう。本当に根拠なんてない。確信なんてものもない。

 ただ私がラトナラジュ王国にいる間にシエラが来てくれないとすれ違ってしまう可能性が高い。

 そうなったらラトナラジュ王国は少なからず被害を受けるだろう。最悪、ハーディン殿下が死ぬなんて可能性もある。

 そうなったらラトナラジュ王国は多分、終わる。ハーディン殿下はこれからのラトナラジュ王国再建に欠かせない人だ。

 でもシエラにはそんなの知ったことじゃない。むしろ憎悪に身を任せて、それすらも構わないと思ってしまうかもしれない。


「そうなったら……しんどいなぁ」

「……しんどい、とは何が?」

「シエラと向き合うのが。アシュガルの命を奪っただけで潰れそうなシエラが、これ以上誰かの命を奪ってしまったら……あの子はずっと辛くなっちゃう」


 復讐を果たして、それでスッキリしたと言える子だったらまだ救いがあった。でもシエラの復讐の果てに待っているのは、おそらく自壊だ。シエラは自分で自分を救えない。

 シエラは耐えることしか教えられなくて、ずっと耐えて、耐え続けて……限界が来てしまった。


「……シャムシエラさんの母親ですが、容態はやはり良くないようです」


 不意にラッセル様が口にした話題に私は肩を跳ねさせた。未来に向かって動き出しているラトナラジュ王国だけど、その解決の裏には幸せになれない人たちがいる。シエラだってそうだし、シエラの母親だってそうだ。

 ラトナラジュ国王を拘束し、アーリエ様が去った後、ハーディン殿下は後宮に控えていた妻たちも捕らえるために乗り込んだ。

 幸いだったのは、後宮に残されていた妻たちは同行していた妻たちと違って国王に従順ではなく、それ故に離宮に閉じこめられるように生活をしていた。だから国王が拘束されたと知ると大きな抵抗もなくハーディン殿下に身を預けていた。

 そんな中で酷かったのは、例のアシュガルが持ち出したという薬を服用させられていた妻たちだ。

 酷い幻覚作用を伴い、暗示と組み合わせると深い催眠状態に出来るといった代物。症状が軽度の人はまだ救いの目があるかもしれない、というのが医師の見たてである。

 これから押収した薬を研究し、解毒薬の作成を急ぎたいと言っていた。けれど、それが明らかに間に合わない者もいる。それがシエラの母親だった。


「シエラの母親は特に酷く薬を盛られていたんですよね」

「それもありますが、自分からも進んで服用していたと証言が取れています。暗示の上に暗示を重ねて、シャムシエラさんを守るために」


 王を愛せ、逆らってはいけない。そんな暗示に重ねるようにシエラの母親は自分でも暗示をかけていた。

 シエラに自分の持つ技術を引き継がせ、強く生きていけるように。正気でなくなるだろう自分を愛さないように。

 虐げでも独り立ちさせなくてはならない。誰の目にも入れてはいけない。そうして雁字搦めの上に更に鎖を巻き付けるようにシエラの母親はシエラを守った。


「アシュガルの母親が、自分の望む証言を言わせるために服用量を増やしていたそうです」

「……子が子なら、親も親だ。本当に酷いことをする」


 一度だけ、許可を貰ってシエラの母親を見に行ったことがある。

 シエラの母親はシエラによく似ていた。とても美しい女性だったんだろうと思う。その美貌は窶れきっていて、その名残しか感じさせなかったけど。

 起きていても、寝ていても、ずっと。シエラの母親は〝ごめんなさい〟という言葉を繰り返していた。もう誰が誰なのか認識も出来なくなってしまっても、それでも謝罪を繰り返していた。


(シエラの母親もあの時のシエラと奇妙な魔力の澱みがあった。あれをどうにかすれば正気に戻せるかもしれないけど……)


 シエラが正気を失っていた原因となっていた魔力の澱み。恐らく服用させられた薬にはそういった効果があるのだと思う。

 だから、その部分を切除すれば正気に戻せるかもしれない。でも、シエラの母親は身体が衰弱しきっているし、魔力の澱みもシエラの時と比べて身体に根を張っている印象を受けた。

 もしも、魔力の澱みを切除することで容態が急変したら。そう思えば迂闊に手を出せなかった。

 治癒の魔法を使える魔法使いは数少ない。ここ近年、ラトナラジュ王国では治癒の魔法を扱える魔法使いは見つかっておらず、だから薬の研究が進んでいたと聞いた。

 その副産物がシエラたちが服用させられた薬なのか、それとも逆なのか。どっちにしろ良い印象はない。そして、その薬でもシエラの母親を回復させるのは難しいと言われている。


「……なんであの子ばかり、って思ってしまうんですよ」

「カテナ室長……」

「仕方ないことだってわかってます。今更言ったところでなかった事には出来ないって。だから未来で反省してやり直しますよ、って言っても許したくない気持ちもわかるんです」


 でも、その先にシエラが笑っている未来がどうしても想像出来ない。それが私を堪らないような心地にさせる。


「……あまり冷えない内に戻ってくださいね」


 私が言っても動かないからだろう。最後にそれだけ言ってからラッセル様は城の中へと戻った。

 夜は暗く、長い。ラッセル様が去ってから暫くしても私は空を見上げていた。月ばかりではなくて星も瞬き始めた夜空をただ眺めてしまう。

 その視界の端で、星が一つ尾を引いて落ちていくのが見えた。

 自然と私は両手を組み合わせて祈りを捧げる。流れ星が落ちる前に願い事を言えば叶うと、そんな記憶が過ったから。



「私は、シエラに――」

「――私に、何ですか?」



 閉じていた瞳を開く。聞こえた声に口元を緩ませる。視線を声の方へと向ければ、そこに待ち人の姿があった。

 姿と顔を隠すためか、夜の闇に同化してしまいそうな黒いローブを羽織った彼女。フードを降ろすようにして顔を晒し、左右で異色の瞳が私を見つめる。

 だから私もまた、彼女を――シエラを見つめた。



 冷たい夜風が吹く。静かな夜、月が見下ろす舞台で私たちは再会した。

 ハッピーエンドの裏には救われないお話がある。その物語に、幕を下ろそう。


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