08:謁見、そして糾弾
2012/06/20 改稿
「――グランアゲート王国、ベリアス王子一行のご入場です」
ハーディン殿下とナハラ様と会話して少ししてから、私たちは謁見の間へと案内された。
煌びやかすぎる程の城だと思っていたけれど、謁見の間はその印象を更に増させるほどに飾られている。
そんな煌びやかな玉座には恰幅の良い老人が座っていた。富によってよく肥えたとわかる出で立ちで、その赤髪には白髪が交じりつつあった。目も瞼の肉が厚いせいか開いているのかいないのかもわからない。
これがラトナラジュ王国の国王。その国王の家臣である者たちと国王の妻と思わしき女性たちがずらりと並んでいた。
家臣の男たちも国王に劣らず恰幅が良い。国王も家臣も、私を見つめる目は憐憫と愉悦の色が見える。まるで品定めされているみたいだ。
ハーディン殿下やナハラ様の姿もないことを見ると、国王は本当に自分と意見を同じくする人で周囲を固めているというのは本当なのだと思う。
妻と思わしき女性たちは静かに沈黙して控えているものの、その内の一人が殺気や憎悪を込めた視線で睨み付けているのがわかった。
ヴェールで顔を隠していてよくわからないけれど、多分その女性がアシュガルの母親なのだろうな、と思った。
「よく来てくれた……我が友、グランアゲート王国の若き王子よ……」
「我らが陛下の名代としてやって来たベリアス・グランアゲートだ。私の言葉はイリディアム・グランアゲートの言葉と取って貰っても構わない。そのつもりで拝聴して頂こう」
「うむ……これからも良き両国の関係のために……」
どこかテンポが一拍遅れたように話すラトナラジュ国王。改めて観察してみると、随分と身体が重そうで気怠げな印象を与える。その分、目の奥にギラギラとしている欲望の色が際立っているように感じる。
ベリアス殿下と、この場に参席を許された唯一の護衛としてラッセル様はただ無表情だ。
「私は……胸を痛めているのだ、ベリアス王子よ……」
「それはアシュガル王子の死か? それとも元王女のシャムシエラの出奔のことか?」
「両方である……可愛い息子、可愛い娘の無惨な結末に……私は深い悲しみを抱いている……」
……よく言う。思わずそんな言葉が胸の内に零れる。悲しみを秘めた者が、そんな欲望でヌラヌラとしたような目を私に向けるものか。
「聞いた所……アシュガルとシャムシエラは諍いの末に兄を殺めるといった凶行に及んでしまった……しかし、不可解である……」
「……不可解?」
「その諍いの場には、いつだってそこの少女が関わっていたという話ではないか……カテナ・アイアンウィル」
遂に私の名を呼んだ国王は、にたりと笑みを浮かべて私を見つめている。
「まさかとは思いたい……しかし、私は疑わなければならないのだ……その少女が両国の絆を脅かす陰謀を企てているのではないか、とな……」
「……ほう。その根拠は?」
「それについては私からご説明させて頂きます!」
声を大きく張りあげ、進み出たのは私をヴェール越しで睨み付けていた女性だ。彼女は烈火の如き勢いで捲し立て始めた。
「その女は元々求婚していた王女殿下との交渉に割って入り、決闘という口実で私の息子を……アシュガルを辱めようとしたのです! そこには国を抜けたシャムシエラの影があります! この女はシャムシエラと共謀してラトナラジュ王国とグランアゲート王国の絆を脅かそうとした疑いがあります!」
「それは私たちも確認しているが、少々見方が穿っているのではないか?」
「いえ、いえ! どうかお聞き下さい、ベリアス殿下! シャムシエラは元々、王位継承権も下位であり、周囲の王族を妬んで密かに陰謀を企てていたに決まっています! 国の目から逃れ、教会という伝手をたらし込んで共犯者たるカテナ・アイアンウィルを得て復讐のために動いたに違いないのです!」
「シャムシエラがそこまで深い恨みを持っていたと?」
「えぇ、その理由も存在しましょう。シャムシエラの母親は心を病んでいたのですから!」
その声が妙に弾んでいるように聞こえたのは、流石に私が穿ち過ぎなんだろうかと思ってしまう。
そのままアシュガルの母親は熱弁を続けるように手を大きく振った。
「シャムシエラの母が後宮入りをしたのは、陛下がありがたくもその難病を癒すために薬を与えるための慈悲でした! しかし、その甲斐も虚しくあの女は心を荒ませ、シャムシエラを虐待していたのです! シャムシエラは後宮でも深く隠され、誰もその事実に気付かなかったのです……!」
「……ほう。それで?」
「はい! だからシャムシエラには我が国を憎む理由があるのです! シャムシエラの虐待にはシャムシエラの母親からの証言も取れています! 自らの手で虐待したと! 己の手でシャムシエラを深く傷つけたと! ですからシャムシエラは復讐を企てていたのです! そのカテナ・アイアンウィルを利用して!」
