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09:女神アーリエ

2021/06/20 改稿

「馬鹿な……! そのような世迷い言……!」

「世迷い言だと思うなら試させれば良い。何も貴殿等を斬り殺すと言っている訳ではないのだろう? それとも、神がここに降臨することに何か不都合でも? 神と相見えることが出来るのは、神の子である我らにとって感涙に浸ってもおかしくあるまい?」


 ラトナラジュ国王が驚きの余り、腰を浮かそうとする。それを制するようにベリアス殿下が言い放つ。


「……そ、その者が呼び出すものが神とは限りません! まやかしやもしれないではないですか!」


 アシュガルの母親が惑乱したように私を指さしながら叫んだ。あっ、それは、ちょっと不味いかも……?

 私が内心、憂えていると天照が一瞬震えた。……これは出てきちゃうな。



「――ほう、言ったな? 既に神気の見極めも出来ぬ程に零落したか? アーリエの神子の系譜どもが」



 空気を震わせ、威圧感が上から覆い被さってくるような声が響き渡る。

 やっぱり出てきちゃったか。しかも、ミニリル様を通しての本体が……。


「おぉ……」

「ひっ……」


 ベリアス殿下やラッセル様は感嘆の息を吐いて膝を折り、腕を組み合わせて祈りを捧げ始めた。ラトナラジュ国王を始めとしたラトナラジュ王国側の人たちはへたり込んでしまっている。

 改めて私は降臨したヴィズリル様の姿を見る。月の光を溶かしたような柔らかでいて輝く金色の長髪、空を思わせるような透き通る青色の瞳、白と金を基調としたドレスの上に鎧を纏った戦女神。

 その美しさ、そして纏う気配はヴィズリル様が神であることを否定させることも許さないだろう。


「これで満足か? アーリエの子等よ。よもや、この姿を見てまで我がまやかしなどと抜かす者がいるか? いるならば立つが良い」


 ラトナラジュ王国の人たちは誰も口を開かない。ただ腰を抜かしたままヴィズリル様を見上げるだけだ。

 そんな人たちを氷のような視線で睨め付けた後、ヴィズリル様は私へと視線を向けた。


「カテナ」

「はいはい」

「はいは一回で良い。まったくもって面倒だ、さっさとあの馬鹿を呼び出せ」

「馬鹿って……わかりましたよ」


 ヴィズリル様に促されて私は天照を構えた。何も気負うことはない、いつものようにやれば良い。呼吸を落ち着かせて集中力を高める。ゆっくりと目を開いて、意識を一つに纏めた。


「――おいでませ」


 詠う。乞い、願いながら。天照を振るい、空気を裂くように。

 踏み込み、足を引き、その場で踊るように。火が灯り、風が舞い、水が踊り、砂が巻き上がる。

 その全てを裂いては生み出し、また裂いては生み出し。繰り返し、繰り返し。


 私を中心に世界が踊る。火が、風が、水が、土が、それは全て一つとして収束し、無垢なる刃と成る。

 刃と共に踊る。この世を裂き、束ね、無垢へと回帰せん。神の齎した権能をもって、神の力を満たす場へと。


「――おいでませ、おいでませ。いと天高き園に住まいし偉大なる御方、そのお名前をここに。女神アーリエ、いざここに」


 身体を回転させ、一周するように空気を裂く。そのまま鞘へと天照を収める。

 鞘へと収めるのと同時に、私を中心として漂っていた神気が拡散して謁見の間の空気を塗り替えていく。


 そして、私の眼前に光が現れた。その光は炎が燃え広がるようにしてある一つの姿を象っていく。

 艶やかな女性だ。ヴィズリル様が芸術品のような美だとするなら、その女性はどこまでも力強い生命の気配が渦巻いていた。


 小麦色の肌、燃え盛る紅蓮の如き波打つ赤髪、ゆっくりと開かれた新緑の瞳は私たちをただ静かに見据えている。

 美しい肢体は同性であっても息を呑んでしまう程に磨かれていた。しかし、親しみを覚えてしまうのは彼女こそが人の目指す美の頂点だと思ってしまうからではないだろうか。



『――私を呼びましたね、刀の神子よ。えぇ、許しましょう。そして、この邂逅に感謝しましょう』



 最初にヴィズリル様と出会った時と同じように半透明のまま、アーリエ様は美しい響きの声で告げた。

 なるほど、ヴィズリル様とはやっぱり違った方向性で美しい女神様だな。


「この場に呼びつけるなどという無粋な真似をお許し頂き、感謝致します」

『ふふ……そもそも神を呼びつけるだなんて久しいもの。ましてや神を呼ぶに適した場所でなくても神域を整えるだなんて誰にでも出来るようなことではなくてよ?』

「お褒め頂き、恐縮でございます。……そして、」

『あらあら、必要以上に畏まらないで頂戴。カテナ、そう、カテナだったわね』

「は、はい」

『じゃあ、カテナちゃんと。今後は私ともよろしくしてね、そこにいる頭の硬くて性格が最悪の高飛車女神共々ね?』

「言ってくれるではないか、媚売り女神が」


 おぉっと? ちょっと女神様たち? いきなり何を言い出してるんです?