私を指さして吼えるアシュガルの母親に私は思わず拍手でもしてあげようかと思った。よくもまぁ、そこまで言えたものだな、と。
なるほど、そういうお話にして薬の件も有耶無耶にしてしまおうって言う魂胆か。
「話はわかった。しかし、それでシャムシエラやカテナがラトナラジュ王国を害そうとしたと考えるのは早計ではないか?」
「うむ……しかし、子を失った我らの悲しみに配慮してくれても良いとは思わぬか……? ベリアス王子よ……」
ニタニタと笑みを浮かべながらラトナラジュ国王が割って入る。その目はベリアス殿下ではなく、私を見つめているけれど。
「我々は真実を求めている……その為にカテナ・アイアンウィルを重要参考人として我が国に寄越して欲しい……」
「グランアゲート王国が彼女は罪人にあらず、と宣言しようともか?」
「その時、両国の絆には深い亀裂が入るであろう……よもや、とは思うがグランアゲート王国は我が国に侵略の意思でもあるのだろうか……?」
その一言を発した時、場が緊張に満たされた。ラッセル様が少しだけ身動ぎするも、ベリアス殿下は一切不動であった。
「ラトナラジュ国王よ。我が子を失った悲しみに寄り添えと言うが、その悲しみによって目が眩んでいるのではないか?」
「……なに?」
「貴殿等の一方的な主張を鵜呑みには出来ない。その上で我々からも厳重に抗議させて頂きたい。アシュガル王子の振る舞いに問題があり、諍いの原因は彼自身にもあった。この証言は我が妹たる姫からも、その従者からも確認が取れている。その事実を無視して我が臣下、カテナ・アイアンウィル、及び我が国の国民となったシャムシエラへの糾弾、断じて見過ごすことは出来ぬッ!」
力強くベリアス殿下は一喝する如き勢いで言い切った。彼を中心にして渦巻く覇気が僅かに空気を震わせ、妻の女性たちから小さく悲鳴が零れた。
あのアシュガルの母親ですら勢いを失い、控えていた家臣たちも僅かに顔を青ざめさせる。そんな中で険しい表情を浮かべたのはラトナラジュ国王だ。
「……カテナ、お前からも言いたいことがあるなら言ってやれ。当事者はお前だろう」
「良いんですか?」
「構わん、やれ」
顎で指し示しながらベリアス殿下がそう言ったので、私は彼に一礼をしてから一歩前に出た。
「……最初に言っておくけど、私は貴方方がラトナラジュ王国の王族だろうが頭を垂れるつもりはない」
「……なっ、ぶ、無礼な! たかが平民上がりの貴族がそのような口を利いても良いと――」
私の最初の一言にアシュガルの母親が気を取り直したように叫ぼうとするけれど、それを制するように告げる。
「改めて自己紹介を。私はカテナ・アイアンウィル。グランアゲート王国、アイアンウィル男爵家の娘にして――女神ヴィズリルから託宣を授かった神子よ」
「…………は?」
私が名乗りを挙げると、ラトナラジュ王国の人たちは誰もが呆気取られたような顔で私を見つめた。
「な、何を、何を仰って、女神ヴィズリル……!? そのようなことが……!?」
「私を罪人として裁きたいと言うのなら、私も罪を問いたいのよ。ラトナラジュ王国の貴方たちに」
「……罪、だと……?」
引き攣ったような声で呻いたのはラトナラジュ国王だった。脂汗がじわじわと浮いて、目が落ち着かないように左右に動いている。
「神の子として王となりて人を導く。それが神子から始まった王家の使命だと思っていたわ。……でも、この国の有様はなに?」
「何を……言っている……」
「貴方たちには貧困に喘ぎ苦しむ民の声が聞こえないの? ここに来るまで私は見せ付けられたわ。ろくに食べるものもなくて痩せ細る子供も、身売りすることでしか生きられない女性も。これが国の幸福の在り方だと言うの?」
その問いに答えるものはいない。ただ困惑したように私を見つめる者ばかり。唯一、私に食い下がってきたのはアシュガルの母親だ。
「は、話をすり替えないで頂戴! 私たちを糾弾しようというつもり!?」
「この国が抱えてきた歪みの結果がアシュガルの死で、シエラが凶行に及んだ理由だからだと考えてるからよ。この二つの話は繋がっている筈よ?」
「い、言いがかりよ! なんて、なんて無礼な! 私たちを何だと思っているのですか!」
「言った筈よ。私は貴方たちに頭を垂れない。敬意だって払うつもりはない。ただ私は問いかけに来ただけだ。貴方たちに、そして貴方たちの権威の後ろにいる神にね」
私は腰に下げていた天照を抜き放つ。すると、同時に悲鳴が上がった。
「わ、我らを脅すつもりか……!」
「脅し……? そんなつもりはない。この刃を貴方たちの血で汚すつもりもない。ただ場を整えさせて貰うだけよ。……邪魔をするなら、その時は斬るわよ」
「い、一体何を……」
「ここに女神アーリエの降臨を。この国の在り方の是非を、ヴィズリルの神子たる私に罪を問う事の正しさを問わせて頂くわ」
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