『誰が媚売り女神よ? 第一、こんな有益で良い子を独占してるのは誰よ? 厚かましいのよ、傲慢女』

「厚かましいのはどっちだ、この猫かぶりめ。どんなに取り繕うとも貴様の性格の悪さが滲みでているわ」

『猫かぶりですって……? そういう貴方こそ、何が我よ? 気取ってるんじゃないわよ』

「身の丈にあった相応の振る舞いという奴だが? すまないな、貴様よりも美しくて?」

『は? 燃やすわよ?』

「は? 消し飛ばされたいか?」

「ちょ、ちょっと! 何で喧嘩してるんですか! あと人の目! 人の目を気にしてください! 貴方たちは神なんですよ!」


 互いにガン飛ばし始めたヴィズリル様とアーリエ様に私は叫んでしまう。

 するとヴィズリル様とアーリエ様は顔を見合わせる。ヴィズリル様は舌打ちをし、アーリエ様は鼻を鳴らして視線を逸らし合った。な、仲が悪い……!


『ごめんなさいね、カテナちゃん。あぁ、そうだ。カーネリアンの奴が謝罪とお礼を伝えて欲しいと言ってたわ。自分の神子の系譜が世話になったと。どうせヴィズリルは伝えてないと思ってね』

「は、はぁ……どうも……?」

「ふん。神の言葉などそうそう伝えずとも良いのだ。カテナは未だ人の世で生きる者なのだからな」

『……そうね。それもそうだわ。だから私たちも貴方に独占を許しているのだからね。それじゃあ、呼び出された本題を解決しましょうか』


 アーリエ様はそっと一息を吐いてから、ラトナラジュ国王へと視線を向けた。

 玉座から転げ落ちるように座り込んでいたラトナラジュ国王は、視線を向けられると勢い良く這い蹲って頭を下げた。


「あ、アーリエ様……!」

『まさか、私を見間違うなどということはないわよね?』

「そ、そのようなことは……決して……」

『嘘は吐かなくて良いわ。……どうせ、もうわからないのでしょうし』

「え?」


 わからないって、何かその言葉が引っかかって私は声を漏らしてしまう。それは一体どういう意味なんだろう、と。

 私の声に気付いたアーリエ様がラトナラジュ国王へと視線を向けながら答えてくれた。


『簡単な話よ。この国王はね、私の神器を己のものに出来なかった。それはもう私の子ではないという証よ』

「そ、それは……! 違う……違うのです!」

『何が違うのかしら? 貴方は神器を己のものと出来なかった。つまり私の神器に所有者として認められなかったという事よ。それを貴方の近しい者たちは知っていた。知っていた上で貴方たちは武勇や治政ではなく、陰謀と権力でこの国を支配した』


 流石にそれは予想外だったのか、ベリアス殿下とラッセル様が信じられないといったような表情でラトナラジュ王国の人たちへと視線を向けている。

 神器を己のものに出来なかったって……それじゃあ、それって神子である資格を喪失しているも同然なんじゃないの?


『元より私の神器は守りに向いたものだったから、それが露見することもなかったし、必要もなくなったのでしょう』

「守りに……?」

「アーリエの神器は結界を張るものだ。外敵を廃し、内に守られる者たちを温める篝火となる」


 アーリエ様の代わりに答えたのはヴィズリル様だった。ヴィズリル様は腕を組み、視線をそっぽ向かせながら更に呟く。


「一度暴れれば烈火の如く敵を焼き尽くす火の玉女だがな、深い情愛こそがこいつの源だ。火は人に寄り添い、温もりと活力を与える。外敵を遠ざけ、内に秘めたものを絶対に守り抜く。故に火と情熱、そして愛を司る神と呼ばれているのだ」

『貴方に褒められると鳥肌が立つわね。……でも、そうね。この国の土地が痩せたのも、神器の結界で守られていた恩恵を失ったからというのもあるわ。ここ数代で私の神器を継承出来ていないのだもの』

「馬鹿な!? そんな様で王族を名乗っていたのか!?」


 ベリアス殿下は憤懣やるかたないといった表情でラトナラジュ国王へと叫んだ。

 するとラトナラジュ国王は勢い良く顔を上げ、醜悪に歪んだ表情で叫び返した。


「黙れ……! 王族である豊かさを貴様も知らんとは言わせんぞ……! その恩恵を失うことへの恐怖がわかるだろう……! どんなに取り繕おうと、それが人の真実だろう……!」

「ラトナラジュ国王……貴様……!」

「祖父もそうだった! 父もそうだった! なら……私がしてはいけない理由とは何だ……!? 何故、私でなければならない! 何が糾弾だ、糾弾すべきは……この国を見捨てた女神なのではないか! だから、だから私は……!」

『――残念だけども』


 ラトナラジュ国王の叫びを切って捨てるようにアーリエ様が口を挟む。


『……私たちは人を見守っていても庇護はしない。人が人の力で生きていけるように、その旗印となるように私たちは恩恵を残したのよ。当時、人が人の力だけで魔族に抗うのが難しかったから。でもね、それが要らなくなるなら私たちはそれでいいわ』

「な……」

『神は人を救わない。世界を救うものよ。……その道を共に歩めぬ人は、悲しいことだけれど否定は出来ないわ。だから私は最初から貴方たちを否定していない。私がこの国を見捨てたのではないわ。――この国が、私を見放したのよ』


 アーリエ様はそう言って、寂しげな表情を浮かべた。



『さよなら、私が愛したラトナラジュ。この国は、もう私の子の国ではないわ』 

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